第9話 無能






「なんで、私なの?」


 そうノワが問うと、


「誰を生き残らせるのが以降の織界士団テキスタスの為になるか、を考えた結果だ」


 トマスも疲労困憊ゆえか言い合いを避けたいのだろう。明け透けに事情を説明してくれた。


「最も憂慮すべきは織界士団テキスタス本部に何の現場報告も届かないまま、アルセウス支部が壊滅することだ。これを避けるために一人は報告に回す。その一人は今後も最も織界士団テキスタスに貢献できる人材であるべきだ。異論は?」


 そうトマスが問うと、残るメンバーの誰一人からも反対の声は上がらなかった。

 まだ技術的に稚拙なエルケ班の縫織士テクスターですら、だ。誰もがノワが生き残るべきだと判断し、トマスに賛同している。


 誰一人、まだ死にたくないなんて弱音を吐いたりはしない。

 訓練校を卒業してからずっと戦い続けてきた彼らはもう――悲しむべきことかもしれないが――一端いっぱしの戦士の顔になってしまっているからだ。


「足止めぐらいはやってみせる。領兵と共にアルセリア市民の西への非難誘導と、あと本部への報告を頼む。エルケ。信号弾を」

「了解」


 エルケがもう殆ど残り少ない色素をかき集めて、


「【爆散塗呪フィロボロス・リニオー】」


 兵舎の上空に赤色を打ち上げて、爆散させる。

 織界士団テキスタスから打ち上げられる赤の信号弾は、理由を問わない『即時退去勧告』だ。


 あくまで勧告なのは織界士団テキスタスが国際組織であり、一部を除いて政治的な権限を持たないからだ。

 だが唯一色無しペルーセオどもから民と土地を守れるのが織界士団テキスタスだ。そこからの勧告を無視できる愚か者はいない。

 それでも不満というのは出るもので、


「おい、赤信号ってどういうことだトマス!?」

「その様子からしてさっき色無しペルーセオどもを撃退してきたんじゃないの!?」

「事前勧告も無しに赤玉ってのは無茶苦茶だよ! もっと事前通告みたいなのもできたはずだろう!」


 あっという間にアルセウスの街の住人たちがパニックを起こしてアルセリア支部へと詰め寄ってきたため、


「傾注!」


 トマスが左右の太刀鋏フォーフェクスを腰から引き抜いて、兵舎入口のポーチに立つ。


「先ほど俺たちは色無しペルーセオの第一陣を駆逐した。だが第二陣が既にヴェルセリアの林に展開を始めている! 足止めに向かう俺たちをここに拘束して質問詰めにするってことは、生き延びるための時間をドブに捨てることだと思え!」


 刃こぼれした太刀鋏フォーフェクスを掲げる疲労も色濃いトマスが一歩を進み出ると、人垣がトマスのために道を空ける。

 さもあらん。もしここで仲間を囲い時間を無駄に消費させるつもりなら、人垣を切り捨てて進むことも躊躇わない。そんな気配をトマスは全身から立ち上らせていたからだ。


「いいか、現状を分かりやすく言ってやる。今すぐ最小限の財産を持って西門から逃げろ。それが命を長らえるための現時点での最良の可能性だ。織界士団テキスタス、出撃する」


 そうしてトマスを戦闘にハリー、ユアンが続き、エルケ班のアル、カミル、ホークがそれを追って、


「今まで私が言ってたこと、ただの嫉妬だから」

「え?」


 エルケがこれ以上無い程穏やかな笑顔で、そっとノワに微笑んでみせる。


「貴方が私より優秀だから憎らしくって、だから貴方が嫌がりそうなことを言っていただけ。気に病まないで。あと、任せたわね」


 そうして儚い笑み一つを残して、エルケもまたトマスたちの後を追う。

 もう色素なんて【塗呪リニオー】一発撃てるかも怪しいぐらいしか残ってないだろうに、それでもその歩みに迷いはない。


 蜘蛛の子を散らすように去って行った市民のことなど、ノワにとってはどうでもよかった。正直彼らが生きようが死のうが、それで心は動かない自信がある。

 だが、だけど、


「こんな、こんな終わり方があってたまるか!」


 ドガン、とノワは拳を兵舎の扉に叩き付ける。

 こんな終わりが許せないから、いい人から先に死んでいく世界が許せないから、自分は織界士団テキスタスにいるんじゃないのか。

 世界が色無しペルーセオに蹂躙されていくのをこれ以上見たくないから、自分は戦うことを選んだんじゃないのか。

 だというのに、


「私は、また――こうやって、見ていることしかできなくて――」


 ポーチに膝を付くと、涙がぽたぽたと足元に染みを作り始める。




――『ノワ、貴方まだそんなところを這いずり回っているの?』




「……ああ、そうだよ。私はまだこうやって這いずり回っている」


 この手の内にある絵筆ペンテルスはもうノワの心と同じようにひび割れていて、酷使をすれば砕け散るのみ。

 この期に及んでノワにできることは、仲間が虐殺されながら時間を稼ぐのを、ただ見ているのみで。


 そんなことをするために織界士団テキスタスにいるんじゃないのに。

 できることはもう、それしかなくて――




 いいや、違う。

 ノワはついている。実に運がある。




 だって、一人の青年が織界士団テキスタスアルセリア支部へとゆっくり近づいてくるのだから。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る