第2話 おまじないスタンプとは

 この二人は、お菓子やジュースを持ちこんで、ただ喋って帰る時があるのだ。今日も、休み時間返上で付き合った報酬が、ボトル一本のオレンジジュース。一体何しに来たんだと、ため息が出そうになる。


「確かにあたしは占い師だけど、どっかの団体に属する気は無いし、こき使う割に出張料金を値切って来るようなシミッタレに憧れる予定も無いのよ。だからあなたたちのお仲間にはなれないわ。はい、ごめんあそばせ!」


 そう言いながらミッタだかラリッタだか、名前が定かではない二人を強制的に立たせ、入口へと押しやる。

 乙女たちは、「ちょ、ちょっと待って待って!」と両脚をつっぱった。


「肝心な事がまだ話せてない!」

「私達は、ロゼさんにお願いがあって来たんです!」


 お願い? つまり仕事? 

 あたしは少女たちの背中を押すのをやめた。

 

 二人はホッとした顔を作ると、あたしに振り返る。 

 金髪碧眼の子――あれ? ロッテだったっけ? が、スカートのポケットから、掌で握りこんでしまえるくらいの、赤い筒状のものを取り出す。両端に、白いキャップのようなものがついている。判子のようだ。


「これがさっき言ってた、『おまじないスタンプ』です」


 ロッテリアが片方のキャップを取って、その面をあたしに向けた。五本の指を大きく広げた掌のマークが刻まれている。


「このビンタ面を相手と自分の掌に押すと、お互い、二度と関わり合いにならない関係になります」


 真剣な眼差しで、ロッタリアが説明する。


「へえ。便利じゃない」


 あたしはクスリと笑った。クローエンや、大嫌いな姉達に押してやろうかしら、なんて考えがふと浮かんだのだ。


 次にロッタリアは、反対側のキャップをとって私に見せた。今度は、とってつけたような唇マークが現れる。


「――で、こっちのリップマークの方を押すと、なんとぉ……」


 ロッテリアが無駄に間を溜める。

 正解は、魔ガール二人から同時に発表された。


「「お互い絶対に離れられない関係になるんです!」」


 あたしは、たっぷり数秒間沈黙した後、一気に爆笑した。

 立っていられないほど笑いこけるあたしに、乙女たちは揃って憤慨する。


「笑ってる場合じゃないですよ! もしクローエン様の掌にリップマークがスタンプされたりしたらどうするんですか!」


「そうですよ。クローエン様を狙ってる女どもが、これを入手したら、大変なことになるじゃないですか!」


「大丈夫。ただの趣味の悪いハンコよ」


 あたしは笑い過ぎて滲んできた涙を人差し指で拭いながら、魔ガールだかクローエンファンクラブだかどっちつかずの乙女二人を見上げた。

 あー笑った笑った、と立ち上がり、ワイン色のドレスの裾を叩いて、乱れを直す。


 本気で取り合おうとしないあたしに、二人は唇をとがらせた。


「でもこれ、パワーアイテムショップで売り出されてる商品なんですよ」


 茶色い髪のルーナ……だったか? が、言った。


「パワーアイテムショップ?」


 またまた新しい単語が出てきた。

 魔道具屋の類か、と聞くと、二人はそんなものです、と頷く。魔道具屋とおもちゃ屋の真ん中のような店らしい。


「町はずれに沼があるでしょ? その傍の、『夜辻堂やつじどう』っていう小さなお店です。最近できたんです」


 と、茶髪のリーナ。


「そんなわけでロゼさん。これ差し上げますから」


 金髪のリリエッタが、あたしの右手に判子を握りこませた。


「私にこのハンコをどうしろってゆーの?」


「クローエン様を守って下さい!」


 リコリエッタが鼻息荒く言う。


「はあ?」


「だから、クローエン様にリップマークを押そうとしてくるフトドキ者に、ビンタマークをばしっと押して頂きたいんです!」


 あたしは呆れた。また面倒くさい上に、ヤヤコシイ事を頼んでくれるものだ、と。

 ほんの少し意地悪心が芽生えてしまったあたしは、至極真面目に返答を待っている乙女二人に、ニヤリと笑った。

 

「あたしを信用していいの? あたしがクローエンサマにリップマークを押すとは考えないわけ?」


「ロゼさんが判子を押すなら絶対、クローエン様よりもこの国一番のお金持ちを狙うでしょ」


 茶髪のルールアが自信満々に返してきた。


 仰る通りだ。あたしは承諾の印に頷いた。


「オッケー。クローエンには忠告しといてあげる。無報酬なんだから、それでいいでしょ? ラリアットーにルーレット」


 納得してくれるだろうと思っていたら、二人はこれまでで一番のふくれっ面を作り、ギロリとあたしを睨みつけてきた。


「もう! あたし、リエッタ!」


「私はルーラ! 友達なら、いい加減覚えてください!」


 金髪碧眼の乙女に続いて、茶髪の娘も両手に腰をあてて憤る。


 驚きのあまり、あたしは目を瞬いた。


 え、あたし達、友達だったの!?

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