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――25年前。
小学生の凪子は、口裂け女に襲われた。
その日に限って一緒に帰る友達がみな休んでおり、一人で通学路をとぼとぼと歩いていた。
溶けた飴のような太陽がどろどろ不吉に輝いて、町全体が粘つく赤に染まって見えた日。
自分の影がいつもよりも長く黒く地面に落ちて、足にまとわりついているみたいで怖かったのを覚えている。
足は自然と早足になり、気づけば全速力で走っていた。
帰ったら見ようと思っていたアニメの物語を思い出し、続きが見たいという気持ちを膨らませて恐怖を無理やり塗り替える。
いつもよりも通学路が長く、自分の足の速さが亀のようにゆっくりと重たく感じた。
恐怖で焦る凪子は、進行先の電柱の影から、きらりと赤く光るものを見つけて戦慄する。
バクバクと心臓が音を立てて、全身から汗が吹き出し、下腹部がぎゅっとこわばって痛くなった。
『滝君が、襲われた。べっ甲飴をあげてもダメだったみたい』
『三崎ちゃんが、追いつかれて殴られた』
『國立さんが、鎌で服を切られた』
『やっぱり、武器が必要だよね。学級委員長?』
『うん、みんな。ちょっと集まって、僕の話を聞いてくれるかな』
瞬時に頭をかけめぐる情報が、彼女に敵の存在を伝えている。
ここ最近、帰りの通学路に出没して子供たちを襲っている化け物。
とうとう、自分の番がまわってきたのだと、凪子は悟った。
化け物の名前は【口裂け女】
特徴は、長い黒髪に赤いコート。顔半分を覆うマスク。
足が速く、普通に逃げようとするとすぐに追いつかれてしまう。
べっ甲飴が好物で、あげたら見逃してもらえるという噂だが、実行したクラスメイトが顔を切りつけられた。
一番の対処方法は、
『わたし、キレイ?』と問いかけられたら、なにも答えずに『ポマード』と叫んで逃げること。
「ポマード!」
耐え切れずに、問われる前に叫んで踵を返す。
と、それを合図に背後から叫び声が聞こえた。
「ヴァアアアアアアア!!!」
まるで爆発したような、周囲の空気を震わせる絶叫だった。
自分に向かう大きな気配に、恐怖で悲鳴をあげながら少女は走る。
「いやあああぁ……っ」
助けてという言葉は、もはや出てこない。
言語化する労力は、口裂け女から逃げる労力へと振り分けられていく。
『口裂け女から身を守るために、武器を隠そうと思うんだ』
望みは学級委員長の言葉だ。
武器を隠した場所へ、凪子は走り出した。
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