9.プロフェッショナル
さて、今日もこの場を訪れてくれた君にまずは感謝を。前回においてその目的の意図が明かされたモロゾフだが、彼は破滅型の悪役といえよう。それ故に純粋で迷いが無い。他に選択肢を持たないからだ。しかし冒険者達は違う。選択肢を持つが故に、迷い、時に涙する。
では始めよう。冒険者達の物語を。
南王領地方都市ミュッセル。南王領の西方に位置し、さらに西方にはエルフ達の支配領域となっている“女神の森”が拡がっている。森から流れ出す風は、周囲の気候を温暖に保ち、作物も豊かに育てる事で知られ、南王領の穀倉地帯の一角となっていた。しかし都市と言えど、マーハルの10分の1にも遠く及ばない人口5000人ほどの町。ところが、路地は驚くほど整地されており、貴族の別荘もそこらかしこで見受けられ、のどかな雰囲気とは不釣り合いな光景を映し出していた。
ルフィア達が王都を出て4日目の日中、メルルンを先導役に彼女達はこの町を散策する。
「素敵な町ね。復興の手本になるわ。」
ルフィアは目を輝かせ、周囲の建物に目を配る。
「そりゃ、王都の司祭長の出身地ならお布施も沢山入るだろうさ。それでも、乞食すら姿を
見ない、ってのも相当なモンだけどな。」
フィリスは感心しつつ、道端で遊ぶ子供たちに声を掛ける。
「ぼうず、楽しいか?」
「うん、楽しいよ!」
その言葉にフィリスは頷くと、ルフィアに向き直り、告げる。
「私たちも作るぞ。この街に負けない、新しいラインフォート領を。」
「ええ、そのつもりよ。」
「そういや、さっきからどこに向かってるのさ、メルルンちゃん。」
「待ち合わせの酒場ですぅ。時間調整で散歩してたのですぅ。」
「へぇ、誰と?」
「ヴァネッサ様の間者ですぅ。ダベルフ大司教のライバル、スザリ司祭長が南王様を動かし失脚させる様動き始めた、ってデマを流すよう依頼されたのですぅ。」
「・・・気に入らねぇな、やっぱ。」
「何がですぅ?」
「スザリとかいうジジイが現状無罪放免な事が、さ。憑依された女神官ちゃん達は意図せず、人の限界を超えるスピードで戦わされた。それこそ壊れるまで。彼女達の受けた痛みの償いは、元凶を作ったあのジジイに償わせるべきだ。」
「ヴァネッサ様は考えてますよぉ?」
「どーだか。」
「ぼろ雑巾になるまで使い潰す、って言ってましたぁ。」
「やるだろなー、あの姉さんなら。」
「シュロス。」
不意にクレミアが声を掛ける。
「どわっ、な、何でしょう?」
「お前がスザリ司祭長様を憎むのは分かる。しかし、司祭長様は、施術前に必ず全員に確認していた。『全てを北王領への復讐に捧げる、と誓えますか。その手を血に染めるとしても。』と。聖霊が降りるのに若い女性が適任だったのは単に偶然だった、と私は思う。私は無力な自分が悔しかった。お父さん、お母さん、友達、ラインフォート村を焼き、殺し尽くした北王軍を許せなかった。だから志願した。彼女達の大半は先の戦争の犠牲者。シュロス、はっきり言ってあげる。お前は部外者だ。力は貸せても、一度染まった心の闇を晴らす事は出来ない。」
「それでオレが君を諦めるとでも?」
「もう少し分別があると思ったが。だがどうあがこうと、この先にお前が出来るのは、戦う事だけだと思え。」
「オレの考えは全く違うぜ、クレミアちゃん。」
シュロスの真剣な眼差しに、クレミアは諦めたように嘆息する。
「君が戦争の被害者となったのは、まず北王がラインフォート領を欲して軍を進めたからだ。そして当時のラインフォート領主、ルフィアちゃんの父親が戦において無能だった。」
「父上への侮辱は聞き捨てなりませんね。」
ルフィアが二人の会話を聞き、割って入る。
「丁度いい機会だからな、この辺でブチ撒けておこうと思ってね。」
シュロスの言葉にクレミアとルフィアは沈黙で答える。
「以前、ソルディックが、オレの事【ウロボロス】、と呼んだのは覚えてるかい?」
「ええ、でも自称【ウロボロス】は、南王領でも野盗が箔をつける為の方便で使用するでしょう?」
