5.冒険者の敵

 さて、今日語るのは、古代墳墓での物語だ。次々と襲い掛かる脅威に、果たして彼らはどう選択するのであろうか。では語ろう、冒険者達の物語を。


地下墳墓入口。ウィスプの灯りに照らされ、ケイン達5人は階段を下る。

「盗賊たちの気配は無さそうだな。」

先頭を進むケインが仲間達に伝える。

「しかし、珍しい光沢じゃな。ワシらが扱う石とは違う力を感じる。」

ギームが感心しつつ壁面を撫でる。

「これ、大理石よね?南王領で採掘される。何でこんな北の僻地の墓に?」

シアナは驚いたようにソルディックに問いかける。

「シアナさん、故郷で歴史の勉強は?」

「・・・あんま、してない。」

「ギームさんの方は?」

「今よりおよそ1000年前、後の初代北王となる御方に率いられたドワーフ軍がこの地に入植し北王領とし、幾度となく南王領と激しい戦争を行った、といった感じじゃな。」

「その解釈で大体合っています。私達人間族は、南北に分かれる1000年よりも前から農耕文明を築いてきました。この時期は北部も温暖な気候であり、エルフたちが中心となって精霊崇拝による政体が長く続いたそうです。」

「じゃあ、元々北もエルフの土地だった、って事?」

「ただ、このエルフ達は現代のエルフのような固定概念に捉われる事は無く、人間とも穏やかに友好関係を保っていました。これには人間側の文明が未成熟だった部分も大きいのですが。」

「難しい話は苦手での。つまり、ここは南北統一時代のエルフ王族の墓で、南で産出される大理石とやらをわざわざここまで運んで造らせた、でいいか?」

「ちゃんと分かってるじゃない。」

「すみません、説明下手で。ただ勘違いしないで欲しい事が一つ。古代エルフ族およびその人間達が北方を放棄したのはドワーフ族のせいではありません。『カタストロフィ』と呼ばれる、気候変動による寒冷化で精霊の力が弱まり、作物が収穫出来なくなった事が大きな原因です。その後、不死の怪物や魔物達がはびこる北方となった土地を、部族を率いて武力で平定した、のが初代北王の実像だと文献から推測されます。この時代の文献は古語が多くて僕の解釈も多分に入っていますが、そこは、ご愛敬という事で(笑)。」

「ねぇ、何やってるの、部屋に入るよー。」

ティムが足の止まった3人を急かす。

階段を下りて部屋に進む。四方約100フィート(約30m)高さ20フィート(約6m)の大きな広間。正面は次へと続く扉がすでに開かれている。正面の扉の両脇には、両手を胸に重ねて目を閉じる男女のエルフの彫像が立っている。

「ここに埋葬された王族の夫婦かしら。確かに今の私達とは違って、厚手の布をまとっている感じね。」

「当時はまだ薄絹を織る技術は無かったのでしょうね。僕は歴史家ではありませんので、彼らがいつの時代の王族か判りませんが、ここまで広い大理石の間を建造できた事を見ると、興隆期時代の王族の墳墓かも知れません。」

「興隆期っていつ頃の話だ?」

ケインが首を傾げてソルディックに問いかける。

「実際の副葬品にお目にかかる事が出来ればおおよその時代が判明するのでしょうが、文献上はおよそ2500年から1500年前、とされています。」

「ねぇ、この床に何か書いてあるよ。えっとなになに・・・ここに眠るは、聡明にして勇敢なる王家に連なりし者の亡骸なり。多くの者、彼の者に殉じ来たるべき大災厄と戦う決意をせん。しかるに・・」

すらすらと、淀みなく床に刻まれた文を読むティムに対し、ソルディックは即座に呪文を唱えるとティムに向けて放つ。

「解呪(ディスペル)!」

ソルディックの呪文を受け、ティムはガクリ、と崩れ落ちる。

「おい、ティムに何をした。ソルディック!」

ケインは喰いかかるようにソルディックに問い詰める。

「落ち着いてください、ケイン。文字というのは時代が進むごとに変化します。1000年以上前の古代エルフ文字を文献無しで読むことは現代人である僕達に可能な事では無いのです。ケイン、この床に埋葬者について記述する現代文を強盗団が書くと思いますか?」

「じゃあ、あれは?」

「『力の言葉』よ。強力な使役魔法の一つ。一度でも、記された言葉を発したら呪文が完成するまで使役された者は止める事は出来ないの。完成された呪文によって使役された者は死ぬか、運が良くて気絶。」

