第12話 いきなり運命の人とか言ってくる奴は頭がおかしいに決まってる






 生き残った、嘘みたいだとノワはその場に崩れ落ちそうになり、


「そうだ! トマスとユアン!」

「そ、そうだあいつら――っくしょ、膝がてめぇ俺の膝めなに大爆笑してやがんだクソがよ」


 ノワがよろよろと駆け出した一方で、ハリーはもう限界のようだった。

 腿が肉離れを起こしていて、とてもじゃないがハリーもまたまともに歩ける状態ではない。


「怪我人の回収なら私が行なおう。出撃したのは何人だ?」

「八人だ、救援感謝する――ええと?」


 ここにきてハリーはこの青年が一体どこの誰なのかさっぱり知らないことを思い出した。


「クレールだ。フリュギア首長国首都防衛隊所属、現在は織界士団テキスタス本部からの招集に応じノクタリア王国首都ノルンへ移動中」

「すまない、助かったってええ!? 首都防衛隊かよ! エリートじゃんか。いや、まああれだけ強けりゃ当然か」

「そうではないのだがな……」

「うん?」

「何でもない。怪我人の救援を開始する」


 そんな二人を余所にまずノワがユアンの元に駆け寄って、呼吸と鼓動を確認する。

 心音も呼吸も安定しており、どうやら出血がおびただしいのは皮膚表面の毛細血管が破裂して血を吹いただけのようだ。


 見た目に反して出血量もそう多くなく、実際既に流血は止まっている。

 目を開かないのは――どちらかというと疲弊の為だろう。


「ユアンは無事っぽい!」

「こちらクレール、支部長の生存を確認した。右大腿骨が綺麗に折れているが、安静にしていれば復帰は問題なさそうだ」


 二人の報告を受けてハリーはひっそりと両者に感謝の祈りを捧げた。

 この激戦で誰一人脱落者が出なかったのは疑いなくノワとクレールのおかげだろう。


 しばらくして目を覚ましたエルケ班のホークが一番怪我が軽かったため、即時退去勧告の撤回と回収支援要請の為に一人アルセウスの街へと向かう。

 残されたノワはそこで、ようやくクレールが討伐した色無しペルーセオの糸がそのまま放置されていることに気が付いた。


「いけないいけない、無色の貴重な素界糸プルスマテリアだ。回収しておかないと」


 自分のと、そしてエルケの紡錘フューサスを手に、


「紡げ、紡錘フューサス


 せっせと糸を回収していたノワの肩にそっと手が乗せられた。

 振り返れば、


「喜んでいるところすまないが、その糸は素界糸プルスマテリアにはなり得ない」


 何故かクレールが乾ききった顔で首を横に振っていて、ノワにはエリート様の言っていることがさっぱり分からない。

 殆ど無色に近い糸は素界糸プルスマテリアと呼ばれ、紡彩士ピクターからすればどんな色にも染めやすい、ありがたい素材である。


 ノワにはどうせ黒にしか染められないが、エルケならこれで正しくヴェルセリアの林を再生できるだろう。

 もっとも色素が少ないエルケだと一日に再編可能な面積が狭く森林再生には時間がかかるから、結局沼にするしかないのだろうが……


「あの、素界糸プルスマテリアには成り得ないってどういうことですか?」

「その糸には色が乗らないんだ。色の乗らない糸では、いくら編んでも世界は再編できない」

「乗りますけど?」


 いったん紡績を止めたノワがほんの少しだけ【黒縛網アーテル・レーテ】を編んでみせると――


「ッ!? 馬鹿な、何故!?」


 無味乾燥だったクレールにガッと凄まじい剣幕で肩を掴まれて――ノワには何より怒りが先に立つ。

 何故かって? そんなの、


「私が紡彩士ピクターだからに決まってるじゃないですか」


 またしてもこれだ。

 ああ、覚悟はしていたけどまたしてもこれだ。


「ハッ、まぁエリート様からすれば黒一色しか染められない紡彩士ピクターなんて紡彩士ピクターじゃないんでしょうけど!!」


 どうせ誰もノワのことを一人前の紡彩士ピクターだと見做しはしない。

 相手は一国の首都防衛部隊に所属しているエリートだ、そんな奴から見ればノワが紡彩士ピクターとして半人前としか映らないのは当然の話だろう。


 だがよくも悪くもノワは贔屓をしないから、クレールの否定はノワを拒絶する人間が一人増えただけだ。要するに、ノワの敵がまた一人増えただけのことだ。

 そうノワは自分勝手に怒り、


「そうじゃない。そうじゃないんだ。これまで誰も俺がトドメを刺した糸に色を乗せられなかったんだ!」


 そしてクレールはクレールで、こっちもまた勝手に自分の事情で興奮して、


「ヒャア!?」


 ノワの腰をガッと掴んで頭上に掲げ、くるくると羽根のような軽さで回り始める。


「まさか、俺の運命の相手がこんなところにいただなんて! 女神ラクテウスよ、この出会いに感謝を!!」


 当然、回されているノワのほうは何が何だか分からないまま、怒りを凌駕して吐き気がする。当然、目が回っているからだ。


「なに、一体何なの!?」

「君、愛しき君、君の名前を聞かせてくれないだろうか」

「の、ノワ……」

「ノワか。いいな、短い名前はいい。何度でも繰り返しその名を呼べるからな。ノワ、ノワ、ノワ。うん、よく馴染む」


 そのまま地面に下ろされ目を回していたところをガッと両手を外側から挟み込まれ、ノワにはもう何が何だか分からない。眩暈と吐き気で思考が定まらない。

 だがとりあえず、


「ノワ、君に俺の専属紡彩士ピクターになって欲しい。どうか受け入れてはくれないだろうか」

「つつしんでおことわりします……」


 人の話を聞かない奴の話は、ノワも聞かないことにしているのである。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る