第21話 誰が為のセッション






「さあ続けようぜノワ。先ずは前線を元に戻さないとな」


 その一言にノワはハッと息を呑んだ。前線を、元に戻す?

 前線というのは、つまり、


「ヴェルセリアの林を――」

「ほーん、こっちじゃそんな名前がついてんのか? あんまいい響きじゃねぇな」


 きちり、とナユタが壊れかけのダンスホールから東の方へ意識を投じたのがノワには手に取るように分かった。


「止めて……止めてよ」


 あそこにあるのはノワとクレールが再生させた林だ。二人で【織界ネオ―】を繰り替えして、ハリーも、ユアンも喜んでくれて――


「止めてよねぇナユタ、止めてってば!」

「止める意味がねぇだろノワ。もう六割は音響界レゾナンティアで、無音界クイエタスは残り四割を切っている。この大陸に【大織界機マグナ・テラリウム】は六機しか残ってなくて、【大響界器マグナ・オルガノン】は十一機が俺たちの側にある。勝負はもうついてんだ」


 鍵盤横のレバーを操作しながら、ナユタが聞き分けのない子をあやすように笑う。


「ノワはまたこっちに来ればいい。こっちで生きていけばいいんだからさ」

「止めてよ。私が織った林なんだ……クレールと二人で、私が編んだ世界なんだよ……ずっと、それができるようにって、そうなりたいって思ってて、ようやく編めた世界なのに……」

「だからさ、そういう未練とかはもう全部、この際断ち切っちまおうぜ? もう無音界クイエタスは滅びるしかないんだからさ」

「止めて……止めて止めて止めて止めて――止めてよぉぉおおおおおっ!!」


 ノワの絶叫も虚しく、ノワの指はナユタの演奏に合わせて破界声ラケロ ヴォクス――否。

 創界曲ジェネロ メロディアをその手ずから奏で出し――


「出し惜しむなエルケ! 女神ラクテウスよ我らの世界に慈悲を与えたまえ! 我らに再び世界を編み上げる力を!」

「世界を、再編する力をここに! 【織界一閃リニア・ネオー】ッ!」


 間に割って入ったトマスとエルケの【織界ネオ―】によって再編された伯爵家の壁に阻まれて、僅かに狙いがそれる。

 形振り構わなかったせいだろう。かくん、と糸が切れた人形のようにトマスとエルケが膝をついて前のめりに床へと倒れ伏した。

 それと、同時に、


「編め紡錘フューサス、【黒薄幕アーテル・ヴェールム】!」


 クレールが右手に握った紡錘フューサスで自身に【黒薄幕アーテル・ヴェールム】を被せながら、左手に握った太刀鋏フォーフェクスをナユタ目掛けて振り抜いた。

 が、


「悪ぃ兄貴、【大響界器マグナ・オルガノン】可動中は俺らも【大響界器マグナ・オルガノン】の一部なんでね。そいつぁ悪手だよ」


 太刀鋏フォーフェクスがナユタの首を落とすか、と思われた瞬間、ヴェルセリアの林めがけて放たれていた創界曲ジェネロ メロディアが指向性を持ってクレールへと走る。

 それは薄っぺらい【黒薄幕アーテル・ヴェールム】など半瞬で吹き飛ばし、容赦なくクレールの全身を貫いて駆け抜けた。


「クレール!」

「まだ、だ……心配するなノワ」


 倒れるものか、と杖代わりにしようとした太刀鋏フォーフェクスが粉々に砕け散り、クレールが膝を付く。

 膝を付き、しかしトマスの太刀鋏フォーフェクスを杖に再び立ち上がって、太刀鋏フォーフェクスを構え直す。


「無理だそりゃあ無理だよぜったい無理だ【氷結帝】の兄貴。その手にあるのは所詮【大織界機マグナ・テラリウム】の機能を徹底して分化した量産模造品だ。俺だって奏器ミュージカム一つで【大織界機マグナ・テラリウム】へ挑むなんざ不可能だ。道具の格が違うんだよ、勝負にすらならねぇ無駄死にってやつだ」

