3.銀の短刀
さてさて、今日もここを訪れてくれた君に、まずは感謝を。さて、今日語るのは以前登場した盗賊の少年の物語だ。彼がどの様な選択をしたのか、ぜひ楽しんでいってくれたまえ。では語ろう、冒険者達の物語を。
ウォルフス、鍛冶工房。
数多くのドワーフ達が、その技の粋を真っ赤に燃え上がった鉄に打ち据える。工房に響き渡るその音は、聞く者によっては心地よいハーモニーであり、ただの騒音でもある。
「相変わらず頭に響くなぁ、ここの音は。」
しかめ面の中、工房を進むのは、盗賊の少年ティムだ。
「そうか?ワシには高揚感しか感じぬがな。」
笑いながら、自慢の髭を撫でるのは、戦神のドワーフ神官ギームだ。
「あ、いたいた。おーい、ブロウニー。」
ティムは黙々と仕事に励む一人のドワーフに声を掛ける。
「何だ、ティムか。」
ブロウニーと呼ばれたドワーフは目を細めると笑顔でティムを迎える。
「ワシもいるぞい。」
自慢げに胸を張るギーム。
「・・・知らん顔だな。」
「ほぅ。よほど前回の飲み比べに負けた事が悔しいか、この老いぼれが。」
ビクリ、とブロウニーの眉が吊り上がる。
「何を言うか。通算では俺の方かまだ勝ち越しておる。むしろ、俺に腕相撲で負ける方が、
冒険者として恥ずかしいと思わんのか、このヒヨッコが。」
「おう、なら今からでも始めるか?ジジイ。」
「ちょ、ちょっと待って!ボクはブロウニーにお礼を言いに来ただけなんだからケンカしないでよ。」
ヒートアップする2人の間に入って仲裁するティム。
「おお、スマンな。ワシも装備品引き取りの件、すっかり忘れておったわ。」
「なら、先にそっちに行きなよ。」
不貞腐れた表情でティムは店の売り場の方を指差す。
「うむ、ではまた。酒場で会おう。」
意気揚々と売り場へ向かうギームに対し、
「・・・絶対行かないからね。」
呟くティム。
「で、礼とは何だ?ティム。」
仕事の手を止め、不思議そうにティムの顔を見るブロウニー。
「うん、この短刀。すごく役に立った。」
ティムが見せたのは、鈍く輝く一本の短刀だった。
「随分と血で汚れているな。貸してみろ、研いでやろう。」
「え、いいの?」
「これは、特別な銀で出来ている。ベテランにしか扱えん。」
「・・・いつもありがとう。」
「約束は守っているか?」
「うん。人は傷つけない。強盗はしない。」
「お前の父親は、生真面目な鉱夫だった。酒は飲まない、博打は打たない。何が楽しくて働いてるんだ、って聞けば、『俺には女房と子供達がいる』だからな。」
ティムは、老ドワーフの熟練された手際をただじっと見ている。
「しかし、このミスラル銀の銀脈が発見されてから少しづつ狂っちまった。町は好景気に沸き、多くの鉱夫が出稼ぎに来た。」
カァン。誰かがひと際大きく鉄鎚を叩く音が響き渡る。
「銀脈の利権争いに、誰かが【ウロボロスの強盗団】を雇った。奴らは何もかも略奪し破壊していった。そして最終的に銀脈は国有化され、好景気は終わった。」
研ぎ終わった短刀をティムに渡し、ブロウニーは続ける。
「何度でも言うぞ、ティム。お前の手先の器用さは天性のものだ。そして、盗みを行う高揚感に時には負ける事もあるだろう。だが今のお前は冒険者だ。悪党どもへの罰はギームに任せろ。決して失った家族の恨みを自分で晴らそうとするな、いいな。」
「うん、誓うよ。ボクを育ててくれた恩を仇で返す事はしない。」
ティムの明朗な答えに、ブロウニーは満足そうに微笑む。
「俺は、まだ少し仕事があるんでな。少し遅れるとギームに伝えておいてくれ。」
そういうと、ブロウニーは背を向け、仕事に戻っていった。
