大切な約束
その日、工房での作業の合間に、私は自分の為の部品を選んだ。店員は私達の明かりのおかげで大儲け出来ていると言って、希少な回路も出し惜しみせずに見せてくれる。
「これを、この値段でいいんですか?」
「遠慮するな!」
満足いく物が作れそうだ。私はブロイの横で回路を組み立てる。
「何を作ってるんだ? その組み方⋯⋯魔力を遮断するのか?」
「そう。遮断というより抜かれるのを防ぐの。ここに、この小さな宝珠を下げると⋯⋯マントのように効果が広がるんじゃないかな」
「抜かれる? そんな事が出来るのか」
「え! えっと、あの。うーん、出来るかも?」
ブロイが渋い顔をしている。
「気にはなるけど、『魔力を抜く』って行動が出来ないから、詳しく聞いても俺には試せないな」
「2個作るのか?」
クレマンが冷静な顔で部品を見て聞く。私とエルピディオの分。でも、さすがにそんな事は言えない。
「予備かもしれないかな?」
「使うつもりなのか?」
「⋯⋯えっと。えっと。想像の中で?」
「ふうん」
納得していない顔をしている。私はえへへ、と誤魔化しながら手早く組み上げた。効果を試したい。
「あのさ、ちょっとこれ付けて、そこに立ってみてくれない?」
クレマンが渋々従ってくれる。魔力が抜かれるのを防げるかどうか試す。
「行くよ」
クレマンから魔力を抜く。
(あ! 抜けちゃった)
クレマンがふらっとして机に手を付いた。慌てて魔力を戻す。
「ごめん、ごめん! 失敗しちゃった!」
「何だ、見た目には何が起こってるか、さっぱり分からないけど興味深いな」
ブロイがもう1個の魔道具とふらふらのクレマンを見比べながら、何かに感心している。クレマンには不愉快そうな顔で睨まれた。
「フィルーゼさあ、初めて会った時にも、これやった?」
「え? 初めての時? だって⋯⋯あなた逃げるから」
文句を言いながらも、魔道具が完成するまでクレマンは付き合ってくれた。ブロイも面白がって魔力を抜かれてくれた。
でも帰り道の二人は青い顔をしてふらふらしていた。
「ごめんなさい⋯⋯」
これも、この国を守る為だから許してもらおう。
◇
エルピディオに、魔力抜き取り防止の魔道具は好評だった。
「すごいな、僕は魔道具の中身については、あまり詳しくないんだ」
惜しみない称賛を受けて私は満足した。体を張って協力してくれたクレマンとブロイの努力も報われる。
私達は、寮の皆が寝静まった頃に抜け出して、敵国の魔力を検知する仕掛けを追加している。
「いくら魔力を隠していても、近くに来ると分かる」
だから一人が仕掛けをして、一人が辺りの魔力を警戒するという役割で作業をしている。
一度だけ、仕掛けをする場所に向かう途中で敵の魔力を察知した事がある。二人で追ったけれど、すぐに見失ってしまった。
「でも、敵の魔力は覚えたわ」
「結構強いだろう?」
エルピディオが遅れを取ったのも仕方ないと思える強さだった。私は改めて気を引き締めて作業に取り組む事にした。
◇
朝のお祈りの後、噴水の前にクレマンと並んで腰かけた。夏の暑さはすこしずつ穏やかになり始めている。
「私ね、外の人達はもっと自由に生きてると思ってたの」
クレマンがちらりと私に視線を向けたのを感じる。
「不自由そうに見える?」
「うん。想像していたよりもずっと」
昨日は将来について、皆で話し合う授業があった。初等部、中等部、高等部と12年近く一緒に過ごして来た彼らは、数か月後には卒業して別れることが決まっている。
それぞれ卒業後にどう過ごすつもりかを話した。王都で政治の世界に進む、研究者になる、領地に戻る、結婚する、ほとんどの人がそのどこかに当てはまる。
「でも、自分で選べる人は少ないのね」
「そうかもしれないな」
クレマンも考えるように空を見上げた。私は自分の国に帰って、国の為に使命を果たすと発表した。
「私とあまり変わらないじゃない?」
「違うよ。大きく違う」
珍しく強い口調に驚くと、クレマンは真剣な顔で私を見ていた。
「道を選ぶ自由は無くても、二度と会えない人なんていない。会おうと思えば、大変かもしれないけれど会える。手紙のやりとりだって出来るし消息だって分かる。でも君は?」
私は黙って俯く。
「会いたい人に二度と会えないのは、君の⋯⋯俺達の自由を奪う理不尽な事に思える」
「⋯⋯そうかもしれない」
クレマンもエルピディオと同じような事を言う。外の世界を知るにつれて、魔術院の環境が異常だという感覚は分かるようになってきている。
それでも私は魔獣の王に生涯仕える事について嫌だと思っていない。魔術院から離れられない事も、それほど辛いとは思わない。でも友達には二度と会えない。どれほど望んでも二度と。
(最初から分かってた。でも、想像したくない。考えたくない)
「本当に、絶対に、会えないのか? 手紙くらいは、やりとりできるか?」
「無理だって言われてる」
「遠い、遠い国なんだな」
「キシリーンは、世界の果てにあるのよ」
「君が言った地図の場所だと、馬車で行ける距離だった」
「そう?」
私たちは顔を見合わせて笑う
「君の⋯⋯国は、外と完全に交流がないのか? だって、何かしらの形で人が増えたり減ったりはするだろう?」
「私の国には入るための条件があって、それを満たしている赤ちゃんが、何年かに一度引き取られて来るの。そのまま、生涯を終えるまでそこで過ごす。それくらいしか変化がない」
「ほとんどずっと、同じ顔しか見ないわけか」
「ごくごく限られた外の人と接する事は許されてる。一部の王族とか、政治家ね。そうそう、遠い昔に王子と結婚した人がいた!」
「結婚は禁じられていないんだな」
「接していい人が限られてるだけ。その中から結婚相手が見つかるなら問題ないんだけどね」
もしも、私にも年の近い男の子がいたら恋をして結婚したかもしれない。ずっと憧れていた。だから自由に過ごせる最後の時間に学校を選んだ。
「私には、そうなれそうな人はいないから。一番年が近い男の子はまだ11歳で、次に近いのは37歳。ほらあなたも会った魔術師よ」
「!!!」
「あ!」
しまった。ついうっかり、色々な設定を忘れてしまった。
「えっと。私の国の人になんて、会った事ないわよね」
「あ、ああ、無いな。フィルーゼは嘘をついたり隠し事をするのが苦手だと自覚しておいた方がいいと思う」
「そうね。気を付ける」
心臓が早鐘を打ち、冷や汗が止まらない。口を滑らせたのがクレマンで良かった。
「いつか、ここを去る時に、本当の身元を教えてくれないか?」
瞳を覗き込まなくても分かる。クレマンは本気でそう望んでいる。向けられた視線の強さが苦しくて目を逸らした。
「二度と会えないのに?」
「それでも、知りたい」
「手紙も出せないのに?」
「それでもだ」
「⋯⋯分かった。教える。約束する」
「ありがとう、約束だ」
知っていて会えない。知らなくて会えない。結果は同じだけど、クレマンの中では違うのかもしれない。でも、私を覚えていたいと言ってくれているようで、泣きたいほど嬉しかった。
(抱き付きたいって言ったらまた断られるんだろうな)
それは諦めよう。
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