「……約束、しているのでね。退くわけにはいかないのさ」


 ナユタには目もくれず、ノワだけを見てクレールは笑う。そうとも、クレールは退くわけにはいかない。だってノワが見ているのだから。


 再び【黒薄幕アーテル・ヴェールム】を纏い直して、クレールは紡錘フューサスを投げ捨て両手でトマスの太刀鋏フォーフェクスを掴む。

 一度目の反動から、三度目は無理とクレールは判断したのだ。即ち次の創界曲ジェネロ メロディアを喰らったら、己は死ぬと。だからこの一撃にすべてをかける、と。


「俺の全てを投じて、ノワを守ると誓った。ノワが望む世界がそれで紡がれるなら潔く諦めるが――なぁ、【白熱帝】」


 そう二つ名を呼んでからナユタを初めて、クレールが怒りも露わに睨み付ける。


「自分だけ楽しむのがお前の連弾セッションか? であればやはり、お前にはノワは渡せない!」


 これが最後、これが生涯最後だとクレールが定めた一撃は、もう先ほどの創界曲ジェネロ メロディアを受けての満身創痍ゆえ初太刀よりも遙かに遅く――




 だが、それが逆にクレールに味方した。


 突如として天を切り裂いて、伯爵家のすぐ近くに何かが落下してくる。


 いや、落下してくるというような規模の話ではない。まるで天地を纏めて貫き通すような巨大な金属製の柱が、唸りを上げて地表に着弾。

 圧縮された空気が砂塵を巻き上げ、衝撃波となって半壊した伯爵家を横薙ぎに殴りつける。


「嘘だろ大停界針マグナ・アクスだと!? 」


 あれだけ猛威を誇っていた【大響界器マグナ・オルガノン】が瞬時にその機能を停止した。大停界針マグナ・アクスによって世界が固定されたため、創界曲ジェネロ メロディアがかき消されたのだ。


「【紅葉姫】め、あのばぁちゃん察知が早すぎる! 有能すぎるだろうがよ!」


 叫びつつナユタが砂塵に紛れて迫ってきた太刀鋏フォーフェクスを躱す。

 不意を突かれたとは言え、衝撃波を受けたのはクレールも同じだ。すでに全身ボロボロのクレールが振るう程度の太刀鋏フォーフェクスなど恐るるに足らず、と余裕綽々でナユタはそれを躱し――


「っが! 兄貴は囮か! そういやもう一人いたよなぁアアアアアッ!」

「影が薄くて悪かったなぁクソ色無しペルーセオォッ!」


 ナユタが躱した先、ナユタの背後からクレールのもう一本の太刀鋏フォーフェクスを拾って斬りかかったのはユアンだ。

 しかし惜しくも首を落とすには至らない。跳ね飛んだナユタの右腕と右胸を浅く切り裂くに留まったが――重傷はくれてやれた筈だ。


 ぼとり、と落ちるナユタの腕からはしかし、出血は見られない。元より色無しペルーセオとはそういう生き物だ。


「ノワ、無事か!?」


 クレールがノワを抱き抱えて【大響界器マグナ・オルガノン】から距離を取ると、奏者がいなくなった【大響界器マグナ・オルガノン】が無色界ペルシドゥラスへと沈んでいく。


「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……私が、私がまた・・間違った……私のせいで!」


 ノワ自身に身体上の傷はない。だがその内心は完全にぐちゃぐちゃだ。


「君のせいじゃないノワ、全てあの【白熱帝】とやらが悪い。気にすることは何もないさ。俺だってほら、まだ元気が有り余ってるしな」


 それが分かるから、クレールは残る全気力を振り絞って笑う。

 ここで支えられずして何が男かと、プライドの全てを総動員して何でもないと静かに笑う。


「っちゃー、今日のところは俺の負けだ。大停界針マグナ・アクスを迷いなくぶっ込んできた【紅葉姫】のばぁちゃんが勝者だよ。普通ならもうちょっと躊躇うものをまったく可愛げのねぇ。子供相手に本気出しやがる」


 残った左腕をヒラヒラと振りながら、しかし負けを認めるナユタの顔には悲観も悲壮もない。


「けど、そんな【森林王】も【紅葉姫】ももう寿命が近いだろ? 後継者にあれほどの傑物を用意できたか織界士団テキスタスぅ? ザコに【大織界機マグナ・テラリウム】を与えるなよ? その時がお前らの最後だかんなぁ」


 負け惜しみでもなく、未だ楽しそうにナユタはカラカラと笑い続けている。

 まるでつまらない勝ち方なんか御免被ると言わんばかりに、クレールやノワ、ユアンを楽しそうに見回している。


 こっちはそれぐらい余裕綽々なのだと言わんばかりに笑って、嗤って、


「ごめんよノワ、兄貴の言う通りだ。今日は俺の都合を押し通しちゃって本当に悪かった。次は楽しくろうぜ! じゃなっ!」


 ナユタもまた無色界ペルシドゥラスへと消えていく。






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