ティムはブロウニーの作業場を離れ、ギームの元へと向かう。
(ブロウニーの前では素直に答えたけど、本当のところ、ボクにもよく分かっていないんだ。でも、この間のトロールとの戦いですごく血がたぎるのを感じた。アレにだけは飲まれないようにしなきゃ。ボクはみんなの様に強くはないんだから。)
工房で赤々と燃える炉の炎を見つめつつ、ティムは一人物思いに耽るのだった。
一方、こちらはケインの家。冒険者としては珍しく、彼は自前の家をこの街で購入していた。妹クレミアを保護した後、共に住む為の我が家として。だが現在、そのスペースはシアナが占拠し、彼らを知る者の大半は2人が内縁関係にあるものだ、と考えていた。
「で、その後どうした?」
不機嫌そうに、机を指でトントン叩くケイン。
「ええ、そのままシュロス君に預けました。」
「はぁ?」
目を丸くし、ケインは正面の席に座るソルディックに詰め寄る。
彼は、シアナから委託された案件について、ギルドに無事満了した事を報告後ケインの家に立ち寄ったのだった。
「まぁ、その様な反応をされるのは想像してはおりました。しかし、僕はケインの妹さんと面識はありません。あくまで符号が合致しただけに過ぎないのです。」
「しかし、よりによって何で【ウロボロス】に・・・」
「まずは、落ち着いて僕の話を聞いてください。問題の根は、貴方の想像以上に深いものです。現時点で、幼児退行した彼女を救う手段は僕にはありません。そして精神を癒す魔法を得意とするのは、豊饒の女神の神官達です。仮に彼女をこの場に連れてきたとしても、戦神の神官達では、治療はまず困難です。次に、彼女が『ハーベスター』であった事。元南王騎士団の貴方なら知らない話では無いでしょう?今、彼女は自我の呪縛からの解放と引き換えにその力を失っています。故に彼女を護る剣が必要。シュロス君は、その意味で最適の人材でした。ルフィアさん達が、信頼のおける高位の司祭長を説得し、彼女を回復してもらうまでの間、無防備のままの彼女を傷つけずに護る、これは彼にしか託せない難事だったのです。」
「確かに、アタシの知ってるシュロスなら、その娘に手は出さなそうね。子供には優しいヤツだったもの。」
いつの間にかケインの左側に座り、テーブルの上のナッツをほおばるシアナ。
「しかし、やっと妹が生きているかも知れない手がかりを掴んだのに、何もできねぇのは。」
ケインは歯を食いしばり、うめくように呟く。
「ならどうします?僕は貴方を止める気はありません。が、その前に貴方のパーティとの契約は解除させていただきます。参謀役の進言を聞き入れないリーダーに自分の命は預けられませんからね。」
「!?」
「と、ちょっとソルディック!それは言い過ぎじゃ・・・」
ソルディックに喰ってかかるシアナの背中をケインは軽く叩く。
「いや、コイツの言う通りだ。そもそも、話さなくても良かった事をコイツは俺に話してくれた。その信頼をどう受け止めるかは、俺の度量にかかっている。」
一つ、大きく呼吸をするとケインはソルディックに微笑み答える。
「ありがとう、この話を俺に伝えてくれて。そして次の機会があれば、俺も同行させてくれ。」
「勿論です。やはり僕の信じるリーダーであって良かった。」
険悪な雰囲気は去り、いつもの穏やかな雰囲気が3人を包む。
「そういえばケイン、次の依頼はギルドから来ているの?」
「いや、まだ来ていないが。しかしソルディックの方は戻って来たばかりだからな。数日の休息は必要だろう?」
ケインは、ソルディックの方を見やる。
「そうですね。あれば嬉しいところですが、皆さんの目に叶う依頼があれば僕も同伴しますよ。」
