8.腹黒な二人
さて、まずは今日も君と会えた事に感謝を。前回、ケイン達とシュロス達はそれぞれ新たな仲間が加わる事となった。その一方で、遠く一人戦う者もいる。戦法とは、剣や魔法だけでは無い。今更言う事でも無いが、意外と忘れがちなものだ。では始めよう、冒険者達の物語を。
南王領王都ファザート。準備を整えたシュロス一行は、馬車に乗り北へ向かう。
『いいか、先ずはマーハルの街へ向かい、ダベルフ大司教と会え。如何に大司教と言えども、このスカーレット家の印章で封じた書簡を持つ者を通さぬ、は道理に外れる行為。居留守を使うかも知れんが、その意味ではメルルンの占星術が役に立つ。見つけ出し、ハーベスターに連なる裏教会の事実を全部吐かせろ。』
「と、ヴァネッサ様は仰っていましたが。仮にも大司教の地位に立つお方、くれぐれも冷静な対応をお願いします。特にシュロスさん。」
ルフィアは相席するシュロスの方を見やり、冷ややかな視線をシュロスに向ける。
「え、オレ?」
「他に誰がいるんだ。」
フィリスがすかさず斬り込む。
「うう、お兄ちゃんを慰めておくれよクレミアちゃ・・・」
だが助けを求めるシュロスの目の先にあったのは、瞳の光も無くただただ汚物の様な存在としてシュロスを見るクレミアの姿だった。
「全くもって汚らわしい。何故お前が御者を務めぬのだ。」
「いや、それはアイツが自分から買って出てきたから、お願いした訳で、クレミアちゃんも一緒にいたじゃん、その時。」
「慣れ慣れしく呼ぶな。お前が行かないのなら私が外に出る。」
「大丈夫ですよぉ。ワッチは、馬に慣れていますからぁ。」
馬車の中の重苦しい空気を一掃してくれる、朗らかな声が馬車の室内に響き渡る。
「ワッチは、南王領王都よりもっと南に住むドワーフ族なんですぅ。でもぉ、ある時南王様の軍隊がワッチの住む国にやってきて、みんな捕まっちゃたんですぅ。」
「じゃあ、お前奴隷だったのか。」
フィリスが驚いた眼で、馬を巧みに御するメルルンの背中を見る。
「最初はそうでしたぁ。みんな足枷付けられ重い塊を引きずって王都まで歩いたんですぅ。」
「奴隷にされた割には能天気だな、オマエ。しかし、一国っていったい何人連れて来られたんだ?」
「多分100人くらいですぅ。」
「いや、それただの集落じゃねぇか・・・」
話の嚙み合わなさに、思わず頭をかきむしるシュロスを横目に、今度はルフィアがメルルンに問いかける。
「辛いお話をさせてしまって申し訳ありません。良ければ、話の続きをお聞かせ出来ますか?」
「いいですよぉ。道中はながぁいですからぁ。」
メルルンが住んでいた村は、度々洪水による水害に悩まされていた。そういった災害を察知する手段として呪術、または占星術が生まれたのだという。
「ワッチは代々呪術や占星術を学び、国民を指導する家に生まれましたぁ。ワッチの占いは余り当たらなかったけど、皆は褒めてくれたですぅ。」
「・・・占いの腕が微妙、って人探しの役に立つのかコレ。」
シュロスは、思わず本音を吐く。
「あ、でも呪殺は得意ですぅ。」
「あ、さっきの話ノーカンでお願いしまっす、先輩。」
メルルンは特に気にする事無く、笑いながら話を続ける。
「で、王都に着いたんですけどぉ、ワッチはみんなが悲しむ顔に耐えられなくて、南王様に直接お願いしたんですぅ。ワッチは奴隷のままで構わないので、どうか国人を解放してくださいぃ、ってぇ。」
「南王陛下に直接ですか!?」
メルルンの国民を想う心、そしてその武でもって内乱の勝利者となったあの南王に直接嘆願する度胸に、ルフィアは思わず胸が締め付けられる思いに駆られてしまう。
「そうしたらぁ、その時同席していたヴァネッサ様が口添えして下さってぇ、ワッチはヴァネッサ様にお仕えする事になったんですぅ。」
「じゃあ、国民の方は皆国元へ戻れたのですね。」
「いいえ、南王様が南王領の西側にドワーフ族居住地を設置してくれてぇ、今もそこで喜んで住んでますぅ。」
「え、ど、どうしてですか?」
「実は南王様の遠征は、水害の多い地方に住む先住民族の保護だったそうですぅ。でもどうせ話聞かないだろうから、取りあえずこっちで豊かな生活を一度体験させたかった、と後でヴァネッサ様から聞きましたぁ。」
