恋心を確認する方法
「フィルーゼ。ブロイが企んでたのは、これだったんだな」
明かりの中から、背の高い影がこちらに向かって来る。
「レアンドル?」
「とても美しい演出だ。ブロイに、こんな芸術的な感性があるとは思わなかったな」
レアンドルは私の横まで来て同じように明かりの方を向いた。明かりに照らされた盛装は、彼にとても良く似合っていた。
「いつもよりも『王子』って愛称がぴったりよ。物語に出てきそうだわ」
得意そうに笑って気取った礼をしてくれる。
「本当は君と踊りたかったけど、こんな素敵な事をしてるんだから仕方ないね」
「自分が踊るよりも、こうやってみんなを眺めていたいの。見て、ルアナがあんなに柔らかく微笑むのを見たのは初めて」
恐らく一緒に踊っているのは婚約者なのだろう。いつもの元気いっぱいで勝気な表情ではなく、少し恥ずかしそうに柔らかく微笑んでいる。どちらのルアナも素敵だ。
「マルミナも、いつもよりもっと綺麗に見える」
目が輝いていて、ダンスのお相手と時折目を合わせてほほ笑んでいる。見ている私が恥ずかしくなるくらい、好きという気持ちが溢れていた。
「あれが、恋なんだろうな」
レアンドルの声からも、羨望のような感情がにじみ出ている。
「ねえ、僕に恋してる?」
レアンドルは腰掛ける私の横に立ち、椅子の背に手をかけた。軽口かと思って見上げると案外真面目な顔をしている。少し気が逸れてしまった。魔道具に魔力を注ぐ事に注意を向ける。
(レアンドルに恋をしているか)
「未だに恋がどういう気持ちか分からない。あなたの事が好きだし、後でここの生活を思い返した時には、きっと会いたくなると思う。でも少なくとも『これが恋だわ!』って思うような変化は起こっていない気がする」
「⋯⋯そうか」
「でもね、今は少し胸が高鳴ってるの。これってあなたに恋してるのかな」
レアンドルは少し目を見開いた後に、困った顔をして笑った。
「いや、それは違うだろうな。俺じゃなくて、この美しくて幸せにあふれている光景に対してだよ。きっと」
そうなのか。では、こういう感情を誰か男性に感じた時、それが恋なのかもしれない。ルアナとマルミナは今、どんな気持ちを感じているのだろうか。またぼんやりと皆を眺める。
そっと肩に触れられた。見上げるとレアンドルの顔に読み取れないような感情が浮かんでいる。少し緊張しているようにも見える。瞳を覗き込みたくなったけど、エルピディオの忠告を思い出してやめる。
「確認してみる?」
「――確認?」
レアンドルは肩に触れていない方の手で、私の頬をそっと押さえて自分の方に向けた。
「そう。君にもっと触れたら、どう感じるか。もしも、俺に恋をしているなら今の胸の高鳴りなんて何ともないと思えるくらい、もっと、もっと感情が溢れるんじゃないか」
レアンドルの手が熱い。彼の瞳も熱を放ち、明かりにゆらめいている。彼は今、私に触れている。もっと触れる? 彼が身を屈めたところで、その意味を悟る。
「――痛っ!」
急にレアンドルが額を押さえて身を起こした。
「どうしたの?」
「何だ? 何か飛んで来た。まあ、いいや」
レアンドルがもう一度私の頬に触れようとした時、パチっという弾ける音がして、またレアンドルが額を押さえた。
「何なんだ?」
彼が足元を見て何かを拾い上げる。
「木の実⋯⋯か?」
レアンドルが周りの木を見上げて『こんな季節に木の実が落ちるか?』とぼやいている。
(分かった。エルピディオだ)
エルピディオは、どこまで本気か分からないけれど私に求婚している。触れようとしたレアンドルの邪魔をしたのだろう。
気を取り直して、また私に向かったレアンドルに柔らかく言った。
「確認して動揺したら、明かりを落としてしまうわ。今度、確認したくなったら、あなたに伝える」
レアンドルは軽くため息をついて笑った。
「そうだ、君は大事な役目を担っている所だった。失敗させたらブロイに許してもらえないだろうな」
「そうよ、かなり恨まれるでしょうね」
二人で顔を見合わせて笑う。そして、レアンドルは明かりの方に戻って行った。
(次で9曲目。あと2曲)
クレマンの明かりも、ブロイの明かりも、たまに動きが不安定になり揺らいでいる。
「そろそろ、限界なんだろうな」
エルピディオが、さっきの木の影に姿を現した。
「仕方ない。君の友達を助けてやるか」
魔力を放出したのが分かる。不自然じゃない程度に魔力を補充して明かりの動きを安定させてくれている。
「ありがとう」
「あいつ、油断ならないな」
エルピディオがブツブツと文句を言う。やはり先ほどの木の実は彼の仕業らしい。
「君は彼に恋をしてないよ。はっきり、恋してないって言わないから勘違いさせるんだ」
どうやら話もしっかり聞いていたようだ。私はおかしくなって思わず笑ってしまう。魔力が不安定になりそうだと思ったら、エルピディオが私の方の魔道具も補助してくれた。
「ありがとう。――私がレアンドルに恋をしてるかどうか、どうしてあなたに分かるの? 私にも分からない私の心を、あなたが決めつけるのはおかしいわ」
「君は僕に恋をして、僕と結婚するんだよ」
エルピディオは少し不貞腐れたような顔をした。
(どこまで本気なんだか)
でも、この国の魔力の強い人間が、レオン王国のように自由に暮らせるとしたら。私がそう変えられるとしたら。
エルピディオが想像させてくれた外の世界が現実のものに思えてくる。これ以上考えるのが怖い。
(思い出して。私が魔術院を離れる事は絶対に無理でしょう?)
広がりかけた想像をしっかり閉じ込めた。
「ねえ、私が読んだ物語では騎士とお姫様がダンスをするんだけど、そういう時の騎士って、あそこの⋯⋯あの人、青い衣装のあの人みたいな感じだと思う?」
「え? 騎士? 君は騎士が好きなの?」
「騎士とお姫さまが恋に落ちる物語に憧れてるの。騎士さまが本当に素敵なのよ」
「騎士より僕の方が腕が立つ」
「違うわ、騎士さまの素敵さは、強さじゃないのよ」
「何だって言うんだよ!」
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