卒業生たちの夕べ
「ねえ、本当にドレス着ないつもりなの?」
ルアナとマルミナが、もう何度目か分からない確認をする。二人はしきりに、町に行って新しいドレスを買おうと誘ってくれる。
二人は社交の季節に合わせて何枚かドレスを新調しているらしい。ルアナは王都の両親の屋敷に戻って、職人を呼んで仕立てさせたようだ。その時にも誘ってくれたけれど断った。
二人も他の女の子たちも、それぞれの両親が参加する夜会に出席する事になっている。そこに、私を招待してくれると言うけれど全て断った。
「人目につかないようにと、きつく言い付けられているの」
これは嘘ではない。魔術院を訪れる事が出来るのは、王族とほんの一握りの政治家だけ。私が直接顔を合わせるのは、その中でも更に限られた人だ。
それでも、絶対に会わないとは言い切れない。架空の国について興味をもって深く尋ねられても困る。物語で見るような夜会には憧れるけれど参加するわけにはいかない。
「お前ら、しつこいぞ。フィルーゼには俺の手伝いという大事な役割があるんだ」
「だから、あなたの目的とやらを、ちゃんと言いなさいよね」
「秘密だ。当日に驚くんだな」
ブロイとルアナは、この話題の度に言い争いをする。
私たちの魔道具の準備は整いつつある。今は魔力操作に慣れないブロイとクレマンの練習に専念している。
「集中して一定の量の魔力を注ぎ続けるの」
二人は魔力を放出し続ける事が苦手だ。少しでも気が逸れると、魔力放出の魔道具からの魔力提供が不安定になり、明かりが落ちたり消えたりしてしまう。
魔力を放出する魔道具について、工夫を重ねたけれど遠くにまで飛ばす回路を組むことは成功しなかった。絵のように中庭全体を照らすために魔力放出機を3個作り、3人で手分けをして明かりを飛ばすことにした。
「ほら、集中を切らしてはいけないわ!」
魔力を放出しながら色々な事が出来る私とは違う。二人は苦戦していた。私は魔術院で幼い子がやる練習を教えたけど、そもそもの魔力量が違う。そう簡単には上達しない。
「これじゃあ、30分がせいぜいだな」
私たちはダンスの始めに集中する事にした。
「10曲。30分よりも少し長くかかるけど、そこまでは絶対に頑張る」
少し心配だったけどブロイとクレマンは決めたようだった。いざとなったら、私が二人を補助する。10曲分のダンスに光の演出を行う事に決めた。
◇
ブロイがいつも協力してくれる先生に頼み、私たちの魔道具の明かりを灯す許可をもらっている。先生は事前に見たがったけど、本番を楽しみにして欲しいと押し切った。
ダンスが始まる直前に、私達3人は人々の間を縫って魔道具を地面に並べた。薄暗い中に配置するので多少踏まれても壊れないよう頑丈に作った。私は魔道具の故障よりも踏んで転ぶ人が出ないかが心配だ。
私達は急いでそれぞれの配置に着いた。本格的にダンスの曲が始まる前に、前奏としてゆるやかな音楽が流れる。それを合図に、明かりを飛ばして灯すと決めてある。
(緊張する!)
広場から少し離れた林の中が私の待機場所だ。ブロイとクレマンは、広場を挟んだ場所にそれぞれいる。ここが一番、広場から遠くて見通しの悪い所だけど、私は魔力放出の魔道具を使わなくても全ての明かりを飛ばせるくらいだから、自分の失敗は心配していない。
皆が喜んでくれるか、美しいと思ってくれるか、それが気になって仕方ない。緊張で手に汗をかく。ハンカチを握りしめて音楽を待つ。
(――始まった!)
