第21話 誰が為のセッション
「さあ続けようぜノワ。先ずは前線を元に戻さないとな」
その一言にノワはハッと息を呑んだ。前線を、元に戻す?
前線というのは、つまり、
「ヴェルセリアの林を――」
「ほーん、こっちじゃそんな名前がついてんのか? あんまいい響きじゃねぇな」
きちり、とナユタが壊れかけのダンスホールから東の方へ意識を投じたのがノワには手に取るように分かった。
「止めて……止めてよ」
あそこにあるのはノワとクレールが再生させた林だ。二人で【
「止めてよねぇナユタ、止めてってば!」
「止める意味がねぇだろノワ。もう六割は
鍵盤横のレバーを操作しながら、ナユタが聞き分けのない子をあやすように笑う。
「ノワはまたこっちに来ればいい。こっちで生きていけばいいんだからさ」
「止めてよ。私が織った林なんだ……クレールと二人で、私が編んだ世界なんだよ……ずっと、それができるようにって、そうなりたいって思ってて、ようやく編めた世界なのに……」
「だからさ、そういう未練とかはもう全部、この際断ち切っちまおうぜ? もう
「止めて……止めて止めて止めて止めて――止めてよぉぉおおおおおっ!!」
ノワの絶叫も虚しく、ノワの指はナユタの演奏に合わせて
「出し惜しむなエルケ! 女神ラクテウスよ我らの世界に慈悲を与えたまえ! 我らに再び世界を編み上げる力を!」
「世界を、再編する力をここに! 【
間に割って入ったトマスとエルケの【
形振り構わなかったせいだろう。かくん、と糸が切れた人形のようにトマスとエルケが膝をついて前のめりに床へと倒れ伏した。
それと、同時に、
「編め
クレールが右手に握った
が、
「悪ぃ兄貴、【
それは薄っぺらい【
「クレール!」
「まだ、だ……心配するなノワ」
倒れるものか、と杖代わりにしようとした
膝を付き、しかしトマスの
「無理だそりゃあ無理だよぜったい無理だ【氷結帝】の兄貴。その手にあるのは所詮【
「……約束、しているのでね。退くわけにはいかないのさ」
ナユタには目もくれず、ノワだけを見てクレールは笑う。そうとも、クレールは退くわけにはいかない。だってノワが見ているのだから。
再び【
一度目の反動から、三度目は無理とクレールは判断したのだ。即ち次の
「俺の全てを投じて、ノワを守ると誓った。ノワが望む世界がそれで紡がれるなら潔く諦めるが――なぁ、【白熱帝】」
そう二つ名を呼んでからナユタを初めて、クレールが怒りも露わに睨み付ける。
「自分だけ楽しむのがお前の
これが最後、これが生涯最後だとクレールが定めた一撃は、もう先ほどの
だが、それが逆にクレールに味方した。
突如として天を切り裂いて、伯爵家のすぐ近くに何かが落下してくる。
いや、落下してくるというような規模の話ではない。まるで天地を纏めて貫き通すような巨大な金属製の柱が、唸りを上げて地表に着弾。
圧縮された空気が砂塵を巻き上げ、衝撃波となって半壊した伯爵家を横薙ぎに殴りつける。
「嘘だろ
あれだけ猛威を誇っていた【
「【紅葉姫】め、あのばぁちゃん察知が早すぎる! 有能すぎるだろうがよ!」
叫びつつナユタが砂塵に紛れて迫ってきた
不意を突かれたとは言え、衝撃波を受けたのはクレールも同じだ。すでに全身ボロボロのクレールが振るう程度の
「っが! 兄貴は囮か! そういやもう一人いたよなぁアアアアアッ!」
「影が薄くて悪かったなぁクソ
ナユタが躱した先、ナユタの背後からクレールのもう一本の
しかし惜しくも首を落とすには至らない。跳ね飛んだナユタの右腕と右胸を浅く切り裂くに留まったが――重傷はくれてやれた筈だ。
ぼとり、と落ちるナユタの腕からはしかし、出血は見られない。元より
「ノワ、無事か!?」
クレールがノワを抱き抱えて【
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……私が、私が
ノワ自身に身体上の傷はない。だがその内心は完全にぐちゃぐちゃだ。
「君のせいじゃないノワ、全てあの【白熱帝】とやらが悪い。気にすることは何もないさ。俺だってほら、まだ元気が有り余ってるしな」
それが分かるから、クレールは残る全気力を振り絞って笑う。
ここで支えられずして何が男かと、プライドの全てを総動員して何でもないと静かに笑う。
「っちゃー、今日のところは俺の負けだ。
残った左腕をヒラヒラと振りながら、しかし負けを認めるナユタの顔には悲観も悲壮もない。
「けど、そんな【森林王】も【紅葉姫】ももう寿命が近いだろ? 後継者にあれほどの傑物を用意できたか
負け惜しみでもなく、未だ楽しそうにナユタはカラカラと笑い続けている。
まるでつまらない勝ち方なんか御免被ると言わんばかりに、クレールやノワ、ユアンを楽しそうに見回している。
こっちはそれぐらい余裕綽々なのだと言わんばかりに笑って、嗤って、
「ごめんよノワ、兄貴の言う通りだ。今日は俺の都合を押し通しちゃって本当に悪かった。次は楽しく
ナユタもまた
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