第3話 織界士団アルセリア支部






 有色界ピナコセラには、色がある。

 無色界ペルシドゥラスには色がない。


 だから色無しペルーセオを撃退してその素体から糸を紡ぎ、世界を縫うだけでは有色界ピナコセラには回帰しない。

 新たに編まれた世界に色を乗せない限り、そこはあくまで無色界ペルシドゥラスの延長でしかない。



 異世界のことわりを崩し、この世界を織るのは男性職である縫織士テクスターの仕事。



 世界を織るための糸を紡ぎ、着色するのは女性職である紡彩士ピクターの仕事。



 国際組織である色無しペルーセオ迎撃部隊織界士団テキスタスはこの二職によって構成されていて、両者が力を合わせることによってのみ有色界ピナコセラは再生される。

 何もない空間に着色はできず、色がなければどれだけ世界を編んでもそこは無色界ペルシドゥラスのままだ。


 故に縫織士テクスター紡彩士ピクターは二人三脚で色無しペルーセオに当たらねばならない、と織界士団テキスタス憲章には記されている。

 だが、何事にも例外というのはあるものだ。


 【黒泥】。


 それが新米紡彩士ピクターノワの二つ名だ。

 世界はありとあらゆる色で満ちあふれているのに、ノワが付けられる色はただ黒一色。


 紡彩士ピクターが一人前の紡彩士ピクターたり得るには、最低でも三色を扱えることが条件とされている。

 三色ほどを己の内から引き出せれば、あとはそれを混ぜて様々な色を生み出せる。世界にそこそこ適切な色を置ける。



 だがノワが己の内から引き出せるのは黒一色のみ。混ぜようもないただの単色、それだけだ。



 世界の形と色は綿密に絡み合っていて、だから本来あるべき色形でなければ有色界ピナコセラとして定着しない。


 溶岩に青い色は置けないし、土に紫や桃色は置けない。巨木の幹は緑色ではないし、川のせせらぎは橙色ではない。

 編まれた世界に相応しい色を置かねば有色界ピナコセラは再生できないが――では、黒一色を置くのに相応しい環境とは一体なにか?


「結局のところ、ノワには夜にしか色を置けないってのが問題なのよ」


 夕食の後の反省会にてそうエルケは主張し、それは全くの事実である。

 夜ならば、いくらでも黒を置ける。月が無色界ペルシドゥラスに食われた有色界ピナコセラの夜は昏く、闇の色は三百年前より遙かに深い。


 だから夜ならばノワも世界を再編できる。

 闇夜の中でも一際昏い、漆黒の泥沼にならノワも色を置くことができる。

 それならば、いや唯一黒泥のみをノワは有色界ピナコセラとして定着させられる。


「そもそも闇の中で透明な色無しペルーセオを撃退するってのに無理があるんだわ」


 そんなことは、反省会と称するエルケの晩酌グチに付き合っているトマスも分かっている。


「そうは言っても俺たちが奴らの出る時間を選べるわけじゃねぇだろうが」


 ハリーとユアンは治療のために早めにベッドに押し込んで、故にエルケの晩酌グチに付き合えるのはトマス一人だけだ。

 もし昼に色無しペルーセオが出れば、残る三人の縫織士テクスターと共にエルケも出撃しなくてはならないわけで、こんなところでとぐろを巻いているべきではないとはトマスは思うのだが――


「……ねぇ、私たち本当に大丈夫なの? この先やっていけるの?」


 そう怯える仲間を励ますのも織界士団テキスタスアルセリア支部長・・・であるトマスの仕事である。

 十七歳のトマスが支部長。ハリーとユアンも同年齢。エルケと共に出撃する朝班は全員ノワと同い年の十六歳の、総勢八人が織界士団テキスタスアルセリア|支部の全戦力だ。


 織界士団テキスタスの主力は大都市に回さねばならないから、中小都市に駐屯する織界士団テキスタスはもう殆どが訓練校上がりの新兵たちになってしまっている。

 もう、そこまで織界士団テキスタス有色界ピナコセラは追い込まれている。


 エルケだって、本当はノワが悪いなどとは思っていない。紡彩士ピクターは一人でも多く必要なのだ。

 たとえそれが黒一色しか扱えなくても、黒泥の環境しか再生できない無能でも。


 それでも有色界ピナコセラを再生できる貴重な紡彩士ピクターであることにかわりはないのだから。






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