第5話 精霊の叫び
「クケェーーー! クケェエエーーーーー!」
鶏の鳴き声にも似たその叫びは、一瞬にして
世界に根付く
そのニワタリ様がばさばさと翼を大きく揺らしながらここまで吠え立てるなど、尋常の事態ではない。
タイツに足を通しプリーツスカートをホックで固定、ブラウスの上から
いつも通り三つ編みを編んでいる時間なんてないから、後ろで一本に纏めてくるっと軽く縛って終わりだ。髪など所詮、目に入らなければそれでいい。
「エルケ!」
ほぼ同時に部屋から出てきたエルケとて、流石にノワに毒づいている余裕などどこにもない。
「一階に集合、急ぐわよノワ!」
「分かった!」
スカートがめくれるのにも構わずエルケとノワは階段を一足飛びで飛び降りていく。
「ノワ、エルケ!」
二階にて、こちらも左右一組の
「二人とも怪我は? まだ病み上がりでしょうに」
「気にしてる余裕ねぇだろエルケよぉ」
「ああ。いい加減ベッドで寝てるのも飽き飽きしてたところだ」
二人のそれが強がりであることを承知しつつも、ノワもエルケもそれ以上は何も言えない。
今もニワタリ様は裏庭でずっと危険を訴え続けている。こんなこと、最年長のエルケだって体験したことがない。
揃って一階のホールに駆け下り――というかほぼ揃って着地すると、多分寝不足になりながら書類整理をしていたのだろう。顔色の悪いトマスは既にその場で一同を待ち構えていた。
普段エルケと共に出撃している、ノワと同世代の
「悪い、ユアン、ハリー。療養生活はこれでお終いだ」
「阿呆、ニワタリ様があんな喧しく叫んでる横で寝てられるかっての」
「そうそう、気にすんな大将」
ポン、とトマスに肩を叩かれたハリーとユアンが
遅い、と叫びたいトマスであったが、いま仲間内の空気を悪くして得られるものは不利だけだ。静かに後輩が集まるのを待ち、一言。
「
『了解』
ハリー、ユアン、エルケ、ノワの四人は短く応じたが、エルケ班の
「あの、トマスさん。具体的な作戦とか……」
「現場を見てから考える。戦場はニワタリ様の向きから相変らず街の東、ヴェルセリアの林だ。挟撃はなしと予想。
そう言い捨てたトマスが踵を返し、先陣を切って軍靴の音も高らかに出入り口へと向かえば、残る士団員もそれに従うのみだ。
外に出れば、向かう先はまだ朝日が眩しい時間だ。少年少女たちが井戸に水汲みに来ていて、わあきゃあ笑いながら滑車を回して釣瓶を引き上げている。
パン屋の屋根からは竈の煙が白く立ち上っていて、誰もが軽い空腹を覚えたが――腹にある固形物は吐いたときに喉を詰まらせる可能性がある。その危険性を、全員が一度は
牛乳の入った缶を乗せた荷車を引くロバが、飼い主と共に硬い顔で外を目指す少年少女らを目にして、頭を垂れる。
ロバは主の真似をした習慣で、そして飼い主はこれまでずっと街を守ってくれている英雄たちに感謝を込めて。
そうやって
「
緊急時にはそれに応じた色の信号弾を挙げるのが
「……了解だ、死ぬんじゃねぇぞトマス」
年嵩の兵士が敬礼し、即座に配下に警鐘を鳴らすよう指示する横を、ノワたちは無言で駆け抜ける。
急ぎ林を抜けて広がる泥沼の前に立てば、精霊ならぬノワたちですらもう肌で感じ取ることができる。
世界を
「ノワ、射撃準備。何も遠慮しなくていい。何を巻き込んでもいい。可能な限りの
「了解」
エルケが短く返す一方で、ノワは即座には頷くことができない。
「……分かってると思うけど、私は絞るの下手だから大量に土地を巻き込むよ、それでもいいんだね」
「構わない」
ノワはエルケとは比較に――否。手練の
然るに解体する前の
トマスが、ハリーが、ユアンが腰の
足止め用の
驚くほどに静かな林に、トマスたちの呼吸の音だけが響き渡る。
焦燥に駆られながら、誰もが
戦端が開かれるこの直前の空気に、喉がひりつき唾が粘る。
粘る唾を嚥下し、得物を握り直す。
肌を揺らす、世界をほどく
――まだか。
逸る。焦る。息を整える。
――まだか。
――まだか!
それでも、この矢を番えた弓を引き絞っているかのような時間は、無限の一瞬のように一同を焦燥感で刻一刻と削っていく。
だから、早く敵の姿を見たい。敵にこの怒りを叩き付けたい。
だから、早く、早く――
――ルゥオォオオオオオオオーン!!
「撃て! ノワ!」
「【
世界を黒一色に塗りつぶすノワの砲撃を皮切りに、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます