襲撃犯との戦い
(来た!)
それは、町の工房で明かりの魔道具を改善している作業中に突然やってきた。私とエルピディオの仕掛けに敵が掛かった。
急に血相を変えて辺りを見回す私に、クレマンとブロイが不思議そうな顔をする。
「何だ。お前、どうしたんだ?」
「フィルーゼ?」
(これは⋯⋯ここから近い)
恐らくエルピディオも気がついているだろう。このまま仕掛けに向かう事にする。
「ごめん、私、行かなきゃ」
二人に言うとクレマンは何かを悟ったようだった。
「ここに、君の国からの使いがやって来た。君には急用が出来て、使いと共に王宮に向かった。そうだな?」
「ありがとう、そうなの」
「今日は寮には戻れるのか?」
「分からない。⋯⋯もしかしたら数日かかるかもしれない」
「俺は、それを学校に伝えるように、君に頼まれた。違うか?」
「うん、その通り。よろしくお願いします」
ブロイは自分の手元を見て作業を続けながら、独り言のように言った。
「助けはいるか?」
「ありがとう。必要ない」
クレマンは険しい顔をして、私をじっと見た。
「⋯⋯危なくないのか?」
「この前と違う。もう一人いる」
少しだけ顔を緩めて、でも寂しそうに言った。
「だから、魔道具二人分か。――また、明日」
前の時と同じ言葉。
「ありがとう。また、明日ね」
私もこの前と同じ返事をする。クレマンが少し微笑んで頷いてくれた。ブロイも、ちらりと心配そうな目を向けてくれた。私は工房を飛び出した。
◇
魔力抜き取り防止の魔道具は、常に持つように心がけていた。私は走りながら肩に掛けていた鞄から魔道具を取り出し、襟元に付けた。
(あ、エルピディオ!)
強い魔力を感じてすぐ、エルピディオが追い付いてきた。
「早いな。寮にいるかと思った」
「ううん。今日は工房にいたの」
エルピディオも懐から魔道具を取り出して襟元に装着した。お互いに目を見合わせて頷く。これは、魔力を抜かれる事を防ぐだけでなく漏れ出る魔力も抑える。意識的に魔力を発しない限り、敵に私たちの魔力が検知されにくくなる。
「上手く作動してるみたい」
「結婚して僕の国に来たら、魔道具の回路について教えてよ。僕も色々作ってみたくなった」
「あなたが、この国にいる間に教えてあげる」
敵の魔力を検知した仕掛けの近くまで来ると、私たちは息を整えてから慎重に動いた。気づかれないようにして相手を探す。
(感じる。あの魔力だ)
どういう魔道具を使っているのか、強い敵国の魔力がちらり、ちらりと現れる。隠そうとして、隠しきれていないという様子だ。
エルピディオと事前に決めておいたのは、魔力を込めた宝珠の存在を確認してから拘束する作戦。どうやって宝珠の魔力を隠しているのか分からない点が気がかりだ。
(いた!)
貴族の屋敷と屋敷の間、目隠し代わりの背の高い植え込みの隙間に人影が見える。ここと王宮の間には魔獣の王の魔力を強く発する小さな祠がある。その魔力を目くらましにして、ここに敵国の魔力を埋めるつもりなのだろう。
(馬鹿の一つ覚えね。前回の作戦が露見してるのに、同じ手を使うなんて)
犯人からは指示を全うするという意思を強く感じ、自ら何かを工夫する傾向が見られない。また同じ手を使うだろう、そう言っていたエルピディオの推測がぴたりと当たっている。
『同じ手が通用すると思えるだけの自信もあるということだ』
だから絶対に油断するなとも言っていた。私はごくりと唾をのみ込んだ。
緊張する私の手をエルピディオは一度ぎゅっと握って、軽く微笑んだ。大丈夫、私は目で伝えると行動に移った。
私とエルピディオは人影を挟んで対面する位置に潜んだ。
(あの人、様子を窺っている?)
人影はしばらく息をひそめてじっとしていた。ややあってから見回し始める。深く被ったフードが邪魔で顔が見えないけれど、小柄で華奢な体格はエルピディオが言うように女性に見える。
僅かな時間のはずなのに、異常に長く感じる。緊張しすぎて全身が心臓になったように、強く鼓動を感じる。
私の作った魔道具は上手く作動しているようで、人影は異常がないと判断したらしい。手のひらに収まるくらいの小箱を懐から取り出して開いた。
「――!」
強い敵国の魔力。前回の比ではない。少し離れたこの距離にいるのに吐き気がするほど強い。
その時、フードの女性が弾けるように顔を上げて後ろを振り返った。エルピディオが短剣を構えて女性に向かって行った。女性が応戦しようと自分の短剣を抜いた弾みで、小箱が地面に落ちて宝珠が転がり出た。彼女は宝珠を気にするが、エルピディオの鋭い攻撃を防ぐのに精いっぱいで、拾う事が出来ない。
私はじっと我慢して息をひそめる。取り付けられた魔道具のせいだろう、宝珠はぐらぐらと動いている。
(焦らなくても大丈夫、地面が固くてすぐには潜らない)
エルピディオが苦戦している。女性の武術の腕は王宮の騎士にも劣らないだろう。女性とエルピディオの攻防は早すぎて私には目で追いきれない。エルピディオが押されながらも、じりじりと場所を移動している。
(もう少し!)
