第13話 【硝子】のクレール
ひとまずは怪我人の治療が優先、ということでホークが呼んできた荷馬車にノワとクレール、ホークが手分けして意識のない面々を乗せてアルセリアの街へと戻る。
兵舎の前で、
【
ノワが黒玉をドカドカ打ち上げ非常事態の解除を通達、けが人たちを手分けしてアルセリア支部兼兵舎の中へと運び込む。
その後、話が二転三転し過ぎだと文句を言いに来る市民もいなくはなかったが、そういう連中も目に見えてボロボロになったユアンやトマス、ナマクラになってそこら辺に無造作に投げ出されている
というか、それを見越してわざわざノワは皆の介抱を入口ホールで行っているのだが。
招いた医者が全員の診察と治療を終えた結果、
「幸い安静にしていれば全員戦線に復帰できるでしょう。皆さんの奮戦に感謝を。それではお大事に」
「ありがとうございました」
とりあえず引退者ゼロ、と分かり、医者を送り出した後にノワも緊張の糸がぷっつり切れてしまい、目覚めたら自室のベッドにいたという体たらくだ。
目が覚めて以降もやることは沢山ある。先ずは汗と泥まみれの身を清め、破損した
それが終わったら一階に降りて、
「おうノワ、手伝ってくれ」
「ん」
トマスと共に
続いて領主宛の報告書と外壁修理の要請、及び追加予算の申請、市議会への報告書と、アルセリア支部が記さねばならない書類は沢山ある。
元々がアルセリアの庶民ばかりであるアルセリア支部には、人に見せられる文章を書けるのがトマスとノワしかいない。
読んで読めないことはないが、ハリーやユアン、エルケらが書いた文章は少なくとも領主に読ませられるレベルには達していないのだ。
なのでハリーとユアンは全員の解れや穴が生じた士団員服を縫い直し、ホークは
残るエルケはアルセリア支部全員分の食事の用意と洗濯。アルとカミルは割と重傷で今はベッドから離すわけにはいかないので、アルセリア支部はどう見ても人手不足だ。
そういったあれこれを終えてようやく、
「改めて、
「
ささやかながらのお礼、ということでクレールを交えての夕食会である。
「じゃあまだ寝てるカミルらには悪いが、恩人へのお礼ってことで、乾杯!」
『乾杯!』
といっても用意できるのはホワイトシチューに白パン、サラダに塩漬けのハムとチーズ、薄めたワインが限界だが。
それでも歓談を交えながら共に舌鼓を打てば、彼ら彼女らは同年代だ。ある程度緊張もほぐれて役職尊称抜きで呼び合う程度には気安くなる。
「それで、フリュギア首長国勤務のクレールが何でこんなところにいるんだ?」
薄めてあるとは言え、飲む量が多ければ当然酔いも回る。
若干赤ら顔になっているトマスに、
「ああ、
ハリーに語った内容を再びクレールが説明してみせる。
「それはあれか? ちまちま噂を聞く、【
「ああ。といっても赤紙が届いた全員が編成されるわけではなく、そこからさらにふるい分けを行なうと聞いているが」
要するに声がかかった皆が奪還部隊に投入されるわけではなく、その中から更に厳選を行なう、ということらしい。
「だが、このままでは私は恐らくその選別で脱落するだろう。故にノワに専属の
その為に阿吽の行動が取れる相手が見つかった場合にはペアを組むことが推奨されていて、それは専属という形で
ほぇーとハリーが間抜け顔でクレールを見やった。
彼の実力を間近で見たハリーには、クレールが専属がいない程度で落とされるとはとても思えないのだ。
「落ちるのか? クレールが? そんなに
「幾ら強くとも、色の乗せられない糸を量産するような出来損ないには出番はないさ」
クレールが冷めた顔でそう首を横に振った。クレールが前線に立たず首都防衛隊所属なのも、それが理由だと。
いくら強くても、世界を縫えない糸しか作れない男を最前線に置く意味がない、と。でも実力はあるから要人警護の意味で首都を守らせている、と。
「……本当に、誰も色を置けなかったの?」
ワインをチビリとやりながらノワが怪訝そうに問うも、クレールは真顔で頷くのみだ。
「ああ、エルケも試してみただろう?」
「ええ。小指の先ほども染まらなかったわ。自分でやってみるまでは嘘でしょって思ってたけど」
実際、ノワがエルケの
だがその結果は惨敗。まるで金属の板に水銀を垂らしたかのように、するりと色が落ちて一切定着しない。こんなことはエルケも初めてだった。
「
あえて言うならクレールの色は透明で、その色が異常なほどに強すぎるのだ。
だからクレールが仕留めた
「その結果、ついた二つ名が【
フッと笑うクレールの笑みは乾ききっていて、その笑みにアルセリア支部の誰もがノワの笑みを重ねてしまう。
クレールはノワと同じなのだ。才能はあるのに、欠点があまりに強すぎてその才能を霞ませてしまう。
「だがノワは――ノワだけが俺の糸に色を置けた。俺には君しかいないんだ。俺の願いを叶えてくれる女神がノワなんだよ」
「願いって? 奪還部隊に所属すること?」
「それは手段に過ぎない。俺の目標はフィーノス王国の【
そう語るクレールの、その青玉のような瞳の奥に、誰もが激しく燃える炎を見た。
フィーノス王国が
だが、
「大きく出たね。王を目指す、【
ノワがハッとクレールを鼻で笑う。
このノクタリア王国の【
国の中核たる【
無論、王だの姫だの言ってもこれに政治的権力はなく、あくまで二つ名としての意味合いしかないが。
「ならワンチャン上手く行けば私を【黒泥姫】にしてくれるってわけだ、【硝子王】サマ?」
是非にと求められたノワではあるが、その態度はあからさまにクレールを嫌っている。ただその理由が、誰にも分からない。
「何が不満なんだ? 少なくとも首都防衛隊の専属になればお前の扱いもクレールと同等になるだろ。給料上がるぞ」
素朴にユアンがそんなことを言ってくるが、分かってないとノワはユアンに諭すような視線を向ける。
「私たちみたいなその日暮らしと違って目的がある人間はね、強いんだよユアン。諦めないんだ、そして目的を達成するために努力して、工夫して、全力であがくんだよ」
「……それ、別に悪いことじゃなくない?」
エルケが意味が分からない、と頭を振るが――田舎育ちの純朴なエルケにはそうだろう。
「私は黒しか置けないよね? だけどクレールの糸に色を置けるから私は専属に求められてる。じゃあこの先、黒以外も扱えてクレールの糸に色を付けられる
誰もがあっさりその質問の答えに辿り着きつつも、言葉を失う。
そうだ。目的がある人間は諦めないし、目的を達成するために努力して、工夫して、全力であがく。ということは、
「立派な目的じゃないか、フィーノス王国の再編なんて。強い、強い覚悟だ。その為なら無能な
誰もが、ノワに首肯することができずにいる。
その言葉の通りだと思っていて、だからこそ頷けない。
「もう分かったでしょ? 運命の人だなんて寝言は忘れて、とっとと先を目指しなよ。その先に真の運命の人がいるかもしれないんだからさ」
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