「オレは正真正銘、先代から名を継いだ【ウロボロス】・・・奇襲乱戦裏切り何でもござれの傭兵団【ウロボロス】の元団長なのさ。」
『!?』
シュロスの発言に驚く二人。
「でも、何故今冒険者を?」
「背乗り(はい の)、さ。」
シュロスは乾いた笑いでルフィアの質問に答える。
「背乗り、って?」
「身元を隠す為、シュロスって盗賊を殺して成り済ました。だから、冒険者と名乗る事も簡単だった。ギルドに名前さえ登録してあれば、それで冒険者だからね。だけど、論点はそこじゃない。君の父上を無能、といったのは戦場に駆けつける事が可能な距離に駐屯していた南王第四騎士団からの支援を断った事だ。まぁ、オレみたいな野盗崩れなら自前の軍で勝てる、と踏んだんだろうけどな。」
クレミアの鋭い一撃がシュロスの顔を直撃する。
「お前か!お前が村を・・・」
「最後まで話聞こうぜ、クレミアちゃん?」
クレミアに殴られた事に特に動揺する様子もなく、シュロスは話を続ける。」
「その時のオレの部隊の役目はラインフォート軍を引き付ける事。結局深入りした相手は、北王軍の増援との挟撃に会い壊滅。その勢いで北王軍は南下し、ラインフォート領の全域を手中に収めたってね。」
シュロスは、まるでお手上げかのように両手を上げ、話を続ける。
「それが2年前の話だ。オレ自身は村の虐殺に関わっていないし、ラインフォート領主の首級を上げた訳でも無い。ただ、戦う事への虚しさが強くなって団を抜け、冒険者に鞍替えした。そして今君達に、死んで詫びろ、と言われたら、それでもいい、と思っている。」
ルフィアはシュロスの告白に言葉を失い、震える指先をただじっと見つめる。
「話がそれちまったが、クレミアちゃん。君が幼児退行してお兄ちゃんに甘える姿、あれが君の本当の内面だと思っている。そんな無垢な心を持っていたはずの人々の死体の山をオレは見てきた。その事実に目を背け、選択肢の無い選択を迫ったセセリをオレは許せねぇ。」
「カッコ良く決めたところですけどぉ、セセリじゃなくてスザリ司祭長ですぅ。」
メルルンの言葉に思わず噴き出す、ルフィアとクレミア。
「休憩は終わりですぅ。もうすぐ酒場なのでそこでゆっくりするのですぅ。」
そして一行は、酒場で間者との合流を待つ事になった。
夕刻。人が集まり賑やかさが増してくる。
「何だかすごく落ち着きます。」
ルフィアが笑みを浮かべ、賑わいを眺める。
「おぅ、グラスこっちなのだぁ。」
グラスと呼ばれた厳つい体格の男は、目を細め一行に挨拶する。
「申し訳ありませんが、例の物を確認させてもらえませんか?」
「例の物?」
「ヴァネッサ様から預かった書簡の事だよぉ。」
「ああ、この印章の事か。」
ルフィアは荷物から書簡を取り出し、グラスに見せる。
「確かに、これはスカーレット家の印章。ではお返しします。」
返却された書簡を受け取り、ルフィアは話を切り出す。
「メルルンより、貴殿がマーハルの情報を持っていると聞いた。現在の状況を教えてくれないか。」
「はい、喜んで。」
~~~
「なるほど、ではダベルフ大司教の身の安全は確保されている訳だな。大司教といえども全ての貧民を救済出来るものでは無い。」
「問題は話を聞く耳があるかだな。」
フィリスが呟く。
「その為の書簡でしょう?」
「中身は逮捕状かも知れんぞ?」
「まさか、ヴァネッサ様がそのような強行に・・・。」
ルフィアの擁護に対し、黙り込むグラスとメルルン。
「何で黙るのですかー?」
「いえ、まあやりかねない方ですので。」
「言ってる事と行動が嚙み合わない性格の人は、よく見かけるのですぅ。」
「ううう・・・」
半泣きになるルフィアをなだめるフィリス。
「では、私はこれで。縁があればお会いしましょう。」
「はい、ヴァネッサ様によろしくお伝えください。」
「ご武運を。」
一行は酒場を出ると教会へと向かう。
「いよいよ本番、か。」
「決行は深夜。街の皆さんが寝静まってからです。」
「私の弓じゃ多分当たらない。シュロス、クレミアの力だけが頼りだ。」
「承知。一人でも多くの『ハーベスター』を止めて見せる。」
