襲撃犯を探せ

 『卒業生たちの夕べ』の企ては大成功に終わった。


 明かりを下ろして回収した後、ブロイは広場の片隅に明かりを集めて、寄って来て絶賛する人々の前で得意げに仕組みを説明していた。クレマンも恥ずかしそうではあったけど、嬉しそうに質問に答えていた。


 人目につきたくない私は、人だかりから離れた所で、こっそりと二人が明かりを点けるのを助ける。二人は気がついていないけれど、もうほとんど魔力を出せていない。せっかくの晴れ舞台なのだから、最後まで魔道具の素晴らしさを披露させてあげたい。


「ねえ、ブロイ。あの明かりを、うちの夜会でも使えないかって両親が言うんだ」


 それからしばらくは、学校でもブロイは注目の的となった。『卒業生たちの夕べ』での事が貴族たちの間で評判を呼び、引っ張りだこになったのだ。ブロイは魔道具の工房の人たちと協力して商売を始めている。


「お前らも当然協力するよな」


 もちろんクレマンと私も巻き込まれている。ルアナやマルミナの抗議の声を無視して、私の放課後はまだしばらく魔道具一色になりそうだ。



 異変を感じた私は、すばやく部屋の窓を開けた。


 夕食後、その日の宿題に向かっていた私は、エルピディオの魔力を感じた。でもそれは彼らしくなく、とても弱い。窓の下には、肩を押さえて真っ白な顔をしたエルピディオが外壁を背に息を整えている姿が見えた。


「――!」


 私は素早く窓枠を乗り越えて、彼のもとに降りて様子を確認した。二の腕に切り傷を負っている。出血はそれほど多くなさそうだ。無理をさせたくないけれど、まだ人目がある時間だから入り口には案内出来ない。


「ごめんね、もう少し頑張って」


 何とか手助けをして、窓から部屋に入ってもらうと、彼は床の上に身を投げ出すようにして転がった。


「魔力を注ぐわよ、いい?」


 エルピディオがかすかに頷くのを見て、私は彼の肩に手を当てて魔力を注いだ。


(駄目だ。全然足りない)


「ごめん、ちょっと痛むかもしれない」


接触した方が早く効率良く注ぐ事が出来る。 私は彼の上半身を無理やり起こすと、強く抱きしめるようにして体を寄せた。そして、さっきよりももっと強く魔力を注ぐ。


 エルピディオは何度か大きく息をついた。そして、しばらくすると体に力が入り、私の支え無しでも身を起こしていられるようになった。


「もう、大丈夫?」


 身を離そうとすると、腕を背に回されてしっかりとしがみつかれた。


「まだ足りない?」


 もっと魔力を注ごうとすると、ふふっと笑われた。


「ありがとう。もう魔力は大丈夫。少し休めば動けそうだ」

「良かった」


 じゃあ、と身を離そうとするけれど、やっぱり離してくれない。


「ねえ、怪我もしてるでしょ? 状態を見たいし手当する道具も持ってくるから離して?」

「やだ」


 即答だ。怪我をして魔力も失って心細いのだろうか。私は離れるのを諦めて息をついた。


「何があったの?」

「油断したんだ。あいつ、次に会ったら容赦しない」


 敵国の魔力を王都に埋め込もうとした犯人は、まだ捕まっていない。王宮が全力をあげて探しているけれど、全く消息が掴めていないそうだ。


「王都の警備は完璧だよ。出入りがかなり厳しく制限されているから、まだ町に潜んでいると思って探してたんだ」


 エルピディオによると、たまに町の中で敵国の魔力を感じる事があるそうだ。敵国とはいえ完全に交流を断絶しているわけではない。敵国出身の一般人が町にいてもおかしくない。ただ、感じる魔力量はとても一般人のものとは思えないものだという。


「でも、本人を見つけることが出来ないんだ。逃げられないだけじゃなく、まだ他に強い宝珠を持っていて、埋め込む事を諦めていないと仮定した」


 前回は王宮の魔術師が気付き難そうな場所を選んで埋められた。同じような場所を狙うと推測し、候補に挙がった数か所に敵国の魔力が入り込んだら検知できる仕掛けをしたらしい。


「あいつ、俺の知らないような、魔力の偽装をしていた」


 小柄な女性だったと言う。検知してすぐに向かうと、その人物は地面の様子を探っているようだった。敵国の強い魔力を隠すように、この国の魔力を放つ何かで体を覆っているようだったという。それが何か気になって行動が遅れた結果、気付かれて攻撃されたらしい。


