第19話 崩壊の調べ






――まずい、拙い拙い拙い拙い、拙い!


 遮二無二【雨散塗呪プルヴィウス・リニオー】をばらまきながら、ノワは混乱の極地に陥っていた。

 数が、減らない。むしろどんどんと増えている。

 空から次々と空輸型キコーニアが別の色無しペルーセオをぶら下げて舞い降りてきていて、クレールとノワですら処理が追いつかない。


 一体の焼却型ドラコーを始末する間に、二体の焼却型ドラコーが降りてくる。

 既に色無しペルーセオは舞踏会場に納まりきらず、伯爵家内のそこかしこに着地して、勝手に暴れている。


 ジリ貧、などと呼べるようなレベルではない。最初から勝負になっていないのだ。

 ノワたちにできることはただ敗北の時間を少しでも遅くすることだけで、挽回の手段が一切ない。


 増援も期待できないだろう。何せニワタリ様は今トマスと共にここにいるのだ。既に夜の帳も下りており、支部のハリーが伯爵家の異変に気付くのは明日の朝だ。

 そもそも四人程の縫織士テクスターが加わったところで――


「こんな、こんなの、どうやれば――」


 トマスもユアンも、クレールと鍛練を重ねてきたことで少しばかり技倆うでを上げてはいる。

 その証拠に染まりきった焼却型ドラコーの首なら、二人とも一人で落とせるようになってはいる。だが――


――遊ばれてる。


 多分、ナユタの命令だろう。焼却型ドラコーが染まった外皮を脱ぎ捨てようとはしない。

 まるでトマスたちが必死の顔で駆け回っているのがおかしいかのように、あいつは手加減をしている。いや、何かを待っている。

 それが終わればもう決着だとばかりに、ナユタは全く急いでいないのだ。


――ゴガァアアアアァァアアアアアッ!!


 焼却型ドラコー破界声ラケロ ヴォクスが四方八方に撒き散らされて、


「チクショウ! 街まで届きやがった!」


 トマスの悲鳴に、しかし誰もが為す術もない。


「おーい、全力、尽くしているかーい? その程度じゃあ俺たちは止めらんないぜ?」


 ちくしょう巫山戯るな、と毒づく時間も惜しい。肺腑は酸素を求めて荒い呼吸を続けていて休む暇もない。

 全力? 当然のように尽くしている。尽くしてなおこの様だってのに――そんな様が、


「そんなにおかしいのかよ!」


 ケラケラと笑うナユタの顔に、歯ぎしりが洩れる。

 そんなに無様な私たちがおかしいかと。上から虫でも踏みつぶすように、私たちが死ぬのは楽しいかと。


 そんな、怒りが、





















「なぁノワ、お前いつまでそんなふうに這い回っているつもりなんだ?」





















 その一言で、ズキンと。


 ノワの脳内で何かが弾けた。




――そうか、そこまで言うなら。




 スッと、視界がクリアになる。


 成すべき事は、ただただ色無しペルーセオの殲滅だ。それ以外のことは考えなくていい。


 その為にできることを、ノワに振るえる最大の力を行使すればいい。


「編め、紡錘フューサス


 右手の紡錘フューサスから、漆黒に染まった糸を紡ぎ出す。

 【黒縛網アーテル・レーテ】。捕縛して、色無しペルーセオを侵食する投網をもっと丹念に、丁寧に編んで、そして徹底的に色を乗せる。


 零れるまでに。

 滴り落ちるまでに。

 世界を、漆黒に染め上げるほどに。


「ノワ! 止めるんだ! それ以上色を乗せたら有色界ピナコセラが耐えられない!」


 遠くから誰かの叫びが聞こえるが、それは今考えなくてもいいことだ。

 成すべき事は、ただただ色無しペルーセオの殲滅だ。それ以外のことは考えなくていい。

 その為にできることを、ノワに振るえる最大の力を行使すればいい。


「此なるは女神ラクテウスに捧げし我が原型アニマ、我が原理アニムス


 漆黒に編まれた布が、球状にノワを包み隠す。その布に内側から、更に色を乗せていく。


 まだまだ足りない。

 これでは足りない。


 もっともっと、あり得ないほどに。

 光すらも呑み込むほどに、黒く、黒く、ほどけるまでに、何よりも黒く染まればいい。


「止めなさいノワ! 貴方自分の手で有色界ピナコセラを壊して無色界ペルシドゥラスを広げるつもりなの!?」


 遠くから誰かの叫びが聞こえるが、それは今考えなくてもいいことだ。

 だって、ノワが行使できる最大の力はその先に、無色界ペルシドゥラスの最奥にあるのだから。


――さあ、壊してやったぞ。徹底的に壊してやった。


 世界がほつれていく音が聞こえる。

 有色界ピナコセラの、悲鳴が聞こえる。


――ここまでやってやったんだ。無視するなんてつれないことは言わないでしょう?


 ずぐん、と体を衝撃が貫いたのが分かる。

 『それ』が応えたのが分かって、ノワはようやく破顔する。


――使ってやるから。だから早く来なよ。


「ああ、ああ! 待ってたぜノワ! この時が来るのをずっと待っていたんだ!」


――煩い、黙れよ色無しペルーセオが。


 さあ、


「全て壊してやる。お前たちなんか、全部、全部消えてしまえばいい」




 滅びを、奏でよう。







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