「大丈夫ですぅ。除霊なので、すぐに終わるのですぅ。」
『・・・え?!』
「ワッチは呪術師でもありますぅ。除霊なら得意中の得意ですぅ。」
メルルンの指定の時間まで待機する一行。
メルルンは荷物から水晶玉を取り出す。
「この球を月明かりが照らせば、終わりですぅ。」
4人は空を見上げる。見事なまでの曇天だ。
「いや、これさすがに無理だろ・・・」
シュロスが呟いた瞬間、月が姿を見せる。
「マジかよ・・・」
「聖霊よ、その魂安らかに眠らん、『魂の休息(ソウルズ レスト)!』」
水晶球が柔らかな輝きを放ち、教会全体を照らす。やがて、以前シュロスが見たあの聖霊が輝きを放ち、安らかな笑顔を浮かべ月明かりに向かって昇って行くのが、4人の目に見えた。
「何て、神々しい光。今まさに聖人達は聖霊となって天に帰られるのですね。」
「こんな私でも、女神様の存在を信じたくなるよ。少なくとも、ルフィアと逢わせてくれたのは、きっと女神様のおかげだ。」
「いや、俺たちがさっきまで滅ぼす気マンマンだった元凶なんですがね、あいつら。」
そんな中、クレミアが一人教会の中へ駆け込んでいく。
「あ、そうですぅ。除霊を受けた人は、呼吸が止まってしまう事もあるので、気道確保をおねがいしますぅ。」
「気道確保・・・!よし、オレも行く!」
何を感じたか、猛烈な勢いでクレミアを追うシュロス。が、クレミアは全体重をかけた回し蹴りをステップを効かせてシュロスに叩き込む。
「貴様の考えなどお見通しだ。彼女達の蘇生なら私の回復術で十分。」
「こんなに強くなって・・・お兄ちゃんはうれし(ガシュ)」
止めの踏み抜きを喰らい、シュロスは倒れた。
「メルルンさん、これからの予定は?」
「はい、今度こそマーハルへ向かいますぅ。」
「分かりました。引き続き、ご同行お願いしますね。」
「もちろんですぅ。」
「あ、月が・・・」
フィリスが呟くと、月が再び雲に隠れていく。
「何か、来るです。」
「メルルンさん?」
「とても恐ろしい誰か。そしてとても怒りの感情に満ちています。早く離れないと危険です。」
「大丈夫か、お前らしくないぞ。」
フィリスがメルルンを落ち着かせようと背中をさする。
「違うのです。本当に、本当に!」
「神官たちの蘇生は完了した。何があった?」
闇夜の一角が捻じれ曲がる。その隙間から姿を見せたのは禍々しい本を持った一人の魔術師だった。
「誰だ、誰が私の狩場を荒らした?」
明らかに怒りのこもった声音で一行に問いかける。
「あの聖霊を除霊したのは、貴様かぁ、ドワーフ!」
「彼らは現世を離れ、女神の身元へ旅立ちました。貴方こそ、彼らを利用して何をするつもりですか!」
メルルンを庇い、ルフィアは毅然とした姿で、魔術師と対峙する。
「ほう。素晴らしい、実に素晴らしい魂の輝きだ。冒険者よ、名を聞こう。」
「私は冒険者ではありません。名は、ルフィア=ラインフォート。南王領ラインフォート領領主にして、南王陛下に忠誠を誓う者です。」
「冒険者では無かったか。なればこその“高潔なる魂”とするならば、納得というもの。」
バシュ!フィリスの矢が、魔術師の身体を貫く。しかし、その身体は幻となって消えていく。
「名乗り上げの最中に邪魔をするとは、部下の教育までは行き届いておらぬようだな、ルフィア嬢。」
「うるせー、魔術師相手に卑怯もへったくれもあるかよ!」
「確かに、その通りだ。」
再び、虚空に姿を見せる魔術師。
「部下を持つなら、死者に限る。この様に。「彷徨う亡者よ、来たれ。『亡者顕現(ビカム アンデッド)』!」
男の詠唱が終わると同時に、浮遊する亡霊がたちまちルフィア達を取り囲む。
「ルフィア以外の者。逃げるなら今だけだ。私はこの町ごと死の町として戴く。そして知るといい、私の名を。私の名はモルゲス=ヘイドラー。死霊術師にして、“全ての冒険者の敵”だ。」
「だとよ。クレミア、フィリス、メルルンを連れて逃げろ。」
「出来る訳が無いだろう、この状況で。」
クレミアが、シュロスに強く反発する。