鼓動が早くなりすぎて、息が出来なくなりそうだ。緊張と敵の魔力の強さに、気が遠くなりそうなのをお腹に力を入れて踏ん張る。
(ここ!)
エルピディオが一瞬、私がいる方向に目を向けた。その隙を見逃さなかった女性の短剣が、エルピディオの腕をかすめる。
(毒の短剣!)
一瞬、私が躊躇ったのが分かったのだろう。エルピディオが叫ぶ。
「やれ!」
私は思い切り魔力を解き放った。正確には女性とエルピディオの足元に向かって。
――バリバリッ!!!バチィッ!!
「キャアアッ!!」
雷が落ちたような音と共に女性が悲鳴を上げた。エルピディオはギリギリの所で身をかわして後ろに転がっている。
私は素早く駆け寄ると、手に持っていたもう一つの魔道具を女性に投げつけて思い切り魔力を放った。再び雷のような音が響き、女性は動かなくなった。
エルピディオの傷が気になる。その気持ちを抑えて、空に向かって魔力を放つ。王宮の魔術師に向けて、緊急事態を知らせる合図。女性から目を離さないように気を付けながら、少し間を開けて念のためにもう一度合図を送る。そして、鞄から縄を出して女性を縛り上げた。
(大丈夫、息はしている)
ぐったりした女性のフードが外れた。私よりももっと若い華奢な女の子だった。
(こんな子が一人でずっと⋯⋯)
気の毒だと思う気持ちを押し込め、丁寧に完全に身動きできないように縛る。そして、縄に強く魔力を注ぐ。これで、目が覚めても動けないはず。
(お願い、目覚めないで)
縄に込めた魔力は彼女を苦しめるはず。出来れば兵が完全に彼女を拘束するまで目を覚まさないで欲しい。
彼女が身動きしない事を確認してから、エルピディオに目を向けると、肩を押さえながら地面から起き上がった所だった。駆け寄りたい気持ちを抑えて、宝珠の処理に取り掛かる。転がっている小箱に戻せば、前のように自分の魔力を使わなくても封印できそうだ。
地面に膝をついて深呼吸をした。前回よりも強い敵国の魔力。触れると、ひどい苦痛を感じるはず。覚悟を決めた。
(いくわよ、せーの!)
「待って」
触ろうとしたところで、いつの間にか傍に来ていたエルピディオに腕を押さえられた。血の臭いがする。
「僕がやる」
「ちょっと、だめよ」
――バチッイツ!!!
止めるより早く、エルピディオが宝珠を拾い上げて小箱に納めた。彼が蓋を閉じると、気分が悪くなるくらい強かった敵国の魔力が消えた。エルピディオは小箱を私に渡すと、眉間にしわを寄せて目をギュッと閉じて苦痛をこらえるように、浅く何度も呼吸をした。
「手を貸して!」
私は彼の手を包んで魔力を注いだ。少しでも敵国の魔力を中和してあげたい。エルピディオが額にうっすらと汗をかいているのは、今の衝撃なのか、傷の痛みなのか分からない。いずれにせよ、体はかなり辛いはずだ。何も出来ないことがもどかしい。瞳を覗き込もうとする私に微笑んでくれた。
「僕たちの作戦勝ちだな」
私は苦痛で潤んでいる瞳をしっかり見て、何度も頷いた。
私たちは全ての仕掛けの近くに魔道具を仕込んでおいた。魔力を強く抜き取る魔道具。ブロイとクレマンに相談して回路を組み立てた物。
「試せなかったから、少し心配だったの。上手く作動してくれて良かった」
普通の魔力しかない人間に試したら命を落としかねない効果を発揮する。私やエルピディオですら無事に済むか分からないから試せなかった。
「あなたを巻き込みそうで怖かった」
上手く避けてくれたから良かったけど、失敗していたらと思うと背筋が寒くなる。
敵が宝珠を埋める事を阻止できた。犯人も拘束出来た。全て上手くいった。その安心もあって力が抜けたようになり、立ち上がれなくなってしまった。手足が震えている。
エルピディオはそっと抱きしめてくれた。私の緊張が一気に解けて、涙が出てきてしまう。
「実際の斬り合いを見たのは初めてだったの。人間同士の戦いは、想像していたよりも、ずっと怖かった」
「うん、それでも君は完璧に役目を果たした。魔道具も全て、君の考えだ。僕一人では出来なかったよ、ありがとう」
涙が止まらなくなってくる。
「違うでしょ? この国の事なのに危険を顧みずに助けてくれて。お礼を言わなければならないのは私の方よ。本当にありがとう」
エルピディオは私の両肩にそっと触れて体を離すと、私の瞳を覗き込んだ。
「これで、僕の本気が分かってくれた? 僕が危険を冒したのは、この国の為じゃない。君の為だ」
彼の瞳から、真剣さ、誠実さ、⋯⋯私を大切に思ってくれる気持ちが伝わって来た。きっと私の瞳からも、戸惑いと、嬉しく思う気持ちが読み取られてしまっているだろう。涙で少しは隠れてくれているだろうか。
「ありがとう」
「どういたしまして、僕のお姫さま」
エルピディオは優しく笑うと、また私を抱きしめて、やさしく背中をぽんぽんとしてくれた。
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