ピンポーン。玄関のチャイムが響き渡る。
「あら、誰かしら。」
「誰かしらじゃねぇ、お前は座ってろ。この間、宗教の勧誘に来た近所のオバちゃん連中と一悶着起こした事、もう忘れたか?」
「あ、あれ?そうだっけ?」
舌を出してその場をごまかそうとするシアナ。
「悪い、ちょっと席を外す。コイツの相手頼むわ。」
ケインはシアナを指差し、ソルディックに依頼する。
(・・・と言われましたが。)
シアナは時々ソルディックを睨みつつ、再びナッツをほおばり始める。
(どうもシアナさんとは、二人きりになると会話が続かないのですよね。)
ソルディックは思案に暮れる。やがてふと思い出したかのように、シアナに声を掛ける。
「シアナさん?」
「・・・何?」
ソルディックは自身の鞄からだいたい両手のひらの大きさ四方の箱を取り出す。
「皆さんへの土産に何が良いかと考えまして。」
ソルディックは、そっと箱のふたを開け、シアナに見せる。
「あっ、桃だ!」
シアナは思わず声を上げて驚く。
「さすがにご存じでしたか。僕も書物では知っていましたが、実物を食したのは初めてで、是非皆さんにも味わって頂こうと思い、ルフィア殿から譲っていただいたのです。」
「でも、何でこんな瑞々しいままなの・・・?」
シアナが桃に触れると、水色の若い女性の姿をした精霊が桃の周辺を泳ぐように周回する様を見る。
「はい、水の精霊を使役して、皆さんが食するまでの期間、腐敗から守ってもらいました。」
突然、シアナはソルディックの胸倉を掴み、怨念のこもった声を放つ。
「あれ、どう見たって高級品よ。他に一体何を食べてきたのよ、答えなさい!」
(ありゃ、ヤブ蛇でしたか・・・)
一方、ケインは玄関の覗き窓から訪問客の姿を伺う。
(・・・見たところ、どこかの貴族の執事、と言った感じか。ギルドも通さず俺に何の用だ?)
ケインは、静かに扉を開け、男に声を掛ける。
「何の用です?俺にはご立派な貴族に知り合いはいないんだが。」
初老の男は、洗練された一礼をケインに向けた後、こう告げる。
「初めまして、貴殿が冒険者のケイン殿でよろしかったですかな?」
「ああ、俺がここの家主のケインだが。」
「では改めてご挨拶を。私の名はセバステ。今日はケイン殿に主人メイヤー=ローヴェからの手紙をお届けに参上した次第であります。」
「仕事の依頼ならギルドを通してくれ。それに俺と仲間はアンタらのような貴族とは縁遠い連中だ。ヘタに関わると逆に火の粉を被る事になるぜ。」
ケインは半ば脅しともとれる強い言葉を使ってセバステの動向を見る。
「それは問題ございません。主人は商人であり、ケイン殿の所属するギルドのスポンサーの一人でございます。冒険者という職業に何よりも理解あるお方なのです。」
「なら、それこそ何で俺達に・・・」
ケインの言葉を遮るとセバステは懐から黄金色に輝く1枚の葉を取り出しケインに見せる。
「主人からは、この黄金の葉を見せれば事は済む、と伺っております。」
「なっ!!」
セバステは言葉を失ったケインに手紙を渡すと再び一礼し、留めていた馬に軽やかに騎乗する。
「では、書面の期日をお忘れなきよう。お待ちしております、ケイン殿。」
そう言い残すとセバステは馬を走らせケインの元を去って行った。
ケインは書簡を開封し内容を見る。内容は、セバステに黄金の葉を持たせた理由、そしてギルドを介さずに直接依頼したい仕事がある、との事だった。ギルドの仲介手数料がゼロになれば、冒険者にとって報酬が増えるメリットしかない。しかも相手がギルドのスポンサーであればギルド側にも十分面目が立つ。
