2.ウロボロス

 今日もここへ訪れてくれた君に、まずは感謝を。さて、今日語らせて頂くのは、一人の盗賊の男の物語だ。彼が何を選択し、どう決着を付けたのか。では始めよう、冒険者達の物語を。


この世界の大陸には、南北にそれぞれ人間の建てた王朝が存在し、数百年の長きに渡って争いを続けてきた。そして北王は、戦神(いくさがみ)を、一方南王は、豊饒(ほうじょう)の女神を崇め、それに伴い北王にはドワーフが、南王にはエルフが支持を表明した事で対立は激化、混沌とした時代となっていた。前回の両軍激突は2年前の事。結果は北軍が勝利し、最終的に南王領土の一部割譲で条約調印となり、一見穏やかな停戦状態が続いていた・・・

北王領域第二の都市ウォルフス。戦時には最前線となる位置に存在するこの都市は二年前の戦争による戦死者を弔う合同慰霊碑が建立されていた。そして、刻印された連名の一つを撫でる一人の男。

「また墓参り?」

そう男に声を掛けたのはエルフの少女。

「半分当たり、だな。」

男は振り返ると笑みを返す。

「お前と出会った時にも話したはずだ。俺はあの戦争で行方不明の妹を探している、と。」

「で、その為に勇猛で名を馳せる南王騎士団を退団した、と。」

「俺の故郷が戦場になる事は容易に想像出来た。だが、俺が持ち場を離れ救援に向かう事を上官は許さなかった。父母の亡骸は、逃げ延びた知人が確認していた。だが、妹クレミアは最後まで怪我人の介護で戦地に残ったままだった。」