「一気に魔力を抜かれたんだ。そこに斬り掛かられて傷を負った。厄介な事に刃に毒が塗られていた」

「え!」


 私は無理やり体を引き剥がして傷を確認した。赤く腫れている。


「毒って! のん気にしている場合じゃないじゃない!」


 青ざめる私をなだめるように、エルピディオはほほ笑んだ。


「大丈夫だ。毒が回らないように魔力で防いで傷口も処理した。そういう訓練は受けている」

「せめて、傷口の手当てをしましょう」


 立ち上がろうとすると、またしがみつかれた。


「後でいい。それより君の魔力を感じているほうが休まる」

「分かったわ」


 エルピディオは深呼吸すると話を続けた。


「毒の対処をしていたから逃げられたけど、相手にも傷を負わせた。僕の剣には毒を塗ってないけど、1週間ほどは回復に専念する必要があるだろうな」

「王宮には、この事を伝えたの?」

「いや、伝えてない」


 今なら兵士達がその相手を見つけられるんじゃないだろうか。


「もし傷つけた相手が、前回の宝珠を埋めた人物だと証明出来なかったら国同士の問題になってしまう」

「外交問題に?」

「僕は公式な使者として来ていないけど、ちゃんと身元を明らかにしてこの国に入っている。僕が傷つけられた事も、人を傷つけたことも問題になるくらいの立場ではあるんだ」

「まさか、王子とか!」


 ぎょっとして、また無理やり体を離そうとするけれど、力を緩めてもらえなかった。エルピディオは面白そうに笑う。


「違うよ。ああ、もしかして、王子だったら結婚してくれる?」

「いえ、王子だったら、あなたがどんなに嫌がっても今すぐ王宮に通報するわ。怪我をした他国の王族を部屋に置いておくなんて、私だけじゃなくて魔術院まで責任を問われてしまいそうだもの」

「レオン王国には王女が一人しかいないよ。僕の家は王族じゃないけど政治的に強い力を持っていて、嫡男の僕の振る舞いは国の代表としての振る舞いだと受け取られかねない」


 私に結婚しようだの軽い事を言っているけれど、意外と重い立場の人らしい。関わる距離を考え直した方が良さそうだ。


「ねえ、ちょっと離してもらえない?」

「やだ、怪我人なんだから、優しくしてくれてもいいだろう?」


 この国の為に動いてくれて怪我までしている。私はまた諦めて力を抜いた。


「現場を押さえて格好よく捕まえて、君に感心してもらおうと思ったのにな」


 エルピディオはぶつぶつ言っているけれど、私には気になる事がある。


「あなた、魔力を抜かれたでしょう。どうやったんだと思う?」


 相手の魔力を抜くという行動は、魔力を吸収するという行動でもある。質の近い魔力や、質が違っても弱い魔力の場合には問題無いけれど、敵国の魔力は私が触っただけで痛みを感じるほどの衝撃を受けた。


「あなたの強い魔力を相手が吸収出来るとは思えない」

「多分、何か魔道具を使っていると思う」


 エルピディオの口調も真剣なものになる。彼は、その魔道具にこの国の魔力を吸収させ、体を覆うことで敵国の魔力を上手く隠していると推測している。


「犯人の証拠を押さえるまで、王宮には報告出来ないの?」

「王宮の協力を得たいとは思うけど、顔も見れなかったし確実な証拠も無い。出来れば報告したくないな」


 先日の事を思い返す。敵国の魔力を感じてから、察知しにくくなるくらい深く宝珠が潜るまでの時間は短かった。あれを何個用意しているか分からないけれど、複数の場所に一度に仕掛けられたら全てを検知できるか不安だ。


「あなたの仕掛けはまだあるの?」

「まだあるし、あと何か所か仕掛けたい所がある」


 宝珠と犯人を一度に押さえるには、エルピディオの仕掛けに引っ掛かけるのが確実だと思う。


「私が協力する」


 彼は少し笑った。


「言うと思った。君のそういう所が好きだ。守られるだけの女の子なんてつまらない。僕は一緒に戦える伴侶が欲しい」


 エルピディオはやっと体を離すと、私の腕を確認するように触った。


「身のこなしを見て感じてたんだけど、それなりに剣技や武術も習ってるだろう?」

「恐らく、その辺の警護の兵士くらいには」


 ただし、人間を相手にする事は想定していない。まれに私たちの魔力に酔って暴れる魔獣が現れる。眠る魔獣の王ではなくて森で暮らす、ごく普通の魔獣だけど、襲われた時に対処出来るように訓練している。


 そう言うと『それで十分だ』と笑顔で褒められた。


 エルピディオの調子が戻ったら、追加の仕掛けの設置と、既存の仕掛けに私も検知できるように魔力を込める作業をする事になった。


 そろそろ帰ると立ち上がるエルピディオの顔色はまだ優れない。


「どこに滞在してるの?」

「うん? 町の目だたない場所に部屋を借りてるんだ」

「一人で大丈夫? せめて今晩はここで休んだ方がいいんじゃない?」


 にやりと笑って窓枠にかけていた手を下ろす。


「いいの? この前のレアンドルみたいに、君に触れたくなっちゃうかもしれないよ」

「ご自分の部屋でゆっくりお休みください。どうぞ、お大事に」


 私は立ち上がって、窓を開けてあげた。彼は笑いながら窓枠を超える。


「この国の為に、こんなにしてくれて、ありがとう」


 背中にそっと告げると、片手を上げて闇に消えて行った。

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