弦楽器が緩やかな音を奏で始めた。私は放出しすぎないように調整しながら、明かりを灯して浮かび上がらせた。クレマンとブロイの明かりも浮かび上がっている。
「「「わああっ!」」」
人々の間から大きな歓声が上がった。
一斉に数十個の明かりが浮き上がり、薄暗い広場を柔らかく照らした。見上げる人々の顔を明かりが柔らかく照らす。ブロイが描いた絵よりも、ずっと幻想的な光景だった。
ダンスの曲が始まる。皆が嬉しそうに、明かりを見上げながらダンスを始めた。今すぐに感動を分かち合いたい二人は恐らく必死で魔力を操作していることだろう。
(騎士とお姫様も、こうやってダンスを踊ったのかしら)
私は楽しそうにダンスを踊る人々を眺めた。知った顔も多くあるけれど、普段教室で見る表情とは違う気がする。盛装のせいだけではないだろう。
「綺麗だな」
すぐ近くの木の影から声がした。エルピディオの色素の薄い髪と肌が、魔道具の柔らかい明かりを受けて、白く輝いていた。
「魔力が強くなくても、こういう工夫が出来るの。私の友達は面白い事を考えるでしょう?」
くすりと笑う声が聞こえる。
「ああ、面白い。すごいな」
「あなたも、学校に通っていたの?」
「通ってた。楽しい事も、嫌な事もあった。卒業してまだ数年だけど、ずいぶん昔の事のように感じる。忘れられない思い出だ」
彼は何かを思い返すように、じっと明かりの下で楽しむ人々を眺めた。
「あと、2か月?」
私の学校生活が終わるまでの期間。
「そう、そのくらいね」
「君から、こういう楽しみを奪い続けて来たんだ。一時的に与えて奪う。君の国の仕打ちは僕には惨い事に思えるよ」
彼は人々に目を向けたまま、いつもよりも静かな口調で話した。
「想像してみる事があるんだけどね」
「うん」
エルピディオが私に視線を向ける。
「私は生まれてすぐに魔術院に引き取られたから、両親がどんな人か知らないの。もしも貧しい暮らしをしていたとしても、私と引き換えに一生暮らせるくらいの金銭を受け取ったのだから、その後は楽な暮らしが出来たはずなの。もしかしたら、そのお金は会った事もない兄弟姉妹に使われたかもしれない」
彼は厳しい顔をしていて相槌も打ってくれない。
「そう想像すると、私は彼らをきっと幸せにしたんじゃないかと思える」
私は想像の中の両親と姉妹を思い浮かべた。想像ではお姉さんを思い浮かべる事が多い。
「私ね、魔術院が大好きなの。『あの方』に仕えられる事を本当に幸せに思っているの。生涯をあそこで終える事を不幸だとは思っていないの。本当よ?」
エルピディオはため息をついた。私は先日、ルドガーに騙されて恐ろしかった事を思い出す。
「でもね、初めて人を心から嫌いだと思う事があった。今まで経験した事が無いくらい不愉快で恐ろしかった。その時に、前にあなたが言ってくれた、生活には起伏があるから面白いの意味が少し分かった」
エルピディオは何かを言いかけて口を開き、またため息をついて閉じた。
「嫌いな人と嫌な事があったから、より、私の友達の素晴らしさを実感したし、平穏な生活の有難さも分かった。だから、少し怖い」
「怖い?」
やっと口を開いた。私がほほ笑むと、彼は困ったような笑顔を見せてくれた。
「そう、怖いの。魔術院の小さな子達は、新しく来る赤ちゃんは、こういう事を何も知らずに生涯を終えるのかもしれない。それを可哀そうだと思ってしまうかもしれない。あなたが、私を可哀そうだと思うように」
魔術院から与えられる最後の自由な一年を、ほとんどの人は旅をして過ごす。旅では継続した人間関係を築くのが難しい。護衛の兵は頻繁に変わるし、旅先での出会いは相手にとっても特別な事で日常ではない。『友達』が出来たとしても、一時的な関係になってしまう。
「君が変えればいいんじゃないか?」
「変える?」
向けられる眼差しからは、包み込むような温かさを感じる。
「レオン王国では、魔力が強い人間はそれを隠さずに生きている。それでも、魔獣の王の事はちゃんと隠して、国土の魔力も安定させられている。君がレオン王国でそれを実感して、その方法を君の国に伝える方法を考えてみてもいいんじゃないか」
(私が変える?)
「僕は、それを手助けしてやれる。僕との結婚を真剣に考えてみて欲しい」
毎日ように話すけれど、エルピディオの素性は知っているようで、正確な事はほとんど知らない。彼の求婚が例えば本気だったとして、私が承諾したら本当に実現出来る事なのかも分からない。
(結婚すると決めてから、問題を解決する)
魔術院の外の世界は広すぎる。途方もない考えに思えて、広い空に放り出されたような気持ちになる。
「ありがとう」
私は笑顔で答えたけれど、心細さが顔に出ていたのだろう。エルピディオは『一緒に考えよう』と静かに言ってくれた。彼は続けて何かを言おうとして、顔をしかめた。
「何だよ、邪魔なやつが来たな」
エルピディオの魔力の気配は残ったまま、姿が見えなくなった。
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