第22話 未来に向けて
「お、終わった……か?」
ユアンが不安そうにクレールの
そこにある
それぐらい今晩はいろいろなことが起こりすぎて、何もかもに現実味がない。
「エルケとトマスは……気を失ってるだけか。っと、ニワタリ様!?」
慌ててユアンが周囲を見回せば、楽団員が残していった楽器の影から「コケッ」と小さな声を上げてニワタリ様が飛び出してきて、ユアンは胸をなで下ろす。
「しかし、どーすんだこれ……
ついでに抜き差しは【
「ああ。だが
「……だな。下手の考え休むに似たりだ」
ユアンは考えるのを止めた。
だが全く考えないでいられないこともあって、だからユアンは胸のホルダーから
徐ろに針をノワの指へとぶっつり突き立てる。
「っつ、な、何するのよ!」
「確認。ん、ちゃんと血が出るな」
「確認って、何が」
考えるのを止めたユアンに代わって、クレールが説明を引き継いだ。
「血が出るってことはノワはあのナユタとは違うってこと、その証だよ。当然私もね」
「あ……」
ノワをそっと抱きしめているクレールもまた、
要するにノワもクレールもナユタとは違う人間だ、とそうユアンは念押しをしたのだ。
「ユアンは、それで、いいの?」
「俺に聞くな。分かるわけがない」
ユアンの返事はいっそ清々しくもあるが、嘘偽りない本音でもある。
「必要なら口裏合わせぐらいはしてやるさ。【氷結帝】だの
「いいか悪いかはノワ自身が決めることだ、我思う故に我有りだよ。レッテルなんて他人はいくらでも張ってきて、それを鵜呑みにするのは自己の否定だ。自分が誰なのかを真に決められるのは自分しかいないのだから」
自分が誰なのか、ノワにはまずそれが分からない。
何故自分はナユタの名前を識っていたのか。なぜ【
そんなことを識っているなんて、できるなんて、今日ここに来るまでは全く知らなかったというのに――当たり前のようについさっき自分の中から、それが出てきた。
自分というものが、本当にノワ自身には分からない。
だが、だからユアンの言う通りなのだ。『わけ分からないもんについては考えても仕方がない』。だから分かる範囲で考えるしかない。
「私は――
「ん。じゃ、所属は?」
そうユアンに問われて、アルセリア支部に決まってるとそう答えそうになって、そして気が付いた。
ここが、分水嶺なのだと。
「……今でも、クレールは私を専属に欲しいって、そう、思ってる?」
そうおずおずと尋ねると、いっそ晴れやかなほどにクレールが微笑んでみせる。
「ああ。というかノワが自分じゃ決められないと聞いたときから、これはもう攫っていくしかないと思ってたし」
「ちょ、勝手に誘拐していく気だったの?」
「だめなのか? ノワが決められないなら俺が決めてもいいってことだと思ったんだけど」
ノワは頭を抱えた。あの時の会話でクレールは諦めて現状維持を選んでくれたと思ってたら――実際は真逆だったとか。
「他人に
そっと抱えていたノワの抱擁を解いて、その前にクレールは膝を折る。
「俺の全てを投じて、君を守ると誓う。君は君が幸せだと思える世界を織ってくれればそれでいい。だからノワ、俺の専属になってはくれないだろうか」
これは、負けたなとノワは理解した。【
あの一撃を【
「……はい。私をクレールの専属にして下さい」
不安はある。無いはずがない。
だけどクレールはノワへ語った言葉を裏切らないために、その命まで投げだそうとした。
そんな覚悟にも応えられないとあらば女が廃る。男に命を懸けさせてそれを当然と思うような女には――ノワは絶対になりたくない。それだけは間違いないと、ノワ自身の意思で決められる。
「ナユタの言う通り、このままじゃ私たちは負けるんだから――貴方の願いを叶えるよ、クレール。先ずはフィーノス王国の【
「ああ。宜しく頼む、ノワ」
「こちらこそ」
今と過去のノワがどうあれ、未来のノワがどうであるかはこれで定まった。
クレールと共に、フィーノス王国の【
全ては、そこからだ。
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