振り絞るように語るケイン。

「神官、だったのよね。豊饒の。」

「ああ。そして南王軍は大敗した。結果、俺の故郷は北王領に組み込まれ、居場所を失った俺は冒険者稼業に鞍替えした。妹を探す為に。」

「うんうん、会ってから何度も聞いた話よ。それで、ここで雇ってた情報屋から何か手掛かりは手に入った?」

「いや、なしのつぶて、だ。」

自嘲気味に首を横に振るケイン。

「そんな暗い顔しないで。ケインの気の済むまで、アタシは付き合ってあげるからさ!」

シアナは、えっへん、と自慢げに胸を張る。

「“付きまとう”の間違いじゃないか?」

彼女の励ましに、苦笑交じりで答えるケイン。

「な、何よ、折角人が元気づけてあげてンのにさ!」

「悪い悪い。お前と出会えた事は感謝しているよ。」

「そう思うなら、今日一晩付き合いなさい。」

「?」

「そ、その結構いい値のスパークリングワインが手に入ったから、独りじゃ味気ないな、と思ってさ・・・。」

ここぞとばかりに上目遣いで甘い声を掛けるシアナ。

「いや、そもそも何でお前がここにいるんだ?」

「ほえっ?!」

「おととい、ギルドからお前に単独指名が入ったから、その間フリーにしよう、って話になっただろ?」

「あ、うん。そうだったね。」

視線を逸らし、うわの空で話を聞き流そうとする彼女。

「俺にクレームがギルドから届いていない以上、契約はそのまま履行されているはずだ。言え、代りに誰を送った!」

「あ、あははは・・・」

~~~

「つったくよぉ・・・何でお前なんだよぉ。」

一方その頃、とある酒場で頭を抱える一人の男がいた。年の頃は20代後半といったところか。流れるような金髪をまとめ上げたその出で立ちは、黙っていれば十分美男であるといえよう。

「そう言われましても、シアナさんとの代行契約は成立しておりますし。皆さんの足手まといにならぬよう、微力を尽くします故。」

そう言い、静かに一礼をする優男。

「良いではないですか。実力は私も耳にしております。お会い出来て光栄ですわ、ソルディック殿。」

頭を抱える男の傍に立ち、握手を求める女性。年の頃はおよそ20前といったところか。その物腰から、高い教養を受けた人物である事が伺える。

「ルフィアと申します。どうぞよしなに。」

「では、改めて。ソルディック=ブルーノーカーです。魔術師を生業としております。・・・

ところで、失礼ながら姓をお持ちなのでは?」

ソルディックの問いに、彼女はやや表情を曇らせつつも素直に答える。

「姓は、南王により剥奪されました。その為、今は名しか持たぬ一介の冒険者です。」

「分かりました。個人的な事ですので深くは問わないようにしましょう。」

「そうして頂けるとこちらとしても幸いですわ。」

2人の間に割って入ったのは、彼女と非常に良く似た顔立ちの女性だ。大きく違うのは、彼女より粗野だが、やや大人びた雰囲気を醸したしているところか。

「名はフィリス。姓は無い。元奴隷だ、ルフィアの家のな。彼女には世話になった、だからこうして行動を共にしている。弓には自信がある。以上だ。」

言葉がたどたどしいのは、満足に教育を受けられなかった事もあるのだろう。

「はい、こちらこそ。で、こちらの方が最後ですね。」

「クレミア。姓は覚えていない。豊饒の女神の神官を務めている。よろしく。」

淡々と自己紹介をする少女。だが、人々に慈愛を説く女神の神官としては余りに暗い印象を受ける。

「あー、チキショウ!! これで分かっただろう、シアナちゃんが来ていればオレにとって素敵なハーレムパーティーが完成するところだったんだ。」

「はい、どうせ邪な魂胆だろうから、と僕に話を持ち掛けられまして。」

「で、お前が代役で来た訳か。ちっ、魔術師不在はパーティの弱点だったところだったから追い出す訳にもいかねぇ。」

「では、改めてよろしくお願いいたします。」

爽やかに手を差し出すソルディック。

「なった以上仕方ねえ。オレの名はシュロス。訳あって今はルフィアちゃんの護衛役として同行している。よろしくな。」

渋々と握手を交わすシュロス。

「さて、案件に関して、僕は彼女から情報をもらっていません。改めて詳しくお聞かせいただけますか?ルフィアさん。」

「私が、ですか?」

驚いた様子でソルディックを見るルフィア。

「ええ、むしろ貴女が依頼人なのでしょう?」

ソルディックは微笑み、子に諭すように続ける。

「南王に姓を剥奪された、という件は目線を変えると、大きな失態を犯した貴族への懲罰に値します。例えば、戦で敗れ領地を敵に奪われた、とかね。」

「気づいておられましたか。」

「あくまでも僕の推測です。しかし、旅立つ前に気心の知れない男が同席する事は貴女にとっても不安なはず。ですが僕は冒険者です。北と南の闘争には関与しません。ギルドは常に国家には中立である事が原則ですから。」