「除霊が得意なメルルンが恐怖で動けない。解呪出来るのはお前しかいないだろう?」
「あっ・・・うかつだった、すまない。」
「殺しはプロに任せておけって、な?」
「うん。」
「よし、いい子だ。」
クレミアを見送った後、シュロスは再びモルゲスと対峙する。
「待たせてすまねぇな!おい、モルゲス、この中で冒険者を名乗るのはオレしかいない。つまり敵はオレだけって事だ。仲良く殺ろうや?」
「下らぬ。貴様のような盗賊ごとき、この一指しで十分。塵となれぃ『塵灰!』」
しかし、呪文は効果を発する事は無かった。
シュロスの懐から、灰となった耐魔用護符(アミュレット)がこぼれ落ちる。
「耐えた?バカな!」
「じゃあ、次はこっちの番かな?」
シュロスはかかとを軽く鳴らすと高く跳び上がり、そのまま飛翔する。
「何故、盗賊の貴様がここまで飛べる?!」
「大盤振る舞いだ、こいつを喰らいやがれ!」
そう言うと、シュロスは、右に挿した指輪をモルゲスに向ける。
「大魔法の一つ、“大解呪”。指輪よ、ヤツの強化魔法を全て吹っ飛ばせ!」
「あ、あぁぁぁぁぁ!!」
飛行の魔法が解けたモルゲスは真っ逆さまに地上へ落下していく。
そして、その落下位置目がけて、シュロスの剣が突き刺さる。
「ぐけぁぁ!!」
「テメェが何者かは知らねぇけどよ、挑発に乗って最初の一撃をオレに撃ったのは悪手だったな。」
そしてそのまま、容赦なくモルゲスの首を刎ねる。
気か付けば、亡者達の姿は、跡形も無く消え去っていた。
「クレミア、王都に戻れ。この首持って。ひょっとしたら指名手配犯かも知れねぇ。」
「何故私に?」
「蘇生した女神官たちの事も放っておけないだろ?メルルンの状態の事もある。全員を連れて行くにはお前が一番適任だ。」
「そ、そうだね。」
「ん?どうかしたか?」
「何でもない、指示に従う。」
クレミアは、そそくさとシュロスの元を離れ、教会へと向かって行った。
「おーい、フィリス。手伝ってくれ。」
「何をだ?」
「モルゲスの死体と持ち物、全部燃やすから油ビン分けてくれ。」
「こいつ結構高そうなもの持ってそうじゃね?」
「多分、全部呪われた品物。憑りつかれるぞ、きっと。」
「大いに納得。持ってくる。」
こうして、本の悪魔はモルゲスの死体ごとシュロス達に知られる事無く、無事灰となったのであった。
シュロス達三名は、翌朝クレミア達を見送った後、馬を手に入れるべく街中を散策する。
「しかし、不思議だな。」
「何がだ、フィリス。」
「いや、てっきり向こうに行くと思った。お前の望んだハーレムパーティーじゃん。」
「こっちも同じだろう?」
「性別的にはそうだろうが、私とフラグでも立てたいのか?」
「お前は?」
「質問を質問で返すのは卑怯だろ!」
「まぁ、単純に王都の方が危険低いと思っただけさ。」
「盗賊の勘、か。」
「少なくとも、それでオレは生きてきたからな。」
「ルフィア落ち込んでるぞ。励ませよ。」
「あの手の気狂いには関わらない方がいい。彼女の事だ、落ち込んでいる暇は無い事くらい、すぐに気づくさ。」
フィリスは毒づく。
(お前との場数の違いに落ち込んでるんだよ、バカヤロウ)
こうして3人は装備を整えた後、マーハルに向けて進路を東へと進めるのだった。
闇。ただ闇の中。
(私は死んだのか。何故、自我を保っているのだ。)
困惑の中、やがて巨大な瞳が彼を出迎える。
(お前か!お前が私を呼んだのか。死の世界ではお前は目覚めていたのだな。)
瞳が二度三度、動きをみせる。
(そうか、お前は私を欲してくれたのだな。嬉しい、ただ嬉しいぞ。)
彼はふわりと漂いながら大きな口の前に立つ。
(さぁ、存分に食すといい。そしてその瞳で私にも見せてくれ、お前の楽園を)
ガブン!
彼を大きく一呑みした龍は、満足げに再び眠りにつくのであった。
今日はここまで。また会える日を楽しみにしておこう。
私の名は≪アンノウン≫。誰も知らない物語を語る、語り部だ。
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