第10話 捨て身
一人の青年が、
年頃は――トマスと同程度か。長く伸ばした透明に近い薄緑の髪を後ろで結わえていて、一見して女性にも見えるが――その背中には
だから何らかの理由でこの街を訪れた、どこかの
「失礼、
近づいてきた青年に、ノワは軽く涙を拭って頭を垂れる。
「状況確認ありがとうございます。
「報告、ですか?」
「ええ。本日明朝、アルセリアの
即時
体感時間にして一刻後、これを撃退。撤収。
現在再び
頭を垂れたままお願いします、と告げると、
「
「ええ、相当に拙いです。だから伝令をお願いしています」
青年がごく当たり前のことを呑気に聞いてくるので、逆にノワは怒りを超えて失笑してしまった。
第一陣には
「私は戦場に戻りますので、何卒本部へ報告を。押しつけてしまい、申し訳ありませんが」
そんな戦場を目前にして、
「――貴方は、俺に助力を求めないのか?」
どうしてトマスと年もそう変わらぬであろう生け贄を新たに捧げられるというのか。
ノワだって多少性格は悪いが人の子だ。見ず知らずの人間に「私と一緒に足止めして死んで下さい」なんて言えるほど厚い面の皮は持っちゃいない。
「最も憂慮すべきは
トマスの猿真似を口にして、ノワは壊れかけの
「実際のところ、ですよ。もうアルセリア支部は第一陣を退けた時点で余力はもう残っていないんです。ここに
ノワはもう全力砲撃などできないし、ここで無傷の
であれば参戦を望むのは死亡者報告数の数を一つ増やすだけで、総体において状況は好転せず僅かに悪化するだけだ。
「なので、本部への報告をお願いします。それでは」
もう一度ペコリと頭を下げて、ノワはそれっきり後ろも見ずに駆け出した。これで本部に報告は届く。
然るにノワは何一つ心おきなくトマスたちの救援に向かうことができる。
§ § §
そうして訪れた戦場はもう明らかに瓦解寸前だったため、
「【
迷わずノワはトマスたちごと戦場を一気に塗り潰した。
戦場に
だから露払いの
「ノワ! 何で来た!」
黒く染まった
「どっかの
「アルセリア支部の一員だ! 置いていくなよクソッタレ!」
ノワはそう死に物狂いで叫ぶ。なおクソッタレはトマスにではなく
色がついて脚が鈍ろうと、それまで蓄えていた運動エネルギーが一瞬で無くなるわけではない。間一髪の回避である。
横から
「死ねぇ!」
足元の地面に刺さっていた
既にエルケは限界を超えて色素を絞り出した反動で昏倒しているらしい。
エルケ班の面々も既にどこかしらに怪我を負っており、的にならないよう木陰に隠れて、トマスらが討ち漏らした
今はエルケ班と
――無理もないよ。ずっと戦い続けているんだ。
第一陣の時だって、何度も彼らはノワの黒い雨を浴びながら戦っていた。それもまたトマスらを弱らせている遠因の一つでもある。
「どこまでやる? トマス!」
第二陣の迎撃は、最早不可能だ。であれば残る気力体力色素はキッチリ計算の上で、使うべき時にのみ使わねばならない。
「ノワの砲撃が当てにできない以上、
ノワは頷いた。妥当な判断だ。
逃げる市民を守るなら、
目の前の
「ハリー、ユアン。ノワが来た以上は焦土戦術が再開できる。怪我してる連中を今のうちに下げさせろ」
「わかった。アル! お前はカミルを掴んで後退。ユアンはエルケを頼む! ホークはまだ歩けるな!」
「はい、ハリーさん!」
ユアンが気絶しているエルケの股に腕を入れ、腋の下から己の首を差し入れ肩上でエルケ横に抱き上げる。
俗に
エルケに意識があれば文句を言っただろうが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
そうやって怪我人を後方へ逃がし、後はただひたすら【
「まぁ、よくやったよね、私たち」
「ああ」
二体の
トマスは先ほどノワを庇って尾撃の一振りに吹き飛ばされた。今どこにいるのか、生きているか死んでいるかも不明だ。
ユアンは指向性
残るハリーも膝が笑っていて、既に
そして目の前には今にも
上出来じゃないか、とノワはそっと目を閉じて自分の終わりの時を待ち――
――ルギャァアアアアァァアアッ!!
――あれ?
好奇心に負けて再び眼を見開いたノワの目の前には――
――
片目を抑えて喚いている二体の
「一つだけ、訂正して頂きたい」
片手に長刀身の
「文脈がどうあれ、俺は『何の役にも立たない』と言われるのが何よりも嫌いだ。事実ではあるが、撤回を要請する」
ハリーとノワを庇うように、
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