「ありがとうございます。その気遣いだけでも貴方の気位の高さを知る事が出来ました。私の出自については日を改めてお話させていただきます。それでよろしいでしょうか。」

「ええ、もちろん。」

「この度の依頼は、父と懇意にしていただいた事もある、豊饒教会の司祭長様から直接承りました。そして任務を遂行した暁には、南王陛下へ姓を名乗る事への赦しを嘆願しよう、と。」

ルフィアは、自分の鞄から1つの巻物を取り出す。

「人相描き、ですか。まだ若い男性のようですね。」

「彼の名はバーグル。自称錬金術師です。」

「自称?」

「元々身体の弱かったこの男は、成長するにつれ薬学に興味を持つようになり、次第に自らの薬も調合をするようになったそうです。やがて病が快方に向かった彼は魔法と薬学による錬成に興味を持つようになりました。そして彼は禁忌を冒しました。静養先であった領内

の住民に自らの調合した薬を滋養薬として配り、住民を魔物に変えてしまったのです。」

沈痛な表情を浮かべ、語るルフィア。

「南王陛下は直ちに軍を動かし、魔物討伐を命じました。魔物達は手強かったのですが、何故か一定の領域内からは出る事をしなかった為、南王軍はバリケードを作り魔物が領域外へ逃げ出すのを食い止める策に変更しました。そして、命知らずの冒険者を雇う事でこの悪夢を食い止める方針に変更しました。・・・バーグルを生け捕る事を条件として。」

「何故です?この様な危険な人物と化した相手に、僕達の方が制約を受けるのですか?」

納得できない表情でルフィアを問い詰めるソルディック。

「彼の姓は伏せておりますが、バーグルは南王家の血を引く身です。数多の庶民の血よりも尊ぶべき存在。どうかご理解ください。」

深々とソルディックに首を垂れるルフィア。

「断ってもいいんだぜ?元々4人で行くことも考えていたんだ。」

横から投げやりな口調でソルディックを突き放すシュロス。

「そう言われますと、ますます断りづらくなりますねぇ。全力は尽くします。しかし、“生け捕り”は選択肢の一つにしてください。死んでしまっては元も子も無いのですからね。」

「ありがとうございます。ソルディック殿。」

ホッと胸を撫でおろし、ようやく笑顔が戻ったルフィア。

シュロスは、ソルディックと肩を付け小言で呟く。

「オイ、何で断らなかった?」

「生け捕るかどうかの選択は、時に生死を分けます。その時に果断な決断が出来る者がいなければ返り討ちの危険を払拭する事は出来ません。貴方は今の自分にそれが出来る自信が無いと知っている。だからシアナさんを誘ったのでしょう?彼女は人間のしがらみには程遠い存在ですからね。僕も自己犠牲にはほど遠い男なので、その点はご心配なく。」

一歩離れ、爽やかに笑みを返すソルディック。

「・・・気持ち悪いヤツだな、オマエ。」

「どうも(笑)そういえば、ルフィアさんは戦士、フィリスさんは狩人、クレミアさんは神官・・・シュロス君の職業は?」

「オレか?オレは盗賊だ。改めてよろしくな、魔術師さん。」

(盗賊、ですか。)

ソルディックは、壁に掛けられた装備群を見て思う。

(その割には、よく使い込まれてますねぇ。)

翌日。

一行は、バーグルの館を目指し足を進める。特に大きなトラブルも無く、南王軍がバリケードで包囲した領域までたどり着く事が出来た。

関所の門番が一行に答える。

「司祭長様からの書面、確かに受け取った。門を通る事を許可する。」

門が開き、一行は魔物の領域内へと進軍する。

「静かだな。」

フィリスが呟く。

「まだ、陽光が差していますからね。今のうちに館に侵入してしまいましょう。」

彼女達は足早に進み、程なく明らかな妖気を放つ館の前に立った。

「さて、どこから入りますか。」

ソルディックが仲間たちを見渡す。

「あ、正面からだろ?」

「正々堂々、正面からですわね。」

「めんどい、正面でいいだろ。」

「正面突破で。」

(あ、全員脳筋思考でした。)

ソルディックは嘆息すると、諦めたように答える。

「じゃあ、一発派手に扉を破壊しますかねぇ。」

「いや、最初は扉を調べて罠の有無の確認だろ?」

(そこはマニュアル通りなんですね・・・)

「わかりました、ではお願いします。」

シュロスは意気揚々と扉に近づき罠を調べる。

「罠は無いが一丁前に鍵掛けてやがるな。よ~し・・・」

シュロスは、ロックピックを取り出すと開錠を試みる。

カチカチ・・・ポキン!、カチカチ・・・ポキン!

面白いようにピックが減っていく。

「・・・どりゃぁ!」

痺れを切らしたか、シュロスは扉を蹴り破る。扉の奥の踊り場には複数のインプが目撃された。インプは奇声を上げ、シュロスに襲い掛かってくる。

