第20話 【大響界器】
最初にそれに気が付いたのは、やはりというかクレールだった。
的確に、最高効率で
それだけをやってきたと言うだけあって、ノワの【
ノワが色を付けてくれた相手を追うだけで、クレールもまた最高効率で
それが突如として停止して、だから
――あれは、なんだ。
ノワの居た場所に、闇夜より黒い漆黒の球体がある。
どんどんと膨れあがっていくそれの大きさは既に5
まずい、と直感でクレールは理解した。あんな色は、自然界にはあり得ない。
自然にはあり得ない色を絞り出しているのは、だからこれはノワの仕業だ。
「ノワ! 止めるんだ! それ以上色を乗せたら
あり得ない配色はただ
「止めなさいノワ! 貴方自分の手で
エルケの叫びすらその黒は呑み込んでしまうかのように深くて、奈落の底を体現しているかのようで。
だから、当然のように――
バキン、と世界がひび割れる音が一同の耳朶を打つ。
「ああ、ああ! 待ってたぜノワ! この時が来るのをずっと待っていたんだ!」
だが、その黒い闇の球体は依然としてそこにあり、そして――
それを突き破るようにして、闇の内側からノワと共に、巨大な機工が顕現する。
「な、なんだ……アレは……」
トマスも、ユアンもエルケも、そしてクレールも動きを止めてしまう中で、しかし
ノワと共に現れた機工に、圧倒されている。
「あれは……まさか、【
あれと同様の巨大機工をクレールは目にしたことがある。
【
だが、あれと今目の前にあるこれは似ているようで全く形状が異なっている。
足踏みのペダルはある、だがシャフトもシャトルもリードもなく、無数の鍵盤とレバーとパイプを備えたそれは、【
「いいや違うぜ【氷結帝】の兄貴。こいつは【
「【
「そうとも。世界再演の礎、俺たちの至宝だ。せっかくだから傍で見てなって。思い出すかもしれないからさ」
にぃっと人懐っこく笑うナユタとは対照的に、
「全て壊してやる。お前たちなんか、全部、全部消えてしまえばいい」
ノワの一言と共に鍵盤が叩かれる。
紡がれるは糸ではなく音。叩かれる鍵盤に応じてトラッカーが弁を開き、パイプに送られた空気が複雑な音色を奏で始める。
それと、同時に。
――ルゥオォオオオオオオオーン!!
「おぉっと危ねぇ。巻き込まれるところだったぜ」
ノワの眼前、飛び退いたナユタの周囲にいた
「な……!?」
クレールが、トマスが、エルケが、ユアンが見守る中、次々と
その理由が、誰にも理解できない。
あのナユタは、あれを【
であれば、あれは
「それがどうして、
「そう驚くことじゃないだろ? そっちだっておかしな色を乗せられると世界が崩れちまうんじゃなかったっけ?」
ニマニマと笑うナユタにからかうように告げられて、クレールたちは理解した。
ノワがやっているのはそういうことだ。より大出力の
だが、それを、
「なんで、なんでノワにそんなことができるのよ!?」
「頭悪ぃな姉ちゃん、俺がさっき言ったろ? ノワが俺の
ヒョイヒョイと、恐らくはノワが放つ【
演奏が途切れ鍵盤の左右に並んだレバーにノワが手を伸ばした、その一瞬の隙を突いてナユタがノワの横に立つ。
「な!?」
「ああノワ、お前の
ナユタが鍵盤に指を奔らせ始めると、一転して空間が凄まじい振動を始めた。
「ああ、久しぶりのノワとのセッションだ! テンション爆上げでいこうぜぇ!!」
「皆、逃げて!」
ノワの叫びに応じて、クレールは走った。
後ろにではなく前へ。【
「編め
編み出した漆黒の天幕が、かろうじてクレールと、その背後にいたトマスらを救った。
「ちょっと待って! クレールは
「そっか、そうだよな。兄貴も俺やノワと同じで
演奏を続けながら、ナユタが愉快そうに笑う。
ノワとの連弾を続けながら笑う。一回は生き延びられても、次はどうかと。どこまで耐えるつもりだ? と。
「なんだ、これ! なんで止まらないの!? 指が、腕が勝手に動く! どうして! だって、これは私の――」
「ノワのでもあり、同時に俺のでもある。言ったろ? 俺が
その言葉の意味を、ようやくノワもクレールも理解した。
【
この【
「ずっと待ってたんだ、ノワがこっちにこれを呼んでくれるのをさ! 今日ようやくそれが叶った、記念のコンサートを聞かせてやるよ!」
その一言に、ノワの顔は青ざめる。
ナユタが何かをずっと待っていることは気が付いていた。何かに備えていることは理解していた。
だから切札を出される前に押し切ってしまうつもりだった――いや、違う。
――なぁノワ、お前いつまでそんなふうに這い回っているつもりなんだ?
まんまと、ノワはナユタに嵌められたのだ。最初からナユタはノワを追い詰めて、
最初からずっと、ナユタの手の平の上で踊っていただけだ。自身の怒りすら、ナユタに仕込まれたものでしかなかったのだ。
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