「で、でも先祖伝来の地に未練は無かったのですか。」
「それよりも、身の安全が大事ですぅ。今では皆、南王様に感謝しているですぅ。」
「そんなもんだぜ、ルフィア。土地よりも人を選ぶ。私も彼女と同じ気持ちだ。元奴隷の立場だった者の意見として耳に入れておいてくれ。」
フィリスは軽くルフィアの肩に手を乗せる。その手に自らの手を重ねルフィアは呟く。
「それでも、私は・・・」
「・・・進路が外れている。」
クレミアの呟きに3人が顔を見合わせる。
「おーい、メルルンさんよ。クレミアが進路ずれているって言っているぞ、どうなっているんだ?」
シュロスがメルルンに大声で問いかける。
「大丈夫でぇす。進路は合っていますぅ。そもそも、最初の行先はマーハルでは無いのでぇす。」
『なにぃ!?』
メルルンの爆弾発言に、4人は同時に驚きの声を上げたのだった。
時はさかのぼり、北方領に残りケイン達を見送ったソルディックは、その足で再びメイヤーの下へ向かう。
「今日は、どのような案件かね。君とは懇意にしておきたいので話は聞かせてもらうが、私には待たせている客人が多いのでね。手短に願いたい。」
「はい。まず一つ、ギルドに加入している冒険者達への報酬増額をお願いします。方法はどのような形でも構いません。目的は目下モルゲスの手駒となっている盗賊達を冒険者に仕立て上げる事で、敵の兵力低下と北方領全体の治安強化を狙う事。」
「面白い事を言う。だがギルドの方針はあくまで“内政不干渉”だ。北方領の治安は北方軍に任せるべきだと思うが。」
「都合よく“内政不干渉”を使うのは止めませんか。北方軍は動かないでしょう。北王陛下の南進政策の為に。そして商工会は、今その大遠征の為の軍事物資備蓄の買い占めを一手に担っている。南方領のマーハルは今まさに大盛況との噂もあります。」
「情報通だな。君なら商人としてでも十分、一流になっただろうね。」
「目を逸らさないでください、メイヤー=ローヴェ。」
ソルディックの眼光がひと際鋭く、メイヤーを睨みつける。
「私を恫喝するつもりかね。生憎と、君に私を恐喝出来る材料など無いよ。」
メイヤーは百戦錬磨の商人らしく、動揺をする素振りも無くソルディックと対峙する。
「メイヤーさん、本当は今の時点で利益確定させておきたいのでは無いですか。北王に売ったところで、二束三文で買いたたかれるのは目に見えているでしょう。」
「!?」
ついにメイヤーの顔から余裕の笑顔が消える。そして、まるで相対象のように、ソルディックは邪悪な笑みを浮かべる。
「買いますよ、この僕が。物資全部をこの値段で。」
そう言うとソルディックは、懐から1枚の明細を取り出す。
「ご・・・5000万ゴールドだと?一介の冒険者にどうしてこんな大金が。」
「王都の実家、複数の別荘を全て売却します。ギームさんの口利きで、高官職のドワーフを紹介してもらったところ、すんなり契約となりました。おかげでこちらも節税が出来て大助かりでした(笑)。」
ソルディックは、明細を持ってなお震えるメイヤーの手からひょい、と取り上げる。
「メイヤー=ローヴェ。貴殿がこの取引を望むなら、条件が必要だ。」
「じょ、条件?」
「僕をギルドのスポンサーに加える事。なお、登録名は、モルゲス=ヘイドラー、とする。」
「例のネクロマンサーを登録名に、かね。」
先程の心理戦から解放された安堵感もあり、メイヤーの表情が大いに緩む。
「彼の真の目的は不明ですが、古代エルフの女王を本の悪魔に吸い込ませ、立ち去った事こら強力な触媒を欲している事が伺えます。それもたった一人で。」
「続けてくれたまえ。」
「つまり、より強い何かを蘇らせようとしている。それは『カタストロフィー』に匹敵するかも知れない新たなる大厄災かも知れません。世界のどこかでとんでもない事を企む輩が跋扈する中、地上で戦争を再開する事ほど馬鹿げた話なんてありません。これが、僕達パーティの総意です。なお今回、貴方に「実」を語ったところで僕に勝ち目はありませんでしたから、「利」で勝負させてもらった事はお許しください(笑)」
「いや、私の完敗だ。北王の南進政策が1日でも遅れるよう、協力させてもらうよ。」
「ありがとうございます。それに、冒険者の敵を名乗ったはずが、冒険者の賃上げの救世主として感謝されてしまうのを想像してみてください。」