「はい、いらっしゃいませぇい!」

シュロスは腰に下げた2本の長剣を抜くと、インプ達を瞬く間に切り刻んでいく。

「私達も続きますわよ!」

「りょーかい。」

「承知しました。」

一人取り残されたかのように、立ちすくむソルディック。

(これが彼女達の流儀、なのでしょうね。勢いに吞まれないよう気を付けましょう。)

そしてゆっくりと、彼女達の後を追うのだった。

館の中には“人間”の姿は無く、異界から召喚されたと思われる魔物達の巣窟となっていた。

シュロスの剣捌きは、乱戦に特化した戦法といえた。片方の剣で敵を攻撃を受け止め、もう片方の剣で敵を斬りつける。そして弱った敵をルフィアの剣とフィリスの矢で確実に仕留めていく。

(・・・後は、彼女ですか。)

「クレミアが気になるかい?お兄さん。」

フィリスがソルディックに尋ねる。

「そうですね。僕の知っている豊饒の女神の神官の情報とはだいぶ違いますからね。」

クレミアはただ一人、大型の魔物であるミノタウロスと対峙していた。そして彼女の手には、

その体躯には似つかわしくない、自身の身長をも超える長さの大鎌。

「心配する必要はねぇぜ。彼女は『ハーベスター』だからな。」

粗方の敵を片付けたらしく、シュロスとルフィアも戻ってくる。

「『ハーベスター』?」

「文字通り、『刈り取る者』。女神の慈悲に従い抗う敵を刈り取る神官戦士です。司祭長様が私の護衛として招聘して下さったのです。彼女の戦いから私も多くの戦術を学びました。」

ルフィアが誇らしげに語る。

「そうでしたか。いや僕もまだまだ勉強不足だったようです。」

(それにしても・・・)

ソルディックは眉を顰める。

(あれは、本当に『人』なのでしょうかね。)

ミノタウロスとの闘いは、一方的な形でクレミアの勝利で終わった。

魔物の返り血を浴びても何一つ動じる事も無く、むしろ楽し気な笑みを浮かべ一行の元に戻るクレミア。

「次に進みましょう、ルフィア様。バーグルの用意した宴は、まだ始まったばかりです。」

一行は奥へと進み、バーグルの書斎に入る。

『ウィル・オー・ウィスプ、光の精霊よ。汝我らを照らし安息の時間をもたらさん。』

ソルディックは呪文を唱え、部屋全体に光の結界を張り巡らせる。

「1時間ほどですが、この結界に魔物が寄り付く事はありません。少し休憩を入れましょう。それとこの休憩の後、皆さんに“遅行”の呪文を唱えます。この呪文には毒の効果や空腹感を緩和する効果があります。少なくとも今日1日は、毒に冒されず何も食する事無く全力で戦う事が出来るはずです。」

「へぇ、そりゃ有難い。さすが魔術師ってところか。」

「では、この時間を使って僕の疑問に答えていただいてもよいでしょうか、シュロス君。」

「あん?何を聞きたいんだ。」

「ギルドの職業登録は申告制です。ですから誰がどの職業を名乗ろうとギルドは関与しません。ですが、君の盗賊としての技量はお粗末としか言えない。」

「何が言いてぇ?」

「逆に君の剣技は素晴らしい。どこのパーティに入っても前線で戦う事が出来るしょう。何故、戦士として登録されていないのです?いや、出来ないのでしょう、素性を掴まれてしまえば、君は間違いなく死罪。」

「?!」

「何を言っているのです、彼はそのような野蛮な殿方ではありません!」

ルフィアは、ソルディックの前に立ち発言の撤回を求める。

「彼は死罪になりませんよ。国が変われば法も変わる。事件を起こした犯罪者が他国へ逃亡するのはよくある事です。単に彼は出来の悪い盗賊、それだけです。」

クレミアが冷ややかな声でシュロスのフォローをする。

「確かにコイツは女にだらしない。が、腕は立つ。だから私達は行動を共にする。過去に捉われていたら私は生きてはいけない。」

フィリスの素直な言葉にソルディックは苦笑する。

「負けました、僕の降参です。ただ一つだけ言わせてください。シュロス君、君の正体は【ウロボロス】でしょう?以前、北王領で暴れ回った強盗団の大将がそう呼ばれていました。」

「だとしたら?」

「今、君自身の強固な意志で眠っている【ウロボロス】ですが、このまま死地を戦い続ければいずれ目覚める時が来ます。警告です、剣を捨てるのです。」

「ご忠告どうも。悪いが、オレにもオレの生き方がある。・・先に休ませてもらうぜ。」

シュロスはブランケットに包まると、一人仮眠を取る。

「まだ危険がある最中、お時間を取らせてしまったみたいですね。皆さんも休憩をお取りください。僕の方は大丈夫ですので。」

「あの、ソルディック殿、先程の話は本当なのですか?」

ルフィアは恐る恐るソルディックに尋ねる。

「今は忘れてください。いずれ彼の方から語るはずです。」

「わかりました。では少し休ませていただきます。」

