エル・アケルティ物語〜美しき竜騎士と強欲な占い魔女〜

みかみ

第1話 赤碧のクローエン

「『おまじないスタンプ』?」

 

 グラス半分ほどのオレンジジュースに突っ込んだストローから口を離したあたしは、目の前で肩を寄せ合うようにして座っている乙女二人が発した耳慣れない名称を、オウム返しした。


 ここは、私『水晶占い師 ロゼ』が職場兼自宅にしている、『占い館』の一室である。

 相棒の水晶玉が座布団に鎮座したテーブルの向こうには、茶髪をお下げにしたカカシみたいな少女と、金髪をハーフアップにした碧眼そばかす顔の少女が、同じくストローでオレンジジュースをすすっている。


 占い師と客一人で満員状態になるあたしの占い部屋は、彼女らのように連れを伴って入室すれば、ぱんぱんだ。しかも、オーナーの趣味で無駄に布や壁飾りが垂れ下がっているから、余計に狭い。


 その窮屈な室内で、花も恥じらう十代真っ盛りの彼女達は、ズゴゴと汚い音を響かせてジュースを飲み干した。


「はい。今、魔ガールの間では、結構話題なんですよ」


 いち早くストローを離した、茶髪をお下げにした女の子ムーラン――だったかな? が、説明してくれる。

 

 再び耳慣れない単語を出されたあたしは、首を捻った。

 頭を動かしたことで視野が変わり、壁にかけてあった鏡が目に入る。そこには、波打つ長い黒髪と紫色の目をした、色の白い痩せた女が映っていた。

 我ながら不健康な顔色だなあ、と不満を抱きつつ、血色のいいピンク色のほっぺたをした乙女二人に訊ねる。


「何その、『まがーる』って?」


「占いとかおまじないとかに詳しい女子のことですよ。ちなみに男子の場合は、魔ボーイ」


「へえ……」


 なんだ、ただの遊びだったか。


 実入りの少なそうな話題に、あたしは途端に眠気を覚えた。

 最近の若い子は新しいものにめざといなあ、という感想を抱く。続いて、そういえば自分も二十歳になったばかりだったか。と十分若かった事を思い出した。

 

「まあロゼさんは、正真正銘の魔ガールですが」


 今度は、もう一人の金髪碧眼の女の子コリッタ――だったっけ? が、声を弾ませ笑いかけてくる。


「違います」


 あたしは速攻で否定した。

 あたしのは趣味じゃなく仕事だ。そんなファンシーな呼ばれ方をしてたまるか、と。

 

 二人の魔ガールが、ぷっと頬を膨らませる。


「でもロゼさん、占いで生計立ててるでしょ? クローエン様にはご贔屓ひいきにされているし、魔ガールのぶっちぎり頂点ですよ」


「クローエン様に毎日のように会えるなんて、最高じゃないですか」


 それじゃあ魔ガールではなく、ただのクローエンファンクラブじゃないか?

 

 あたしは人差し指で眉間を叩きながら、乙女たちの夢を壊さぬよう、クローエンに対する個人的な酷評を飲み込んだ。

 

 『赤碧せきへきのクローエン』

 

 血のように赤い髪と瞳を持つ、王国の英雄。

 人間や精霊が住む地上界を統べる聖王エイドリアス直属の、聖騎士団に所属している竜騎士隊の隊長である。先の魔王討伐戦では、エイドリアスの左翼を守り抜き、魔王の正面まで導いた。


 よって、地位および名声にいたっては、この国で十本の指に入る貴公子である。しかしその実態は、人使いが荒い上に財布の紐が異様に固い、出自不明の成りあがりだった。


 普段は滅多に声を荒げる事が無く、好好爺の如く物腰柔らか。だがしかし、いざ戦いとなれば冷酷無比な冷血漢に変わる。敵と認識した相手には容赦なく、目的を達成するためなら手段を問わない。明晰な頭脳も、その冷徹さに一役買っていた。


 乙女たちが、目にする度に『キレイ』と頬を染める彼の容姿は、言ってしまえば女顔の優男だ。私服で街を歩こうものなら、前からも後ろからも、『お嬢さん、一緒にお茶でもいかがですか』とお声がかかる。もちろん男から。


 つまりクローエンは、巷の評判とあたしが認識している実体に、著しいギャップが存在する。

 だからあたしとしては、夢見る乙女たちの口から紡ぎだされる、クローエンについての讃美には甚だ同意しかねるものがあるのだ。


 まあ、ミランダとマリッタ? の金払いが良ければ、的外れな讃美にも、もう少し付き合ってやろうと思えるのかもしれないが――


 あたしは、占いの依頼をせずにお喋りだけをしに来た乙女たちに、そろそろ午後の仕事が始まる時間であることを告げ、おひきとりを願う。

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