第11話 鉄風雷火は嵐の如く






 ヒュッと、青年が手首のスナップだけでアクスを投擲する。

 放たれたアクスは轟、という凄まじい音を立てて歩兵型ルプスへと突き刺さり、その歩兵型ルプスを爆散させる。


『はぁ!?』


 それを目にしたハリーとノワは思わずハモった悲鳴を上げてしまう。

 今投げたのはただのアクスの筈だ。それがどうして歩兵型ルプスを一撃で糸に解してしまうのか。

 立て続けに青年がアクスを投げると、そのたびに一体ずつ歩兵型ルプスが弾け飛んでく。


「いや、それ、そうやってつかうもんじゃねーだろ……」


 同じ縫織士テクスターであるハリーの声は震えていて、焼却型ドラコーよりもむしろ目の前の青年の方に怯えているようだ。

 引き抜いたアクスを数本纏めてぶん投げているのに、しかもそれが全部命中。その上アクスを喰らった相手は地面に縫い止められるのではなく爆発四散だ。


 とても同じ職のやっている行動とは思えない。アクスという言葉の意味が青年とハリーでは違っているかのようにすら思える。


 青年が地を蹴って走る。地面が爆ぜたかと思うような踏み込みからの刺突に、三体の先遣型キャニスが纏めて太刀鋏フォーフェクスに貫かれる。

 それを目の当たりにしてノワはようやく、青年の太刀鋏フォーフェクスが異様に長く分厚いことに気が付いた。


 青年がその長刀を振るうと、突き刺さっていた先遣型キャニスが砲弾のように放たれて別の先遣型キャニスに叩き付けられる。

 それらが纏めて糸へと形状崩壊してゆく様は、どっちが正義の味方か疑わしくなるほどに暴力的で――しかし、あまりにも強い。


 これを脅威と見た二体の焼却型ドラコーがその長い尾を青年へと叩き付ける。一匹は上から、もう一匹は横薙ぎに。


「危ない!」


 とノワが声を上げるも時遅く、鞭のようにしなる尾先が青年を打ちのめし――


「嘘でしょ……」


 ては、いない。

 どちらの尾も二振りの太刀鋏フォーフェクスに完全に防がれていて、


「……いつ二本目抜刀したんだよ」


 駆け抜けながら青年が翻す刃は鋼鉄の嵐となって焼却型ドラコーの尾を半ばから断ち切った。


「支援を頼む。【塗呪リニオー】でいい、右の奴の喉へ」

「へ? あ、はい。【塗呪リニオー】!」


 請われるがまま、反射的に【塗呪リニオー】を撃ち出すと、それを追うように青年が疾駆する。

 そのままの勢いで青年は右の焼却型ドラコーへ肉薄すると徐ろに太刀鋏フォーフェクスを投擲。


『投げた!?』


 破界声ラケロ ヴォクスを放たんと鎌首をもたげていた喉に【塗呪リニオー】が着弾とほぼ同時、剥離などさせぬとばかりに太刀鋏フォーフェクスが深々と突き刺さる。

 トマスでは全身真っ黒でも落とせなかった首の、ちょっと黒く染まった部分に、投擲で深々と、だ。


 声帯を貫かれ声も出せない焼却型ドラコーの喉に、跳躍した青年は二本目を突き刺すと、そのまま一本目を空いた手で握り――切り開いて、その首を両断する。

 青年の着地と同時にあっさりと焼却型ドラコーの一体が形状崩壊して、無色の糸がその場にブワリとあふれ出す。


「凄ぇ……なんて強さだ」


 そんな青年の猛攻を目の当たりにして、ハリーが震え上がる。あれは、あんな――とても人に出来る攻め方だとは思えない。

 それくらいに目の前の青年とハリーでは縫織士テクスターとして格が違っている。大人と子供ほど、ではなくもはや別の生物と思えるほどにも。


 狙いは精密無比にしてその豪腕はあまりにも暴力的。

 粗野にして精微なる戦技の極地。柔と剛の融合。荒々しく、しかし美しい剣舞の極み。


「う、撃ちます!」

「ああ、頼む」


 一応支援はあった方がいいと分かったノワが、残る焼却型ドラコーの喉目掛けて【塗呪一閃リニア・リニオー】を振り抜けば――


「凄いな、この距離で的確な着弾だ」


 ほうと感心したような声と共に青年が焼却型ドラコーの背中に取り付いて、剥離を済ませるより早くにその首を切り落とした。

 あまりにも圧倒的な決着だ。後は糸の洪水に飲まれて動けないでいる先遣型キャニス歩兵型ルプスの首を焦らずに刎ねれば終いである。


 無色界ペルシドゥラスからの、肌を撫でるような振動は既に消え去った。

 第二陣もこれで壊滅だ。第三陣があるかは分からないが――ひとまずの危機は去ったと言える。


「失礼、指摘に従い本部へのふみしたためていたら参戦が遅くなった」


 あ、そういう理由で来るのが遅れたのね、とノワは半ば呆然としたまま頷いた。


「あと、アクスが残っているなら貸してもらえるだろうか。手持ち分は全て投げてしまったんだ」

「あ、ああ……ほらよ」


 ハリーから残るアクスを受け取った青年が腕を振るうと、糸の山の一部がボン、バン、ボンと弾けて膨れる。


「これで、全滅だ」


 何度見ても冗談にしか思えないアクスの使い方に、ノワもハリーも呆れて物が言えない。






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