~~~

休憩を終え、一行は書斎の捜索を行う。

「よーし、探索なら任せておけ!まずは、どうせ本棚の奥にレバーが合って、引くと地下への入り口が開くんだろ?オレは良く知ってるんだ。」

早速、書斎の本を取り出し始めるシュロス。

「シュロス君、そのレバー、こちらの本棚にありましたよ。」

「早っ!てか、何でお前の方が簡単に見つけられるんだよ。」

ややケンカ腰にソルディックを怒鳴りつけるシュロス。

「何故と言われましても、魔術には“探知魔法”と呼ばれる捜索用魔法がありますので、はい。」

「改めて魔法の万能ぶりに驚かされますわ。」

「いえいえ。皆さんのフォローが無ければ、戦闘時の魔術師は案山子同然です。僕にはクレミアさんのように肉弾戦をしつつ魔法を唱える事は出来ませんから。」

「・・・おい、レバー引くぞ魔術師。」

「あ、はい。どうぞ。」

ゴゴゴ、という壁を擦る音と共に書庫が動き地下への階段が姿を見せる。

「まだ時間の猶予はありますが、結界を解きます。皆さん、戦闘準備を。」

ソルディックの掛け声に合わせ、全員がそれぞれの武器を取る。

「クレミアさん、例の大鎌はこの通路では使えそうにありませんが、武器はお持ちで?」

「心配ない。アレは召喚魔法のようなものだ。いつでも使える。」

「そうですか。では、ウィスプの光に従って進んでください。道筋を照らしてくれます。」

ウィスプに続き、階段を下りる一行。先には2人並んで進むのがやっとの広さの回廊があった。奥からは再び魔物達の嬌声が聞こえてくる。

狭い通路での戦闘では、シュロスの利点である二刀によるリーチの長さは生かしにくい。

だが、それを補って余りあるモノがあった。クレミアの体術である。

「素晴らしい。まるで彼女の舞に魔物が吸い寄せられるかのようです。」

「・・・そんなイイものじゃネェよ。」

「え?」

全ての魔物をねじ伏せた後、彼女は糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。

「クレミア!」

最初に駆け出したのはルフィアだ。彼女は涙目になりながらクレミアを叱る。

「何故いつも無理をするのです!貴女は私の従僕ではないのですよ。」

「・・・知っています。」

クレミアは呻きながらも、回復魔法を自らに唱える。

「私は、この瞬間がとても楽しいのです。邪悪な魔物をこの手で、脚で、刃で踏みにじる、

この瞬間が。だから貴女も邪魔をしないでください。」

「・・・戦闘狂、という事なのでしょうか?」

ソルディックの呟きにシュロスは答える事無く、一行は先に進む。

~~~

しばらくすると、一行は錬金術の研究室と思われる場所に思われる。普通の研究室と違うのは人が十分に浸れるほどの泉が沸いている事だ。コンコンと湧き出る清水に、思わず唾を飲み込むルフィア。

「まぁ、こんな場所でこのような清らかな水が。」

フラフラと泉に近寄るルフィア。

「落ち着け、ルフィア。」

止めたのはフィリスだ。

「よく考えろ。このダンジョンでは何も口にするな、とソルディックに言われたはずだ。」

「そ、そうでした。」

「どうやら幻影の魔法が掛かっているようですね。・・まやかしよ消え去れ、“解呪”!」

ソルディックが解呪の呪文を唱えると、立ちどころにそれはドロドロに濁った液体に変わった。時々手の様な何かが現れ虚空を掴む仕草をしている。

「どうやら魔物のなりそこない、のようだな、こりゃ。」

「・・・放っておいても害を為すだけだ。魔法で泉ごと浄化する。」

クレミアが浄化魔法を唱えようとすると、シュロスがそれを制する。

「待て、クレミア。こいつに関して、ちょいとオレに預からせてはもらえねぇか?」

「何か使い道でもあるのか?」

「なあに、“盗賊のカン”ってやつよ。」

「・・・いいだろう。だが、もしお前のカンが下らないものなら、即座に消す。」

「ありがとよ、クレミアちゃん。」

一通り探索した後、一行は最下層へと向かう。

~~~

最下層。

地下深くとは思えないアーチ状のホールの床に刻まれた魔法陣。それを前に魔法書を片手に邪悪な魔法語(ルーン)を読み解く、やせ細った一人の男。遂にバーグルを見つけた一行はホールの中へと進む。