(気に入らねぇが・・・行くしか選択肢は無さそうだな。)
~~~
後日、ケインは仲間を集いローヴェ邸へと向かう。街の一等地にあるその邸宅は、周囲の貴族達の別宅と比べても比類のない壮麗さを誇っていた。
「さすが大商人のお家。どんな依頼があるのかしらね。」
シアナだけは、一人楽し気に門の前に立つ。彼女には重厚感のある武骨な北の建造物は、艶やかな色彩が特徴な南の建造物と違い興味をそそる対象であった。
彼らが呼び鈴を鳴らすまでも無く静かに門が開くと、セバステが従者を引き連れ出迎える。
「お待ちしておりました、皆さま。荷物は従者達に持たせますので、まずは庭園内をご案内しましょう。」
一行が周囲を見渡すと、剪定された様々な草花で満たされた庭園の姿があった。ウォルフスの街は北王領の中でも南部に位置する為、比較的温暖な気候に恵まれていた。庭園の中では、
多くの青年たちが剪定作業に取り組んでいた。
「彼らはここの従業員かな?」
ギームがセバステで問いかける。
「はい、2年前の戦争で家族、職を失った子供達です。そもそもこの場所は、先の戦争の際、北王騎士団の駐屯基地でありました。停戦協定終結後主人が買い取り、こうした美しい庭園に仕上げたのでございます。」
なるほど、と頷くギーム。
「停戦後、懸念されたのは食糧難による治安の悪化です。北王陛下より任を受けた領主は存在しますが、彼は資産を奪われる事を恐れ、行政を商工会に委譲し早々に本国へ帰還してしまいました。商工会は、戦災孤児となった子供達を保護自立させる事を考え、職と生活場所を与えるよう動きました。」
「酷い話ですね。しかし、北王領での問題は冒険者の僕達にとっては“内政不干渉”のはず。
何故、今その話をされたのです?」
ソルディックは、冷ややかな目でセバステを見やる。
「それは、今から主人がお話になる事でしょう。さぁ、館に着きました。ささ、中へ。」
中に入ると、多くの女中が一行を出迎える。
「シュロスがいたら大喜びだったでしょうねぇ。」
周囲を見渡しながらシアナはボヤく。
セバステに案内され、奥の客間へと通される一行。
そこには、一人の壮年の男性が豪華な椅子に座りパイプをくゆらせる姿があった。
「主人、お客様をお連れしました。」
主人と呼ばれた男は立ち上がると、パイプを女中に預け立ち上がると、両手を上げて歓待する。
「ようこそ、私の館へ。必ず来てくれると思って待っていたよ。」
長テーブルを囲み、メイヤーとケイン達一行が席に座る。
「さて、まず何から話そうか。」
「何からもねぇだろ。まずは、その黄金の葉の意味を教えろ。」
依頼人には比較的丁寧に接するはずのケインが、言葉を荒げてメイヤーに問い詰める。
「ははっ、そうだろうな。私は、この葉で一儲けさせてもらった。そのお礼を兼ねてここへ君達を招いたのさ。」
「一儲けじゃと?」
声を荒げてギームは思わず立ち上がる。
「アンタが立ち上がってもインパクトに欠けるわよ。大人しく座ってなさい。」
その姿を見てシアナが窘める。
「君達もご存知の通り、この葉は貴族層に非常に人気があり、高額での取引がされる逸品。しかし、それは希少性があっての話。あの村長が君達のパーティに指名依頼をかけた事は私の耳にも入ってきていた。そこで私は君達の力量と行動に賭けてみようと思い行動した。私は部下に黄金の葉の買取を命じた。『近いうちに黄金の葉が大量に市場に流出する噂がある。暴落する前に手放して利益確保をしておいた方が良い』という噂を含めてね。そして君達は見事やってのけた。君達があの村にとって黄金の葉は“毒”だと判断し何らかの策を打つだろう、と予見した私の目に狂いはなかった。」