「危ねぇ呪文だな。・・・疑って悪かったソルディック。」

「いえ、彼女の補足があって僕も助かりました。ただ、気を付けなければいけません。この罠は、並みの盗賊に外す事は出来ません。むしろ、魔術師が控えていると考えた方がいい。

となれば、ここに侵入しているのは強盗団などでは無く、僕達と同じ冒険者。それも殺しに慣れた手練れ、を想定せざるを得ません。」

ソルディックの言葉に、周囲の空気が凍り付く。

「俺は行く。何の罪も無い調査団を全滅させた報いは受けてもらう。参謀の意見は?」

「同意見です、リーダー。償いもですが、盗掘などという殉死した墓守達を侮辱する最低な行為は絶対に阻止しなければなりません。」

「アタシは、ケインが行くなら。今更だけどね。」

「ワシも行くぞ。死者を弔う者が不在では話にならんじゃろ。」

「ボクも行く。いくら強かろうが、こいつらは調査団を襲った強盗だ。絶対に捕まえる!」

全員の意思を確認すると、一行は改めて開かれた扉の奥へ足を進めていく。

 一層第一の間。

先程より半分ほどの広さの部屋だが、両壁にパイク(長槍)を抱えた甲冑兵が各5体、計10体が整然と並んでいる。部屋の中央には盗賊団の一味と思われる死体が数名重ねて置かれていた。