「ようやく来たか。主(あるじ)は待ちわびたぞ。早く我の僕達と戦わせよ、とな。」

「バーグル殿、貴方の犯した罪は貴方自身で償う他は無い。お覚悟を!」

「下賤の身で俺に説教か。ならばその罪そのまま返してやろう。出でよ、ヒュドラよ!」

バーグルの声と共に現れる、三つ首の竜に似た魔獣。ヒュドラだ。

「散開!」

ルフィアの掛け声に合わせ、散開するパーティ。

ヒュドラの最大の攻撃手段はその口から吐き出す毒の息だ。幸いにも遅行の呪文のおかげで一行は毒を気にせず戦う事が出来た。しかし、だからといって物理的な噛みつく力が弱い訳では無い。激戦が続く中、シュロス、クレミアがそれぞれ1本づつ首を落とすも、後1本になかなか手が届かずにいた。

「やれやれ、この程度で手こずっていてもらったら困る。まだ次が控えておるというのに。」

「安心してください。次はありませんから。」

「!?」

パーグルの背後に立ち、笑みを浮かべるソルディック。

「な、なぜ?貴様はあそこに立って・・・幻影かっ!」

「自分が設置した罠に対して、何故相手が使ってこない、と考えたのです?」

「ま、魔物の召喚を・・・」

「先制権(イニシアチブ)はこちらにあります。だからこそ潜んでいたのですからね。」

ソルディックは、すでに次の呪文の詠唱を終えていた。

「魔術師の戦いは、如何に正体を悟られないか、に付きます。その意味でもアマチュアです、

“本の悪魔”さん、・・・その身、灰塵に帰せ“塵芥(じんかい)”!」

ソルディックの指から放たれた光線がバーグルの持つ魔法書を穿つ。すると穿孔はたちまちのうちに拡がり魔法書を破壊していく。

「カ、カラダが、オレのカラダが崩れて・・・。」

魔法書が完全に消失すると、バーグルは意識を失いその場へと崩れ落ちる。

「バーグルさん!」

ソルディックはバーグルの肩を抱き、彼の意識を確かめる。

「・・・大丈夫そうですね。皆さん、バーグルさんは無事です。」

ソルディックは一行にバーグルの無事を伝える。

「ありがとうございます、ソルディック殿!」

ルフィア達の方も時同じくしてヒュドラ討伐を完了し、クレミアの治療を受けていた。

かくして一行は、魔術師バーグルの生け捕りを成し得たのであった。

~~~

バーグルはすっかり毒気の抜けた青年となっており、事の詳細を一行に語った。

「始めは薬学の延長で魔術を学びました。次第に錬金学にものめり込むようになり、館の地下に研究所を設けました。」

「さすが王家のお坊ちゃまだ。道楽にも規模が違うな。」

「シュロス、今、彼を茶化す事は私が許しません。」

「へいへい。」

「バーグル殿、続きを。」

ルフィアに諭され、話を続けるバーグル。

「ある日、手に入れた書籍の中に何故か私を強く惹き付ける本がありました。本を手にして

開いてみると、その扉絵には禍々しい悪魔の絵が描かれていました。私が覚えているのはここまでです。栄えある南王の領民である村人を毒殺するなどと・・・そのような惨い事がどうして私に出来ましょうか。」

「どう思う?ソルディック。」

シュロスがソルディックを見やる。

「彼の実力は研究者レベルの魔術師です。無から有を生み出す錬金術の様に魔物を作り出したのは、彼の実力では難しいでしょう。バーグルは“人を魔に導く書”・・・『魔導書』に囚われた被害者、と言ってよいと僕は思います。」

「なら後はルフィアの判断だな。オレはお前の選択に従う。今まで通りに、な?」

軽くウインクをルフィアに投げかけるシュロス。

「似合わない芸はやめろ。私もシュロス同様、貴女に従う。見逃すのならそれでいい。」

シュロスに釘を刺しつつ、フィリスはルフィアを元気づける。

「司祭長様の元へ貴女を無事帰すのが私の使命です。それまでは貴女に従います。」

例の如く、感情を交える事無く淡々と答えるクレミア。

ルフィアは意を決したように、バーグルの手を優しく握る。

「バーグル殿。貴方は罪を犯しました。私は司祭長様の元へ貴方を送らねばなりません。

ですが、罪の赦しを請う為、私は最大限の弁護をします。了承していただけますか?」

「・・・貴女だけでも味方でいてくださることを、私は幸運であったと思います。」

ルフィアはソルディックの方に向くと、懐から幾ばくかの宝石を渡す。

「これは、今回の件に対する私からの報酬です。ソルディック殿のお力が無ければバーグル殿を魔物から救う事は出来なかったでしょう。ありがとうございました。」

丁寧に一礼をするルフィアに対し、ソルディックは笑みを浮かべ優しく返答する。

「いえ、契約はまだ満了していません。皆さんが安全圏に入るまで同行させていただきますよ。僕は南部の旅をもう少し満喫して帰るつもりです。」

「では、一度館に戻って休憩をしてから、帰途の準備を整えましょう。」

ルフィアの声に一同は頷くと、ホールを後にする。