「山師が・・・」
ケインは呻くように呟く。
「誉め言葉、と受け取っておこう。何より、この利益はギルドの活動資金にもなるのだ。私としては共に喜びを分かち合いたいところなのだが、どうかね?」
「俺達とアンタが同じ志を持っているとは思えねぇ。黄金の葉の事は理解した。で、俺達に直接依頼したい案件ってのは何だ?」
「良かろう。なら、本題に入ろうか。【ウロボロス】の強盗団について知っているかな?」
「!?・・・ああ、名前くらいなら。」
「ふむ・・・。彼らは1年ほど前まで南北国境線を中心に、主に隊商を狙い略奪行為を働いていたのだが、内紛が起きた事で弱体化してね。国境線界隈では南北両軍を動かすにはいささか難があったので、ギルドがこの掃討戦の依頼を両国王から請け負った。参加したギーム殿とソルディック殿は、まだ記憶に新しいはず。」
「まあ、そうじゃが。」
「ええ、よく覚えています。」
「それじゃあ、その時にシュロスと会ってたの?」
シアナが思わずソルディックに問いかける。
「いえ、その時にはすでに彼は強盗団を抜けていました。彼の話は、取り押さえた残党達から聞いていたものです。」
「続けてよろしいかな?」
メイヤーは、笑顔で二人に問いかける。
「どうぞ、お続けください。」
「それから1年。街が豊かになれば、汗を流して報酬を得るより他人の財産を奪い取る方を選ぶ者も増えるというもの。現実として、この街もまた南で罪を犯した者どもの受け皿となっていると言わざるを得ない。」
「つまり、強盗団が再結成され始めている、って言いたい訳だ。」
「治安維持は、市井の人々が行政機関に最も求める事案だ。悪い芽は早めに摘むに限る。では次に具体的な話に入ろう。とある貴族の領内で古代遺跡が発見されてな、北王陛下直々の命令で発掘調査が行われておった。が、彼らを何者かが襲った。奴らの足跡は周辺を荒らしまわった後、遺跡へと続いていたそうだ。」
「つまり、調査隊を襲撃した後、遺跡に入り込んだ、と。」
「貴族の方は北王からの潤沢な資金援助で発掘調査を続けていた手前、調査隊全滅という醜態を晒す訳にもいかぬ。そこで、私に泣きついて来た訳だ。」
「なるほど、北の貴族の困りごとをアンタ個人の依頼という形に上書きした訳だ。で、その盗賊団は遺跡を根城にして周辺を荒らしているから退治しろ、と。」
「いや、そうではない。」
「違うのか?」
盗賊団は遺跡に入ったまま、出て来る気配が無いのだそうだ。周辺の村で略奪があったという報告も無い。」
「何だそりゃ。」
「話の途中申し訳ありません。その古代遺跡は、元は王族の墳墓であった可能性は?」
ソルディックは興味ありげに二人の会話に割り込む。
「ああ、現場の出土品からはその可能性は十分高い、との話は受けている。」
「て、事は・・・」
その言葉にケインは顔をしかめる。
「ミイラ取りがミイラに、という事じゃろうな。」
「もう、その遺跡の扉封印しちゃって、王様に『何もありませんでした。』でごまかせばいいんじゃないの?」
「でもシアナさん、未盗掘の古代王族の墳墓ってロマン感じませんか?」
満面の笑みを浮かべ、ソルディックはシアナを見る。
(コイツ、たまぁにバカになるのよね・・・)
「行こうよ、リーダー!」
「ティム?」
ティムは椅子の上に乗ると皆に目線を合わせ、胸を張る。
「ボク達は冒険者だ。危険な場所に眠る未知のお宝を手に入れる、それが仕事だろ?」
ティムは、目を輝かせてケインを真っ直ぐ見つめる。
「・・・そうだな。迷う必要は無い、か。」
「では、引き受けてくれるのかな、ケイン殿。」
