きっと恋に近い気持ち
魔獣との対面を終えて建物を出ると、王女はにっこり笑ってエルピディオに言った。
「これから、あなたの家にお邪魔するから」
宰相と大臣は苦い顔をしている。王女は、私達と一緒に帰る為に馬車ではなく馬で来たと言う。宰相と大臣もそれに付き合わされたようだ。
「私、魔道具を作るのが趣味なの。あなた、面白い物を作るって聞いてる。詳しく聞かせてくれない?」
エルピディオは戸惑った顔をしているけれど、まさか王女様のご希望を断る訳にもいかず、私達は馬を並べて走る事になった。
「じいさん達は置いて行くわよ」
王女は笑顔で颯爽と駆けて行く。エルピディオと私は、遅れる宰相と大臣を気にしながらも、王女の後を追って駆けた。
エルピディオの家に戻ると、何やら騒ぎになっていた。どうやら、王女が大量の魔道具や回路を運ばせたらしい。広間はすっかり魔道具工房のようになってしまった。
王女と、エルピディオの弟たちも一緒になって、魔道具の回路を組み立てて試す。王女は魔力が強くないので、エルピディオの弟達に自分が組み立てたものを試させている。
(ブロイが、私に試させる時と同じだ)
王女が熱中する様はブロイとよく似ていた。ブロイはいつも、試作中の魔道具を私に試させる。魔力が多いから、何度でも試せて便利だと喜ぶ。私は放課後にブロイとクレマンと一緒に作業していた事を懐かしく思った。まだ十日も経たないのに、もう数か月も前の事のように感じる。
結局、王女は数時間では納得せず、彼女の強い強い希望に応えて、私は滞在を一日延ばす事になった。翌日も朝から王女は魔道具作りに熱中する。
「せっかく滞在を延ばしたんだから、どうしても見せたい所があるんだ」
エルピディオの熱心な働きかけで、王女は渋々、数時間だけ離れる事を許してくれた。
◇
「王女は、君の学校の魔道具好きの友達と似てるな」
「私もそう思ってた」
細かい回路ばかりを見ていたので、少し肩が凝った。外の空気を吸って、思いきり体を伸ばした。
「帰るのが遅れてごめん。早く、学校に戻りたいだろう?」
「一日くらい平気よ」
エルピディオが見せたい所は、馬で少し駆けた所にあると言う。町から離れた小高い山を上った。
「ここだ」
目の前に広がる景色に声を失った。遠目に見える深い青。
「これが、海⋯⋯」
私の国は海に面している土地がとても少ない。魔術院から東に伸びる国土を馬車で二か月以上進まないと見る事すら出来ない。往復に四か月も使えないので、学校に来る前の旅の目的地から海は外した。
「ありがとう。一度見てみたかったの」
海を見たかったとエルピディオに話した事があっただろうか。学校に来る前の旅の話をした事があった気がする。その時に、もしかしたら話したのかもしれない。
そんな、一度話したかどうかというような内容を覚えていてくれたのだろうか。私は少し泣きそうになる。
馬を木につないで、海が良く見える場所に腰掛けた。静かに眺め続ける私を、エルピディオはそっとしておいてくれる。
「海を見れるとは思わなかった。もう、生涯見る事はないと思ってた」
エルピディオは、深くため息をついた。
「この国に来たら、いつでも見れるよ。他にも行きたい所に行けるし、会いたい人にも自由に会える。――でも君はもう、決めてるんだろう?」
何の事かは聞かない。分かっている。
「私の中で『あの方』は揺るぎない存在だと改めて感じた」
私はエルピディオに視線を向けた。彼は海に視線を向けたままだ。
「私のような仕え方をする人がいなくても、レオン王国は魔力が整って満ちているわ。国や魔術院や、ましてや『あの方』が私を必要としているかではなく、私が『あの方』から離れられない」
全てを捨てても一緒にいたいと思うか。その答えは『捨てられない』、レオン王国の魔獣の王に会って思い知った。
「君と魔獣の王の交流を見て思ったんだ。僕が思っていたような交流じゃなかった。君が心から魔獣の王を大切に思っている事が分かった」
エルピディオは私の方を向いて、寂しそうに呟いた。
「僕には邪魔出来ない」
「ごめんなさい」
彼は立ち上がると、もっと近くに座り直した。
「謝るなよ。魔獣の王に勝てるほどの魅力が僕に無かっただけだ。あの王子とか、朝の祈りの男の方が好きだと断られたら、絶対に諦めないつもりだったんだけどな」
「レアンドルとクレマン?」
私はおかしくなって笑った。
「彼らとは、そんな関係じゃないわよ。でも、あなたの求婚は嬉しかった。ありがとう。そんな気持ちを持ってくれた人は、生涯であなただけだわ。ずっと忘れない」
目に涙がにじむ。恋は出来なかったかもしれないけど、多分、それに近い気持ちは理解出来たと思う。楽しいだけじゃなく、この寂しい、苦しい気持ちもきっと恋の仲間なのだと思う。こんな気持ち、今まで感じた事がない。
「ありがとう」
もう一度言うと強く手を握られた。そのまま二人で海を眺めた。
◇
ようやく王女が満足してくれて、私は自分の国に帰る事になった。出立の朝、エルピディオの家族が見送ってくれる。末の弟のリルディオは、涙を流して別れを惜しんでくれた。
私が結婚の申し出を断った事を知っているのだろう。お母さんは少し寂しそうな顔で私を抱きしめてくれた。
このままお別れかと思ったエルピディオは、私の国まで送ってくれると言う。遠慮したけど『僕が行きたいんだ』と譲らなかった。
別れが迫っているとお互いに分かっているから、暗い雰囲気にならないよう、ことさらに明るい話題を選んで話した。何かを言われているのか、護衛の兵たちは、行きよりも少し離れた所を走る。
戻ったら王宮に行って、宰相やエタン様に報告をする。それで私の役目は終わり、学校にまた戻る。
ルアナやマルミナはどうしているだろうか。クレマンとブロイと一緒に魔道具工房で作業している最中に、敵国の襲撃を察知して飛び出して来た。そのまま二週間以上も戻らない私を二人は心配しているだろうか。レアンドルと話をしたら、宰相の顔が頭をよぎりそうだ。
学校に戻った自分を想像してみても、なぜか以前のように楽しい気持ちにはなれなかった。
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