「確かに、そう考えると間抜けな話になりますな。」
大いに笑うメイヤーを見て、ソルディックは思う。
(ケイン、北王は何とか僕達で止めて見せる。君はモルゲス捜索に合わせて、南王領の実情を知って欲しい。君なら、きっと共に豊かに暮らす道を見つけられる。そしてヴァネッサ・・・もし君がこの戦いの表舞台に立つというのなら、僕は君の敵になるしかない。)
再び時は戻り、シュロス達が旅立って4日後の南王領王都。
「何か御用でございましたか、ヴァネッサ様。」
ヴァネッサの私室に姿を見せたのはスザリ司祭長だった。
「ああ。父上の様子は?」
「それはもう、精力的に人口推計の調査書に目を通しておられました。」
「また不正か。賢王時代と同じ手口が未だに通用すると思う愚か者ばかりだな。」
「王も嘆いておられました。」
「本題に入ろう。この時間に呼んだのは他でもない。ルフィア達の件だ。」
「はい。明日にはマーハルに到着するものと。」
「いや、彼女達はマーハルには行かない。」
「今なんと?」
「彼女達が向かったのは、地方都市ミュッセル。お前の故郷だ。そして、『ハーベスター』
達の本拠地。目的は何だ、裏教会の教皇殿。」
「いつ知ったのです。」
「ずっと怪しいと思っていたさ。だが尻尾を出さない以上、父上に諫言する訳にはいかない。だからお前がクレミアをルフィアに紹介した、という話を聞いた時、動きがある、と踏んでいた。」
「私は、クレミアを紹介した司祭長とは面識がございません。疑うべきは彼の方かと。」
「お前が王都全ての司祭長とは面識が無い、とか本気で私が信じると思ってるのか?」
「いえ、滅相も無く・・・」
「この時点でメルルン、というカードを持っていたのが幸いした。彼女が言うには、人には、様々な色相のオーラがあるんだそうな。で、後日彼女が担ぎ込まれた時、先に物陰からクレミアのオーラを覚えてもらい、同じ色が集まっている箇所を探索魔法で調べてもらった。
彼女と同じ聖霊の色をした人間・・・『ハーベスター』が何故か集まっている場所を、だ。」
「は、はわわ・・」
「聖霊、は単一で全部同じ色になるんだってさ。ハイ、ネタ晴らし終了。」
「しかし、集団のハーベスターには彼女達でも勝てますまい。」
「さてね。で、だ。スザリ、どうせなら表の教皇にならないか?」
「その意図は?」
「言葉通り。ただし、王の下だ。同格でも格上でもない。」
「それはもちろんでありますが、何故私めに?」
「理由は単純。お前は使える。民に心の安寧を説くのはお前に任せる。私は父上が亡くなった後、王位を獲る。」
「しかし、厄介な事がございまして。」
「何だ?」
「『ハーベスター』の術式のほとんどは、実はある魔術師の手によるものでして。その者の所在は今も判らず。」
「その魔術師の名は?」
「モルゲス=ヘイドラー、と名乗る男でした。北方の訛りが強い男でしたので、恐らくは魔法学院の者かと。」
「私もその学院の者だが?」
「こ、これは大変失礼な事を。」
「私の同期では聞かない名だな。ソルなら判りそうだがなぁ。」
ヴァネッサは、何かを忘れる様に頭を強く横に振る。
「いかがなされましたか?」
「私にだって悩みくらいはあるぞ?」
「これは大変失礼を。」
「最後に、ダベルフに暗殺者とか送っていないよな?」
「・・・実は既に何度か『ハーベスター』を屠られておりまして。」
「はぁ?アイツの護衛部隊が何者か、全く知らないの?」
「生憎、荒くれもの共の事はさほど詳しくは無く、はい。」
「完全にガード固めてるわよ、ダベルフ。折角、彼女達に私からの詫び状持たせたのにどうするのよ、これ。」
「して、その護衛部隊とは?」
「大金積んで、騎士団団長クラスを10人くらい引き抜いたのよ。戦争になれば、元の配置に返す条件を付けてね。・・・中でも、第4騎士団団長、アンリ=ロレーンは、その強さも群を抜いて高く、騎士団から賞賛を込めて、聖騎士アンリ、と呼ばれているわ。」
同刻、マーハル大聖堂。
「今日は俺がいただく!」
「いーや、オレの方が先だっ!」
一人の『ハーベスター』に対し、挟撃をかける二人の戦士。
(な、何故じゃ、何故このスピードをあの鎧姿で上回るんじゃ!)