「ああ。だがその前に知ってる情報は全部提示してもらうぜ。」
「勿論だとも。君達が発見した埋葬品に関しても、言い値で買い取らせてもらおう。移動手段の手配も、私の方で用意しよう。では、よろしく頼むよ、ケイン殿」
~~~
会合を終え、帰途に就くケインとシアナ。
「久し振りの御馳走だったね。」
「ああ。そういえば、お前が北の料理に文句言わないのも珍しかったな。」
「あの執事さんに細かく説明したら、文句なしの味付けにしてくれたわ。アタシには塩辛いのよ、北の料理は。チーズとワインは認めるんだけど。」
「南王領でも、さらに南の温暖な森林地帯出身だからな、お前は。」
「・・・何か浮かない顔してるわね。仕事引き受けて早まった、って思ってる?」
「いや、それは無い。むしろみんなが前向きに引き受けてくれて嬉しかったくらいだ。」
「じゃあ、その顔は何?」
「北王領の姓を買う気は無いか、とメイヤーから誘われた。」
「え、ケイン婿養子に行く気?!」
「じゃねぇ、って。最後まで聞け。先の戦争で北王領に組み込まれた村の出身の俺には姓が無い。腕っぷしが強かったおかげで、南王騎士団にまで入団する事が出来た。言っても兵卒だけどな。だから姓を持つ、ってのは俺にとっては戦士として一人前になった証みたいな憧れがあったんだ。」
「へぇ、アタシには姓なんて重たいだけだけどなぁ。」
「だが騎士団を退団して、今こうして何者でも無い冒険者として立っている。妹を探す、というお題目を上げてはいるが、正直見つかるとは俺も思っちゃいないんだ。だからこのまま自由に生きていくのも悪くない、そう考えていた。」
「でも、メイヤーからの誘いの話があった事で以前の憧れの感情が戻って来ちゃった、と。」
「姓を持てば、ギルドを抜けても北王領民として暮らしていける。しかし、この事はメイヤーに大きな借りを作る事になる。」
「アタシとしては、今のケインのままでいいと思うけど?」
「お前ならそういうと思ったよ。吐き出してすっきりした。ありがとう、な。」
「おーし、早く帰って嫌な事は全部お土産のチーズとワインのセットで吹っ飛ばそー。」
「早速飲むのかよ、それ。」
「い~のい~の(笑)」
~~~
一方、ティムとギームは2人で共に帰路に就いていた。
「美味しかったね、食事。満腹まで食べたのは久しぶりだよ。」
「そうじゃな。ワシには少々味が薄かったが、まぁ、有意義な食事じゃったかの。」
笑顔を浮かべるティムに対し、ギームは優しい声で問う。
「本当に良かったのか、ティム。あのメイヤーという男の話からも、墳墓を襲撃した盗賊団は、【ウロボロス】の残党の可能性が高い。そして、盗賊団が全滅したとも限らん。まだ墳墓のどこかに潜伏している可能性は十分ある。ワシはブロウニーからお主を預かった身として、たとえ相手が罪人だとしても、これ以上お主の手を血に染めさせる訳にはいかぬ。ワシはお主を全力で止めるぞい。」
「大丈夫だよ、ギーム。確かに【ウロボロス】の話が出た時、ボクの心は揺れた。でもそいつらを八つ裂きにしたところで時間が巻き戻る事は無い。今までも、ボクは多くの人を傷つけた。その度にギームやブロウニー、仲間のみんなに叱られた。ボクには理由が分からなかった。受けた傷は倍にして返すのがボクの流儀だったから。でも今は違う。仲間の言葉を信じる。そして仲間を裏切らない。」
「そうか。信じておるぞ、ティム。ワシらの息子よ。」
「うん。ありがとう、ギーム。」
月明かりが照らす中、二人は笑いながらそれぞれの住処へと返って行った。
出発日当日。