~~~

その夜。

研究室、泉の間。傍らに立つ、鎖帷子に身を包んだ女性、クレミアだ。

その対面に立つのは、双刀の盗賊、シュロス。

「用件を聞かせろ。パーティの方針はルフィアが決めたはず。お前が私に話す事は何も無いはずだ。」

「ああ、今回クレミアに用は無い。あるのはクレミアに憑りついている守護霊様、テメェだ。」

そう呼ばれたクレミアの口角が上がり始める。そしてその美しい顔が酷く歪み、悦に浸る表情を見せる。

「ほう、ワシの存在を知っておるか。如何にもワシが女神の名の元、このクレミアに力を授ける命を賜りし守護霊『ハーベスター』よ。この度の戦い、実に見事な働きであったと女神も喜んでおられるぞ。」

「そりゃどうも。だが生憎オレは豊饒の女神の信徒じゃないんでね。ここに呼んだ理由は

ただ一つ。クレミアを返してもらう。それだけだ。」

「それは聞き入れ得ぬ話じゃな。ワシはまだ、この現世にて徳を積み切ってはおらぬ。故に、この娘の身体を借りて、蔓延る邪悪を刈り取る宿命にあるのだ。」

「うるせー!勝手な事を言ってんじゃねーよ!」

怒気に満ちた声で『ハーベスター』に対しシュロスは言葉を続ける。

「テメェは、一切痛みを感じちゃいねぇだろ?そして、その徳ってヤツを積んだらテメェは彼女を見捨てて勝手に成仏するんだろう?オレは戦場で見てきたぜ、彼女達の死に様をよ。」

「ならばどうするね。ワシの体術の腕前はお前が良く知っておろう?」

「ああ、勝てねぇな。確かに。」

ジリ、ジリ、と間合いを詰める2人。

カララン。シュロスは自らの武器を投げ捨てる。

「何を・・・?」

「こうするんだよ、守護霊様ぁ!」

シュロスは低姿勢のままクレミアにタックルを掛ける。その行先は・・・

「バカ者め!泉に落ちれば貴様も魔物に喰われるぞ!」

「そいつは、どうかなっ!」

ザブン!魔物の泉に落ちた二人。

するとどうだろう、クレミアの背後から徳の高そうな老人の霊が浮かび上がってくるではないか。

「良かったなぁ、オレ達みたいな徳の低い魂よりもそっちの方が美味いってよ。」

「な、ワシが、ワシが喰われるというのかぁ!」

魔物達は老人の霊を喰らいつくすと、浄化され次々に天に昇って行った。

「全く、こんな可愛い娘をよ。ボロボロじゃねぇか。」

シュロスはクレミアの頬を優しく撫でる。

「終わりましたか。僕の手伝いは不要でしたね。」

「ああ、連中には頼めない事だったしな。」

彼らの会話の途中、クレミアが目を覚ます。

シュロスの顔を見ると、キョトンとした顔をした後、満面の笑みでシュロスに抱きつく。

「お、おいどうした急に?」

「お兄ちゃん!やっと会えた、クレミアずっと寂しかったんだよぉ~。」

「は?!」

その様子にソルディックは苦笑しつつ、クレミアに尋ねる。

「クレミアさん。良ければ、そのお兄さんの名前を教えていただけますか?」

「うん、ケインお兄ちゃんだよ!」

「ケ、ケイン?おい、ソルディック、説明しろ、説明!」

クレミアに懐かれ、右往左往するシュロス。

(幼児退行に刷り込み、ですか。さて、戻ってからケイン達にどう説明しましょう。)


今日の物語はここまで。この盗賊の選択、楽しんでいただけただろうか。

ではまた近いうちに語る機会ある事を祈ってくれたまえ。

私の名は≪アンノウン≫。誰も知らない物語を語る、語り部だ。



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