「そーれは、俺達が強いからですねぇ。」
一人の戦士が『ハーベスター』の持つ鎌に強烈な一撃を当て、相手の動きを止める。
「悪霊よ、冥界へ還れ。“解呪”(ディスペル)!」
もう一人の戦士が彼女の顔に除霊の呪文を放ち聖霊という悪霊は冥界の淵へと沈んでいった。
「大丈夫ですか、おじょ・・・」
除霊を行った戦士が、爽やかな笑顔で女性を救い上げようとしたが、その時すでに別の戦士が先ほどまで『ハーベスター』だった女性を抱き抱えていた。
「私・・・頭が・・・何故大聖堂に。」
「きっと神が貴女を救うために、この場所を用意したのでしょう。貴女は救われました。この南王騎士団に。」
「まぁ、本物の騎士様なのですね。」
「ええ、幸い宿も近くにあります。そこまで一緒に行きましょう。」
「ありがどうございます、騎士様」
騎士は、ヒシ、としがみつく女性を優しく撫でると、後続の男連中に、
「じゃ、俺はお先に一抜けな。」
と爽やかな笑顔で去っていった。
「おい、ロジャー!お前、何も手伝ってないだろ、そこ変われ!」
「しゃーねーわ、ラーク。余り者同士仲良くしようや。」
「俺はっ、騎士を夢見て騎士になったのに、何で傭兵稼業ばっかり回ってくるんだよぅ。」
「それ、後ろで控えてる聖騎士様にも言えるか?」
二人の背後には、祭壇前で鎮座する漆黒の甲冑に身を纏った戦士の姿があった。
「ゴメン、ムリ。でもよ、ケント、何で聖騎士様がこんな汚れ仕事受けてるん?」
「何でも最初の『ハーベスター』の娘を両断した際に物足りなかったらしく、面倒になって俺達も招集したらしい。」
「ああ、何でその娘救えなかったんだろう。どうか安らかに。」
「そろそろ手ごたえのある相手が来てくれないと、オレ達の心が休まらないんだよなぁ。」
今日も、聖騎士はただ静かに叩き伏せるに足る敵を待つ。
同時刻。深淵なる、闇の底。
一人の男が巨大な建造物を見上げている。いや、巨大故に建造物と勘違いしてしまったか。
見上げているのは、眠りにつく1体の龍であった。
「まだ、目覚めないか。前回の目覚めから1000年は過ぎようとしている。まだ、人の魂を喰い足りないか。聖霊も、エルフの女王の魂も、悪魔、魔物、まだ喰うのか。」
男は龍に身体を預け座り込む。
「だがそれが愛おしい。愛おしい、とはこういう事なのだな。」
男は両手を上げ、神に願うかのように告白する。
「私は炎が見たい。全てが滅ぶ『カタストロフィー』を見たい。その最後の観客となる事を切に願う。燃え、潰れ、泣き叫び、滅びよ!全ての生きとし生けるもの共よ!しかる後、私は『屍の王』となる。」
男は立ち上がると、再び龍を見やる。
「宵の時。死人どもを扱うには丁度よい狩りの時間だ。私はお前の目覚めの時に立ち合える事を切に願う。今度はより高潔な魂を手に入れてこよう。来たるべき時まで眠れ。厄災の龍、【カラミティ・ドラゴン】よ。」
今日はここまで。次回、また会える事を楽しみにしておこう。
私の名は≪アンノウン≫。誰も知らない物語を語る、語り部だ。
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