一行は、セバステが手配した馬車に乗り目的地まで向かう。日程は10日ほどを予定していた。一行は馬車に揺られながら、冬支度を始める北の風景を眺めていた。
「もう冬支度か。北はホント早いのね。」
「北は耕作期間が短いですからね。土地も余り肥沃とは言えない関係上、必然的に育つ作物も限られる。厳しい環境なのです。」
「だからと言って、肥沃な農耕地帯を多く所領する南王領の土地を武力で奪っていい道理は無ぇ。」
「それが政治というものじゃ。国が富を得る為の手段として武力を用いる事は、今に始まった事ではない。変えたいのであれば、国の内部から膿を出し切るのが一番の手じゃ。しかし、それは冒険者の仕事ではないの。」
「ああ、その通りだよ全く。」
シアナがケインの身体に身を寄せ囁く。
「ケイン、ティムがまた馬群を見たって。」
出立して5日ほど経った頃から、ティムから定期的にこちらに並走して走る馬群の情報を受けていた。
「この馬車自体、目立つ仕様だからな。野盗に目を付けられるのは想定内だったが、こう着かず離れずを続けられると、違う意味で用心する必要があるな。」
「違う意味?」
「シアナは気にするな。そこはリーダーの役目さ。」
ケインは軽くシアナの肩を叩く。
「うん、じゃあ任せる。」
目的地到着まで、後わずかのところまで差し掛かっていた。
~~~
長い行程を経て、一行は目的の墳墓に到着する。
「結局、野盗共は姿を見せんかったの。これぞ戦神の加護といったところか。」
ギームは旅の疲れも見せず、豪快に笑い飛ばす。
「はい、サボってないでキャンプの準備するわよ。」
さすがに疲れた様子のシアナがギームを窘める。
「さすがのエルフの嬢様も長旅にお疲れの様子じゃな。」
ギームは優越感に浸りながら、シアナを見やる。
「アタシ達エルフは繊細なの。」
「物は言いようじゃな。では始めるとするか。」
一行は墳墓を見下ろせる丘にキャンプを張り、一夜を過ごす事を決める。
天幕内。一行はソルディックから、埋葬された王族の時代背景について語る。
「古時代は王族の死に際し、配下の殉死の風習が強く残っていたようです。つまり、王族を守護する死者の兵が多く存在する可能性がある、という事です。」
ソルディックが用意した、墳墓内の想像図を元に明日の突入に向けての事前打ち合わせを行う一行。シアナとティムは生あくびをしながら聞くもそろそろ限界のようだ。
「そして押さえておきたいのが、死後の楽園への導き手として呪術師、今でいう僕のような魔術師が殉死させられていた、いう事です。」
「じゃあ、アンデッドでも魔法を使うものがいる、って事か。」
「通常は意思を持たないただのスケルトンになるんですけどね。ただ、その呪術師が望んで殉死を選んだ場合、意思を持って亡き主人を護る強力な存在、リッチになる時がある、と文献には記されています。」
「なら、盗賊団が全滅しても不思議じゃねぇ、て事か。イヤな汗が出てきたぜ。」
「ゴメン、ボクおしっこ行ってくる。」
張り詰めた雰囲気の中、ティムは限界を感じてソルディックに告げる。
「はい、どうぞ。僕の話もほぼ終わりましたし、ミーティングはここまでにしましょう。」
「うん、いってくる!」
大急ぎで天幕を飛び出すティム。
「なら、ワシもテントに戻るとするかの。」
「ええ、ゆっくり休んでください。明日はギームさんの力に頼る部分が大きいですから。」
「おお、任せておけ。」
ギームもまた、天幕を去っていく。
「なあソルディック。コイツすっかりおねんね状態なんだけど、置いて行っていいか?」
ケインは、自分の膝元で熟睡するシアナを指差す。
「ダメです。」
「だよな。」
~~~
「ひー、間に合ったぁ。」
