第3話 ロゼ、失敗する
「じゃあロゼさん、お願いしますね!」
念押ししながら、魔ガール達は帰路につく。
なんだかものすごい貧乏くじを引いた気がする。
あたしは承諾した事を後悔しながら、業務規定に則って、オトモダチの貧乏神二人を出口まで見送った。
部屋に戻ったあたしは、定位置に腰かけて『おまじないスタンプ』を手にとり観察した。
魔力の類は殆ど感じない。特に呪いがかかっているようには思えない。はやり普通の、悪趣味な判子だ。
「あ」
いじくってたら掌にスタンプしてしまった。
格好悪い真っ赤なリップマークが、右掌についている。
あたしはハンコをテーブルの上に置くと、洗面所に手を洗いに行こうと立ち上がった。その時、膝を机の脚にぶつけてしまい、判子と大事な水晶玉を床に落としてしまう。
「おっととと」
判子はどうでもいいが、大事な商売道具が傷ついては大変だ。
あたしは、裾が床まで届くぞろ長い紫色のカーテンの下に入って行った水晶玉を追いかけた。判子については、占い部屋を出て廊下に転がって行ったのが、視界の隅で確認できた。
四つ這いになったあたしは、窓が小さい割に、無駄に長くて重い紫色のカーテンを持ち上げた。水晶玉を拾い、傷が無い事を確認する。
水晶玉が無事だったので、さて今度は魔ガール達の置き土産を拾わねばと、扉の外に顔をむける。すると、足音が聞こえた。
ギシ、ギシ、という足裏全体で板を踏む音から、ハイヒールの類でない事が分る。中股から大股の、ゆっくりと落ち着いた歩様だ。おそらく男性だと推測できた。
ニスが塗られた廊下の向こうから、茶色いブーツのつま先があらわれた。履きこまれているが、しっかり手入れがされているので、ボロには見えない。
判子が、そのブーツの前にゆっくりと転がって、停止する。
ブーツの持ち主が判子に左手をのばした。指の長い、やや骨ばった大きな手だ。皺は無く、滑らかで若々しい。
赤い長髪が、その手元にパサリと束になって落ちた。
その髪で、あたしは来訪者を特定できた。
クローエン。噂をすれば、来たか。
魔王ラグラスが飛散させた命の欠片を集めて壊すよう王命を受けている竜騎士様は、あたしに『遠見』という占いをさせる。ラグラスの命の欠片を体内に宿している者を見つけ出すためだ。
『遠見』とは文字通り、遠くにいる物や人を探し、覗き見る技である。
クローエンは、その『遠見』でターゲットを見つけては、葬り、次のターゲットを求めてまたあたしの所にやって来るという繰り返し作業を、半年ほど続けている。
最後に占ったのは一昨日だった。今回はいつもより早く片付いたようだ。
もうちょっと、ゆっくりしてりゃいいのに。
一身上の都合で、実はあまり歓迎できない相手の訪問に、小さく舌打ちをする。
クローエンが判子を拾い上げた。
そこであたしは、自分が失敗を犯した事に気付く。
キャップが閉められていなかったのだ。顕わになっているマークは、唇。
「あ、ちょっと待って」
止めようと手をのばしたが、判子は大きな手の中に握られてしまった。
あーあ。こりゃ、こいつの手にも不細工なリップマークがついたな。
呑気にそう思った次の瞬間、ものすごい力で、あたしの体が出口へと引っぱられはじめる。
「え、ええ! ええええ!?」
あたしは四つ這いで水晶玉を抱えたまま、謎の引力に廊下へと引きずり出された。そして――
ぱあん!
小気味いい音とともに、クローエンの左掌とあたしの右掌が合わさった。
離れようと手を引っぱったが、一度くっついたあたしたちの掌は、僅かな隙間すら空かない。
「あれ!?」
「ロゼ……」
刺々しい声が頭上から落ちてきた。明らかに、クローエンは怒っている。
恐る恐る見上げると、女性と偽ってもまかり通りそうな上に間違いなく美人と称賛される、華やかで妖艶な美貌があった。しかし、その美しい相貌の中にある、これでもかというほど据わった深紅の瞳と目が合った途端、私の心臓は縮み上がる。
クローエンは、たった今あたし達が非情に面倒な事態に陥った事。しかもそれが、あたしからもたらされたものであると、瞬時に判断したのだ。
「あああ、あたしは悪くないわよ!」
あたしは冷や汗をかきながら、このピンチをどう乗り越えるべきか必死に考えた。
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