第8話 凱旋
「勝っ……た?」
緊張の糸が切れたのだろう。エルケがその場にぺたんと崩れ落ちる。
「どうやら、そうみたいだな……」
トマスが刃こぼれした己の
装備はボロボロだが、もう
「エルケ、もう危険は去ったわけだしアルとカミルの顔を塗り直してやれ」
「あ、うん」
ノワの【
膝がガクガクと震えているのは、疲労からか、それとも歓喜からか。エルケ自身にも分からない。
「よく……生き延びられたわね、私たち」
「本当だよ。よりにもよってあんな巨大な……アレ何型だ?」
やはりここの連中は知らなかったようで、ユアンがしきりに首を傾げている。
「
「あんなのがヒョイヒョイ出てくるのかよ最前線は……田舎でよかったぜ」
「全くだ」
ユアンとハリーは顔を見合わせて
「とりあえず一部でいいから
「そうだな。まだ余力あるか、ノワ」
「多少はね。ただ……」
トマスに問われたノワはそこで言葉を濁して手元に視線を落とす。
「強襲ってやっぱり有効なんだね。事前に調整の時間を貰えなかったのは痛かった」
右手の内にある
元より色素を絞るのが下手なノワは、道具の方で出力を絞れるよう
だというのに今回その調整のまま全力着色などしたものだから、それは細い配管に超高圧力の水を流すようなものだ。
「まあ、負荷かけなけりゃ多少の【
【黒泥】ノワが色を置いて崩れない環境は深夜の泥沼だけだ。まだ日が暮れてない今世界を再編しても、すぐに崩れてしまうだろう。
「幾ら大量にあるからって、せっかく手に入れた糸でしょ。わざわざ崩れると分かってる環境を編むために使うのはどうかと思う」
「……そうだな。ひとまず糸の回収を頼むノワ、エルケ。
『了解!』
ノワとエルケで辺り一面に散らばった糸を回収していくが、
「九割方真っ黒ね……」
どうしたものか、とエルケは頭を抱えてしまう。
優先すべきは自分たちの命、その判断は間違ってなかったのだが、終わってしまえば勿体ないお化けに取り付かれるのもまた宜なるかな。
「こりゃあ、明日からヴェルセリアの沼に改名だな」
「……文句があるなら言いなよ」
軽口を叩いたハリーをノワは睨み付けるが、
「冗談。沼だろうが何だろうが色のねぇ世界より色のある世界の方が数億倍マシだ」
そうハリーが片手を挙げてきたので、ノワもそれに応じた。
パァンと、ハイタッチ一つ。
「故郷がほつれて消えちまうよりよっぽどマシだ。ありがとよ、ノワ」
「……」
無言でノワは
褒められ慣れていないノワはこういうとき、どういう顔をすればいいのか分からないのだ。
「あらかた集め終わったな。では作戦終了だ。一先ずは宿舎に帰ってゆっくり休もう……残った作業は全部纏めて寝て起きた後だ」
『賛成』
ヒビが入ったノワの
元より色素が薄いエルケは皆のサポートで【
だが、なんとか危機は乗り切った。
生きてアルセリアの街に戻ってくることができた――はいいが……
「……いいな、お前らは東門側でよ」
「おう、悪いな」
アルセウス外壁まで到達していた
「しゃあない。回り道させるのも可哀相だし、少しだけ織ろうか」
「だな。感謝しろよトマス支部長様よぉ?」
「はいはいハリー様ノワ様感謝感激雨霰ですよ、ケッ」
ハリーとノワで泥沼を編めば、一歩一歩嫌な顔で泥を踏み越えてきたトマスらも東門側へと合流だ。
「よう、無事帰ってきたぜ」
一人も欠けずに戻ってきたトマスたちを見て、門番は心底安堵したようだった。力無くその場に膝を付いて女神に祈りを捧げ、再び立ち上がる。
「この壁を見る限り相当の激戦だったようだな。よくやってくれたトマス」
「気にすんな、仕事さ」
門番の老兵に片手をあげて警戒態勢を解除するように伝え、一同は兵舎へと戻り――
そして、凍り付いた。
「クケェーーー! クケェエエーーーーー!」
裏庭で、ニワタリ様が鳴いている。
朝と全く変わらない剣幕で鳴いている。
相変らずヴェルセリアの林の方、東を向いて、翼をばさばさと揺らし、トマスらに警告するように声を張り上げている。
「……なんでだよ、
ハリーが支部の入口をドンと叩くが、その答えはもうハリーだって分かっている。
あくまであれは第一陣だったのだ、と。
だからそれが全滅した以上、こちらの消耗が回復する前に第二陣を投入する。そう
即ち、次で削りきれる、と。
「……再出撃する」
慈悲のないトマスの判断に、誰もがその場に立ちすくんだ。
「冗談、よね?」
「それは
「……なに?」
いよいよ肉壁にでもされるか? とノワが怪訝そうに顔を上げた先にある、
「
トマスの表情はあまりにも穏やかで、ノワは悟ってしまった。
「ああ、こいつ、ここで死ぬつもりだ」と。
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