「動くよなぁ・・・」

ケインはげんなりした表情で呟く。

「なら、最初に。」

シアナは魔法の詠唱を始めると、その指先に紅き炎が浮き上がる。

「燃えるゴミから処分と行きましょう!」

シアナは指先から発した炎を死体の山に向けると、火炎の魔法を解き放つ。炎は瞬く間に死体を焼き、残ったのは刀剣類とわずかな硬貨のみであった。

「アタシはアンタ達を弔う気は更々無いから、その精霊の業火でいつまでも苦しみ続けなさい。」

ガチャン、ガチャン、いう鋼の擦れる音と共に、甲冑兵が一行たちに近づいてくる。

「わー、やっぱり来た!」

「お前は下がってろ、ギーム付いて来い。」

「承知!」

ケインとギームは互いに背中を預ける形を取り、10体の甲冑兵と対峙する。

「さすがにリーチ差に分があるか。ギームは防御に専念してくれ。」

「ケイン、お前さんはどうする気じゃ。」

「こうする!」

ケインは甲冑兵の動きが鈍重な点を利用し、槍の突きを交わすとその手首を叩き、手首ごとパイクを叩き落とす。

「まずは一つ!」

「バカモン、それでは串刺しになるぞ!」

「・3・2・1!ソルディック、甲冑共が密集してくれだぜ。」

甲冑兵が、密集陣形でケインを串刺しせんとしようとしたその時、上空から緑色をした魔法の光線が降り注ぐ。緑色は甲冑を染め上げると瞬く間に錆化し腐食させていった。

「反撃開始だ、ギームも殴り倒せ!」

もはや身動きもままならない甲冑兵は、ただのくず鉄になるまで二人に解体されていった。

「お疲れ様です。」

「相変わらず魔法ってのはえげつないぜ、全く。」

「単に相性の問題です。効果の無い相手には意味がありませんから。」

ソルディックは、いつもと変わらない涼やかな笑顔でケインに言葉を返す。

「ティム、そこの燃えカスで何やってるの?」

「うん、コイツらにもお金出してもらおうと思って。」

「何の?」

「亡くなった調査隊を讃える慰霊碑を造る為のお金。」

「あ、そうか・・・」

リリーの件は、墳墓突入前にギームから全員に聞かされていた。

「さぁ、次に行こうよリーダー。ボクだって活躍したいんだ。」

「そう急かすなよ、ティム。」

ケインは、ティムとハイタッチを交わすと、次の部屋へと進む。

一層の奥の間は、既に盗掘された後となっていた。何人かの死体はあるが、手にした装備からいずれも盗賊である事が容易に想像できる。

「酷い事をする。静かに眠っていた死者を起こすなどと。」

ギームは散乱した骨を集めると、本人が眠っていたであろう石棺に再び戻し死者を弔う祈りを奉げる。

「へぇ、相手がエルフでも祈りは奉げるんだ。」

「ワシは神官じゃ。どの神の信奉者であれ、黄泉路で迷わぬよう祈るのは至極当然の行い。

安心せい、オマエも死んだらちゃんと送り出してやるわい。」

「・・・褒めてるのにその一言が余計なのよ、アンタは。」

ギームが祈りを終えるのを見守った後、一行はさらに下の階層へと下りていく。

 第二層第一の間。

「これは・・・」

ソルディックは、思わず手を口に当てる。

「激戦じゃったようだの。」

夥しい量の血が、この40フィート四方という空間を染め上げていた。そして奥の間への肉の壁と言わんばかりの盗賊たちの死体の山。

「部下を見捨てて奥へと向かったワケじゃな。乗りかかった舟じゃ、どれワシが解放してやろう。」

ギームが肉の壁へ踏み出そうとすると、ソルディックが制止する。

「待ってください、ギームさん。あれは肉の壁なんかではありません。」

「何じゃと?」

「見ててください。」

ソルディックが呪文を唱えると、1匹のネズミが足元に現れる。

「よし、行け。」

ネズミはソルディックの指示に従い、肉の壁へと走り出す。

ネズミが肉の壁に近づいたその時、壁から幾本かの手が伸び、ネズミを取り込む。取り込んだ肉の壁は、状態を維持できなくなったのか、やがて1体の人型に姿を変化させる。その右手は人の顔で出来た球体をしており、苦悶や恍惚など様々な表情浮かべ声を漏らす。

「何、アレ。人なの、化け物なの?」

シアナは嫌悪感に耐えられず、思わず声を漏らす。

「化け物です。人間族が編み出した魔法大系の一つ、死霊術。その術によって生み出された人造生命体、フレッシュ・ゴーレムがその名前です。」

「で、そいつは剣で斬れるのか?」

「斬れます。しかしゴーレムは痛みを感じないので、すぐさまあの球体で殴りかかってくるでしょう。」

「弱点は?炎魔法なら燃えるでしょ?」

「どちらかといえば、弱点の無いトロールに近いです。シアナさんは、召喚魔法を使用してゴーレムの標的を増やして下さい。自分から斬り込まないように。」

「ワシは?」

「回復に専念でお願いします。後、ケインに“戦神の戦斧”の呪文で攻撃力強化を。」

「ソルディックはどうするの?」

「ゴーレムのコアを“探知”します。相手の死霊術師との力比べになるので何とか耐えてください。・・・せめてミスラル銀の武器があれば有効打になったのですが。うかつでした。

ティムは巻き込まれないように後方へ。」

「・・・うん。」

こうしてフレッシュ・ゴーレムとの戦闘が幕を開ける。

ゴーレムの動きは鈍重だが、破壊力は抜群であり、右拳を振り下ろす度に召喚された動物たちは立ちどころに消え去っていく。一方のケインの攻撃は手ごたえを感じるも決定打とはならず、傷も深くなりつつあった。

(相手の“隠蔽”魔法は僕の“探知”魔法とほぼ同格ですか。世界は広いものです。)

