第23話 閑話:紅葉姫






「どうやら、間に合ったようね」


 ノクタリア王国に設置された【大織界機マグナ・テラリウム】の前で、【紅葉姫】がそう安堵の息を零し、次いで咳き込んだ。

 隣に座す【森林王】がゆっくりと背中を撫でると、「もう、大丈夫よ」呼吸を立て直して、老婆が微笑む。


 【紅葉姫】が【大織界機マグナ・テラリウム】専属紡彩士ピクターになって、もう半世紀近くになる。

 その間ずっと【紅葉姫】は相方である【森林王】と共にノクタリア王国を護ってきたが、それももう限界に近いだろう。


「無茶をするだけの価値があったか? あの色無しペルーセオモドキを助けるためだけに、君が――」


 長年の相方の口を、【紅葉姫】はそっと指で塞ぐ。少女の頃から、この娘は何も変わらないな、と【森林王】は溜息を吐いた。

 いつもそうだ。二歳ばかし早く生まれたからって、いつもいつも【紅葉姫】は【森林王】を子供扱いする。


「【大響界器マグナ・オルガノン】の起動権を握っている。それだけでもノワを助ける価値があるわ」

「しかし、それは諸刃の剣でもある」


 フィーノス、タリアサスの両国は異例の速さで陥落したが、その手段にはどうやら欠点があったようだ、というのが織界士団テキスタスが最近下した見解である。

 だからそれを、残る六国に対し無色界ペルシドゥラスはあまり使いたくはないのだ、という予想も同時に。


「この命はもうフィーノス王国奪還まではもたないでしょうし、子供たちにはなるべく多くの可能性を残しておきたいのよ」

「当たり前のように自分の死を語るな。残される者の寂しさを少しは考えろ」


 厳しい顔で指摘された【紅葉姫】は素直に謝罪を口にした。だが、それは変えようのない事実でもある。


「【紅葉姫】、【街並姫】、【風花姫】、【青波姫】、【鋼鉄姫】、【夕立姫】。紛れもなく歴代最高の紡彩士ピクターたちの時代が、これで終わるのか……」

「歴代最高は常に更新されるものよ。心配いらないわ」


 立ち上がろうとした【紅葉姫】を、そっと【森林王】は抱き上げた。照れる彼女の抗議を無視して、病室へと送る。


「次なる世代よ、どうか私たちを超えて行く様を彼女に見せてやってくれ……」


 【紅葉姫】を病室のベッドに寝かせて退室した【森林王】は自室に戻って一人、そう静かに涙した。

 最高の六姫の時代は、もうすぐ終わる。願わくば、【紅葉姫】が最期に希望を抱いて旅立てますように、と。






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黒泥の姫と硝子の王 朱衣金甲 @akai_kinkou

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