家族のかたち

 入るなり、私は彼の家族に取り囲まれた。


(わあ! 大きい人たち!)


 残りの弟たち3人は、私よりも背が高く体が大きかった。細身のエルピディオとは違い、騎士のように筋肉で覆われた大柄な男性に囲まれてしまい、私は挨拶の言葉すら忘れて立ちすくんでしまった。


 その男性達を押しのけて、線の細い女性が現れた。


「ようこそ、レオン王国へ。そして我が家へ」


(エルピディオのお母さん?)


 髪の色は違うけれど、薄いすみれ色の瞳はエルピディオと同じだ。柔らかい雰囲気もよく似ている。


 更に後ろから、弟たちよりももっと大柄の男性が現れて、私に握手の手を差し出した。


「よく来てくれた」

「初めまして、フィ、フィルーゼと申します」


 練習した事も全て忘れてしまったし、緊張で視界がぐらぐらする。差し出された握手に応えようとすると、先に力強く握られて、ぶんぶんと振られた。


(国王に拝謁する時よりも緊張する!)


 全員に間近でじっと見られて、どうして良いか分からない。ちゃんと挨拶をしなければならないのに言葉が出ない。全身が熱くて仕方ない。


「ちょっと、どけよ! フィルーゼが怖がるだろう!」


 いつのまにか押しのけられていたエルピディオの声が、弟たちの後ろから聞こえる。リルディオがいつの間にか私に抱きついて、後ろを向いて別の弟に言う。


「兄さんじゃなくて、僕が結婚してもらう事にしたんだ」

「え? そうなのか?」


 混乱を治めてくれたのは、お母さんだった。


「はい、はい。全員3歩下がりなさい。ほら、あなたもフィルーゼさんの手を離して」


 全員がお母さんに従って3歩下がってくれた。私は何度か深呼吸をした。緊張のあまり練習してきたレオン王国の言葉は全て忘れてしまった。仕方ないので、自分の国の言葉で挨拶をする。


「初めまして、フィルーゼと申します。エルピディオ様には、ソリーヌ王国の危機を救って頂きました。国を代表致しまして、ご家族の皆様にもお礼を申し上げます」


 私の国流ではあるけれど、最も深い謝意を表す礼をする。なぜか、皆が『おお!』と歓声を上げて、また私に近寄ろうとしてお母さんに制される。


「何で全員いるんだよ。仕事も学校もどうしたんだよ!」


 エルピディオが不貞腐れたように後ろで言う。


「久しぶりにお前が帰って来るのに、仕事している場合じゃないだろう」


 お父さんが言って、エルピディオの頭をわしわしと撫でた。それを合図に、家族みんながエルピディオの周りに集まってもみくちゃにした。


「やめろよな」


 言いながらも、エルピディオの顔には嬉しそうな笑顔が浮かんでいる。


(家族って、こういう感じなんだ)


 形は違うけれど、魔術院の人たちも遠出から帰って来るとこんな感じで出迎える。学校に来る前に帰ったのが最後だから、もう皆と5か月近く会っていない。少し寂しくなる。


 お母さんとエルピディオは私を休ませようとしてくれたけれど、弟達は私の国でのエルピディオの活躍を聞きたがった。


「私は構わないけど、みんな久しぶりにあなたに会えて嬉しいんでしょう。お邪魔するのは申し訳ないわ」


 エルピディオに言うと、リルディオは、私にますますしがみつく。


「疲れてるのに申し訳ない。みんな君が気になって仕方ないんだ。少しだけ話に付き合ってもらえると助かる」


 困り果てた顔をするエルピディオは、やっぱり私の国にいる時よりも、ずっとくつろいでいるように見える。恐らく皆は、エルピディオが私の国でどう過ごしていたかが気になっているはずだ。私は少しお邪魔させて頂くことにした。


 気持ちの良い庭でお茶を囲む皆の目が、期待で輝いている。私はエルピディオが敵国の襲撃者をどのように退けたかを、一生懸命に伝えた。


 再襲撃があると的確に推測した事も、罠を仕掛けたおかげでそれを防げたことも、無事に襲撃者を捕獲出来た事も全て彼のおかげで、私は心から尊敬して感謝している。


 その思いもちゃんと伝わったようで、家族はみなエルピディオを誇りに思うような嬉しそうな顔をした。



 結局、夕食を終えた後までずっと、家族のお邪魔をしてしまった。私の国の宰相からもエルピディオからも、この家では魔術院を含めて全てを話して構わないと言われている。私は問われるままに、私の国の魔獣の事や魔術院についても話をした。


「どんな理由があれ、意思も感情もある人間を無理に外と隔絶するような行いは、我が国では許されない。両国の交流が生まれることで君の国も変わるといいな」


 お父さんの言葉には、ただ俯く事しか出来なかった。今まで当然だと思っていた事が当然ではない国。


「ほら、フィルーゼさんはお疲れですから、そろそろ解放して差し上げましょう」


 お母さんは、使用人に任せずに手ずから私の世話をしてくれた。文化が近いとはいえ、入浴の設備や道具など少しずつ違う。丁寧に教えてくれた。


 私の濡れた髪を乾かして漉きながら、お母さんは嬉しそうに笑った。


「一人くらい女の子が欲しかったのに、5人みんな男の子だったの。息子たちは可愛いけれど、やっぱり女の子のお世話は楽しいわ」


 お母さんは自分の事も話してくれた。魔力が強いという理由で縁談が持ち上がり、お父さんと引き合わされて最初は反発したそうだ。でも、国から依頼された魔力にまつわる仕事を重ねるうちに、気心が知れて愛し合うようになったと照れながら言う。


「大きくて不器用なんだけど、温かい人なの。エルピディオは私に似ているけど、温かいところはあの人にそっくりよ」


 お母さんは優しい手つきで私の髪を梳いた。彼が温かい人だという事は良く知っている。お母さんは息子と私の縁談をどう思っているのだろう。触れるのが怖くて、気になっている別の質問をした。


「レオン王国の人はみな魔獣の存在は知らないのに、強い魔力がある人間を厭わないのですか?」


 世界中で魔獣の王については、可能な限り明らかにしないと言う事が約束事として決められている。国によって徹底具合は違うけれど、少なくとも全ての国民に明らかにしている国はない。


 魔力の強い人間の扱いについては、国によって全く違う。


 魔獣と共に、魔力の強い人間の事も徹底的に隠す我が国と、明らかにするレオン王国。魔術院の年寄りからは、人々は異質な人間を排除しようとする。厭われて攻撃されて、魔獣や国土を守れなくなる事を防ぐため、徹底的に隠して守っていると聞いた。


「そうね。もちろん全ての人間が受け入てくれるわけじゃないわ。でもそれは、力が強い人や頭が良い人と同じ。誰もが、全ての人に好かれるのは無理でしょう? 魔力が強いというのも、その程度の事なの」


 エルピディオと同じ、薄い紫の瞳が温かく包み込んでくれる。


「ここの魔獣の王も、とても素敵よ。あなたの魔力は魔獣から感じるものとよく似ている。きっと、明日は上手くいく」


 私は気を引き締めた。


「少し怖いですけれど、楽しみにもしています。きっと受け入れてもらえると信じています」


 お母さんは私が眠るまでそばにいてくれた。幼い頃に年上のお姉さんが、雷を怖がる私に付き添っていてくれた事を思い出して、幸せな気持ちで眠りに落ちた。

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