ソルディックからの回答に待ち切れず、ティムはケインの元に駆け寄る。

「リーダー、ボクに賭けて!」

「離れてろって、言われたろ!」

ティムはケインを引っ張ると、その耳元でささやく。

「・・・了解!」

再び、ゴーレムに突撃するケイン。が、攻撃を入れる事無くゴーレムの左側に回り込む。

右の拳で殴りかかろうとするゴーレムに対し、ティムのショートボウが玉の顔にある目をを射抜く。

「グウォォォ!」

そのひるんだ隙をケインは逃さなかった。

「貰い受ける!」

ケインの一閃はゴーレムの右手を切り落とす事に成功する。

「これで、どうだぁ!」

落ちた右手の球目がけ、ティムはミスラルダガーを叩きつける。

声にならない声を上げ、右手の顔達はどんどん溶けて消え去っていく。

「お前たちは苦しみながら地獄に行けっ。リリー達の仇だっ!」

ティムはダガーを押し込み、コアを破壊する。ゴーレムは崩れ去り、部屋は再び静寂へと戻った。

「はっはっ・・・」

「大手柄だ、ティム。」

「結局、最後まで探知出来ませんでした。参謀役として恥ずかしいかぎりです。」

「それでも、全員無事で何よりじゃわい。」

「アタシは魔力消費し過ぎで死にそうなんですけどー。」

ぐずるシアナに、ケインが声をかける。

「それなら、一度休むか?」

「そんな事言ってられる場合じゃないわよ。盗賊団のボス達が最奥の霊廟を荒らしたら、トンデモナイ事になるかも知れないってのに。」

「は?お前、この墳墓の事何も知らんって言ってただろ。」

「ええ、昔の事でしたので、すっぱり忘れてましたですわよ。」

「思い出したのであれば、情報を教えていただけませんか?」

「いいけど、ロクな内容じゃないわよ。」

シアナが話したのは、隆盛期末期の時代、この大陸の支配したエルフの女王の話だった。

「エルフという種族は子供が生まれる確率がとても低いのは知ってるわよね。それは古代も同じでこの女王も1人の男子にしか恵まれなかった。この王子は凡庸だけど素直な性格で、時期国王として国を治める事に女王はとても期待していたの。同じエルフ族の姫との結婚も決まり、さあこれからって時に、王子は病で亡くなってしまった。女王は大いに哀しみ、

姫を含めた多くの臣下に殉死を命じ、女王が好んだ大理石での地下墳墓を建設させたの。そして最後に『妾自らが墓守として子守りをしよう。故に王位も何も要らぬ。』と言って、自ら陵墓の扉を閉めた。本来は王の墓であるべきなんだけど、王子は王位に就いた訳じゃなかったからいつの間にか“王族の墳墓”という伝承に変わってしまったのかもね。」

「しかし、お主の話も昔話の一つじゃないのか?」

ギームは疑問の眼差しでシアナを見る。

「墳墓にあった石棺の意匠がその女王が好んで使ってきたものと一致するのよ。それでさっきの話を思い出したの。」

「僕達やドワーフ族が知る以前の話ですからね。シアナさんの話を信じるとするなら、息子の石棺を穢した者を赦す事はないでしょうね。」

「悪いな、シアナ。もう少し力を借りるぜ。」

ケインの言葉にシアナが頷く。

「急ぎましょう、最下層に。」

最下層。王の間。

一行が中に入ると、宙に浮く一人の男が巨大なシルエットをしたエルフの女王が会話をしているところだった。

「魔術師か。知り合いか?」

ケインがソルディックに尋ねる。

「いえ、僕も知りません。が、すごく胸騒ぎがします。」

女王は男に問う。

「本当じゃな。本当に貴様に力を貸せば、息子をわが手に抱くことが出来るのじゃな。」

「ああ、約束しよう。」

「分かった。では如何様にすればよいのじゃ。」

「契約は成立した。喰え、“本の悪魔”よ。」

男が本をかざすと、女王は悲鳴を上げながら本に吸われていった。

「“本の悪魔”だと・・・?」

ソルディックは思わず声を上げる。

全ての工程を終えると、男は王の石棺の前に降り立ち一行を見据える。

年の頃は30代前半だろうか。魔術師にしては凛々しく堂々とした体格の男だ。

「久しぶりだな。貴様の顔はよく覚えている、そうだ。魔術師ソルディック=ブルーノーカー。」

「そうだ・・・?」

ソルディックを除く一行は怪訝な顔をする。

「ああ、今は私がこの悪魔を使役している。“本の悪魔”を、な。」

「何者です、貴方は。」

「私か?私はモルゲス。モルゲス=ヘイドラー。生と死を司るネクロマンサーにして、貴様達、冒険者の敵だ。」

「冒険者の敵?」

「目ざわりなのだ、貴様達が。」

チャリ。ケインが無言で剣を構える。

「そう、ならお互い様ね。“拘束”(バインド)っ!」

シアナが先手を打って捕縛呪文を唱える。しかし呪文はモルゲスをすり抜ける。

「げ、幻影?!」

「生憎と、私は忙しい。今回は、この女王の力で相手してやろう。では諸君、生きていたらまた会おう。」

「チキショウ、姿を見せやがれ!」

ケインは虚空に剣を振り、必死に相手を挑発する。

「ケイン、アレを見るんじゃ!」

ギームが目を見開いて見つめる先では、この墓所に埋まる無数の人骨たちが一ヶ所に集まり形を構築し始めていた。

「またゴーレムか?芸の無い魔術師め。」

「いえ、違います。あれは・・・」

それはやがて、一行に明確な形となって受肉する。

「ど・・・ドラゴンゾンビです。」


今日はここまで。彼らは無事脱出出来たのか、それはまた近いうちに語るとしよう。

私の名は≪アンノウン≫。誰も知らない物語を語る、語り部だ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る