両極端

両極端

　彼女が笑みを浮かべているところを、私は見たことがない。

　そもそも、彼女が何に対して喜びを見出すのかさえ、私には分からなかった。

　優等生である彼女は常に冷静で、無駄な行為に及ぶことはほとんどない。

　自身にとって有用かどうかを見極め、価値が無いものに対しては無関心を貫いている。

　彼女と親しい人間が存在していないのは、他者というものが己の時間を奪う存在であると彼女が考えていることが理由なのではないかと思っているが、真偽は不明だった。

　彼女の姿を目で追っていると、隣に立っている少女が私の腹部を小突いた。

　おそらく、自分と過ごしているにも関わらず他の異性に意識を向けていることが気に入らないのだろう。

　私は少女に頭を下げ、仲間たちが集まっている場所へと向かうことにした。

＊＊＊

　彼女からすれば、私は不要な存在なのだろう。

　それは、私も理解していることである。

　学生であるにも関わらず勉学に励むことなく、仲間たちと集まっては、たわいない会話を繰り返し、時には他の学校の不良たちと拳を交える。

　このような時間は、学生だからこそ許されているものなのだろうが、一刻も早く抜け出す必要があるのではないかとも考えている。

　だが、今さらどのように過ごせば良いのか、私には分からなかった。

　彼女を見習えば話は早いのだろうが、それにしてはあまりにも能力に差が存在している。

　その差を少しでも埋める努力をするべきだったのだが、その行為に及ぶことに対して気恥ずかしさを覚えてしまい、結局は眼前の享楽に身を委ねていた。

　そのような私の姿を目にしたとしても、彼女は嘲笑すらしないだろう。

　塵は、塵でしか無いからだ。

＊＊＊

　ある日、仲間たちとの集合場所へと向かうと、其処には彼女の姿が存在していた。

　衣服が乱れ、傷が存在し、意識を失っていることから、仲間たちが彼女に対して乱暴を働いたのだと即座に理解した。

　しかし、仲間たちは彼女に意識を向けることなく、常と変わらぬ時間を過ごしている。

　まるで彼女のことが目に見えていないかのようだった。

　近くに立っていた仲間の一人に事情を訊ねると、彼は私を連れ出してから、その口を動かした。

　いわく、仲間の一人が彼女に愛の告白をしたものの、ただ断られただけではなく、如何に自身と交際するに値することがない無能な人間であるのかを、彼女が滔々とまくし立てたらしい。

　その行為が相手の怒りを買うことは当然であり、彼女はこの場所まで連行されると、如何に己が無力であるのかを知らされたということだった。

　だが、彼女が然るべき機関に訴えた場合、徒では済まないだろう。

　私がそれを問うたところ、仲間の一人は首を横に振った。

　彼女がその身を汚される様子は、映像に記録されているとのことだった。

　ゆえに、彼女が他者に訴えた場合は、己の痴態が公のものと化すということである。

　そのようなことを彼女が心から気にすることはないだろうが、生きていく上で何らかの障害と化すことを思えば、口を閉ざす可能性は高い。

　このような点においては知恵が回る仲間たちは、害悪以外の何物でもなかった。

＊＊＊

　彼女は毎日のように呼び出されては、その肉体を汚され続けた。

　同性の仲間たちは目を背けるものだと思っていたが、むしろ嬉々として、共に彼女の肉体を傷つけていた。

　その光景を眺めながら、私は当然ともいえることに気が付いた。

　どれほど住む世界が異なっていたとしても、互いに人間として生きている以上、手が届かないわけではないのだ。

　遥か上空を飛翔していたとしても、その脚を掴まれ、地に引きずり落とされてしまえば、逃げることが出来なくなってしまう。

　彼女は別世界の人間だと思っていたが、結局は、私と変わらぬ人間だったのだ。

　途端に、私は全てが馬鹿馬鹿しくなってしまった。

　どれほど優秀で、社会にとって必要な存在だったとしても、捕らわれてしまえばそこで終了なのだ。

　学生という若いうちにそのことを知ることが出来て良かったが、彼女に対する同情は全く無かった。

　力が無い人間は敗北するという、ただそれだけの話だったからだ。

＊＊＊

　借金の返済期限を守ることができなかった人間を自動車に押し込み、運転手から金銭を受け取ると、帰宅するために駅に向かった。

　駅前に到着したところ、何やら騒がしかった。

　見れば、下着姿の女性が刃物を振り回しながら、奇声を発していたのである。

　制服姿の人間が捕らえようとしている姿を、人々は固唾を呑んで見守っていたが、私はその中に加わることなく、改札口を抜けていく。

　自分の生活において、交わることがないような人間と接触すればどうなってしまうのかということを、私は彼女から学んでいたからだ。

　私は、彼女から様々なことを学んだが、彼女は私から、何を学んだのだろうか。

　電車を待ちながら天を仰ぐが、返事は無かった。