恍惚の表情で己を解放するティム。
「そういえば、墳墓って言っても周辺は森なんだよな。」
ティムは丘を駆け下り、墳墓の近くまで立ち寄ってみる事にする。墳墓の周辺に調査隊の死体はすでに無かったが、白い石柱に飛び散った血痕が今なお生々しく残っていた。
「酷い事を・・するよな。」
「お兄ちゃん誰?」
「ひっ?!」
背後からいきなり声を掛けられたティムは思わず飛び上がる。
ゆっくり後ろを振り向くと、そこには年の頃9才前後の可愛らしい少女の姿があった。ただ、その姿は全体的に青白く光っており明らかに人とは違う“何か”である事は明白であった。
「き、君は?」
「私、リリー。パパとママと一緒にはっくつにきたんだよ。」
「あ・・・」
「ねぇ、お兄ちゃんの名前は?」
「ぼ、僕の名はティム。こんな夜にどうしたの?」
「パパとママを探しているの。リリー、お日様がまぶしくて夜にしか探せないんだ。」
彼女の言葉に、ティムの胸が締め付けられる。
「迷子になっちゃったのか。お家は近いのかな。」
「ううん、ずっと遠い。だから毎晩ここでパパとママを探しているの。そうだ!お兄ちゃんも一緒に探して?そうしたら、パパもママも見つかるかも!」
(ダメだ、この子に同情しちゃ。この子はすでに死んでいるんだ。)
リリーは手を差し出して、ティムに微笑む。
「行こ?ティムお兄ちゃん。」
「その手を握るな!ティム!」
ギームの怒声に反射的にリリーと距離を取るティム。
「どうして邪魔をするの、オジサン。」
「少女の姿で目を暗まそうとしてもワシには効かんぞ、ゴーストよ。」
「私はただ、パパとママに会いたいだけなのに、どうして邪魔するの!」
「安心せい、その望みなら神が叶えてくれよう。少女よ、汝の魂に祝福あれ。」
「あ・・・」
少女を白い光が包み込む。天上からたくましい戦神の手が少女を招く。それに伴い浮き上がる少女の霊。そして彼女から垂れ下がる銀色の糸に群がり引きずりおろそうとする無数の亡霊をティムは見る。
「ティム、お主のミスラル・ダガーで、そのシルバーコードを断ち切るんじゃ!それが彼女と亡霊を繋ぎ止める鎖、無垢な子供の思念を利用して仲間を増やす悪霊のやり方じゃ!」
ティムは、ギームの声に応じ短刀を抜きコード目がけ高く飛び上がる。
「うりゃああっ!!」
ティムの放った一閃は、少女と亡霊たちを見事切り離す事に成功した。亡霊たちは恨み声を吐きつつ地の底に沈んでいった。
「はっはっうあっ・・・。」
ティムは荒くなった呼吸を必死に整える。
「間に合って良かった、本当に。」
「リリーは、彼女は救われたんだよね。」
「ああ、彼女の魂は二度と悪霊の駒にされる事無く、無事戦神の元へ昇って行ったぞい。」
「ボクは・・・【ウロボロス】を赦せないかも知れない。ゴメン、約束したのに。」
「お主はまだ若い。そうやって迷い続けるうちに、進むべき道が必ず見つかる。皆そうやって大人になっていくんじゃ。」
ギームはティムを担ぎ上げると、天幕へと足を向ける。
「ち、ちょっと!ボク歩いて戻れるよ。」
「はっはっは、遠慮するな。中々無い機会じゃ、堪能しておけ。」
ギームの気遣いに気恥ずかしさを感じつつ、ティムは思う。
(ほんの少しの出会いだったけど、楽しかったよ、リリー。もし、【ウロボロス】の残党を見つけたら、必ず仇を討つよ。だからリリー、今は安らかにお休み。)
今日の語りはここまで。次回も君と語り合える事を期待しよう。
私の名は≪アンノウン≫誰も知らない物語を語る、語り部だ。
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