秘密の暴露

 気持ち悪いけれど、記憶を失うくらい思い切り魔力を抜くしかない。死なない程度の限界まで抜いたら秘密も全て忘れてしまうかもしれない。でも、この人のお父さんが王宮で秘密を聞いて来たような事を言っていなかっただろうか。


(息子が記憶を失う状態になったら、私を疑って魔術院の事を言い立てて騒ぐかもしれない。家まで行って、全員の魔力を限界まで抜く?)


「僕の君に対する熱い想いを疑ってるの? 屋敷に着いてから、ゆっくり話してあげるよ。安心して。嫌ってほど教えてあげるから」


(やだ、やだ。行きたくない!)


 踏ん張りもむなしく、ずるずると引きずられてしまう。涙がこぼれ出てしまう。


「おい、フィルーゼ!」


 階段を上って来た人影が大声で呼びかけてきた。薄暗くて顔が良く見えないけれど、この声は。


「ブロイ!!」


 残りの数段を、たたん、と身軽に上ってブロイが目の前まで歩いて来た。


「いつまで怠けてるんだよ。決行まで日が無いって分かってるだろ? ほら、行くぞ」


 空いている左手をぐいっと引っ張られた。


「お前、何だよ。フィルーゼは僕に用があるんだ。お前はあっちに行けよ」


 ルドガーが真っ赤な顔をしてブロイに食って掛かった。


「ああ?」


 ブロイはルドガーの前に立ち、冷たい視線を投げた。大柄なルドガーを全く恐れる様子が無い。


「俺のことを『お前』って言ったか? この俺によくもそんな口がきけるもんだな」


 ブロイの迫力に、ルドガーは一歩後ろに下がった。


「何だよ、たった1歳しか違わないのに怯むとでも思ってるのか!」


 怯んでいるようにしか見えないのにルドガーは強がる。私にからめた指の力が緩んだのを感じて思い切り振り払うと、走ってブロイの後ろに隠れた。


「フィルーゼ! いいのか、そんな事をして!」


 ルドガーが叫ぶように言い、私は身をすくませた。


(魔術院の事を言われてしまう?)


 怖くなってルドガーの方に戻ろうとすると、ブロイがすっと片手を後ろの私に回して私を庇うような姿勢を取った。


「お前、王都に屋敷があるって言ったな。お前の父親、王宮の下級文官か?」


 ルドガーが不安そうに瞳を揺らした。


「だ、だからどうした!」

「俺は、ブロイ・リンダーン。お前の足りない頭でも、リンダーンの名前くらいは分かるだろう?」


 ルドガーの顔色が紙のように白くなる。


「お前、フィルーゼの何を知ってるって言うんだ? フィルーゼの出身国について何かを知っているというなら、俺は今すぐにお前を衛兵に突き出さないといけないだろうな」

「ひっ!」


 ブロイが一歩踏み出す。


「なあ、どうだ? お前ごときが、そこまでの機密事項を知っているとでもいうのか? それは、どうやって手に入れた情報なんだ?」


 ルドガーは震え始めている。


「なあ、聞いてるんだよ。――答えろ!!」


 ブロイの強い口調に、ルドガーはびくんと身体を跳ねさせ、ぶるぶる震えながら口を開いた。


「し、知りません。ごめんなさい、何も知りません! ただ、ただ、フィルーゼと仲良くなりたかっただけで」


 ルドガーは数歩後ずさると、長椅子にひっかかって後ろに転んだ。


「そうか。でも、フィルーゼはお前と仲良くなりたくないってよ。大丈夫だよな、もう諦めるよな?」


 こくこくと頷いている。


「二度と話しかけたりしないよな?」


 首がもげそうなほどに頷いている。


「さっさとどこかに行け! 二度とフィルーゼの前に顔を出すなよ!」

「は、はい!」


 ルドガーは、這いつくばるようにして数歩進むと、よろよろと立ち上がって走り去った。


 私は力が抜けて、その場に座り込んでしまった。


「お前さあ」


 ブロイが怖い顔のまま、私を振り返って見下ろす。


「どうせ、秘密を暴露するとか何とか脅されたんだろう?」

「うん、そう言ってた」

「具体的に何を知ってるのかは聞いたのか?」


 考えてみる。そういえば、具体的には何を言ってただろう。


「結婚できないって、知ってた」

「はあ? お前、近いうちに自分の国に帰るんだろう? そんなの誰でも分かる当たり前の事じゃないか」

「そういえば、そうかもしれない」


 考えてみる、他には具体的な秘密の事は言ってなかった。そう言うと、面倒そうに舌打ちをされた。


「はったりだよ。あいつ、お前に何か秘密があるだろうっていう推測だけで、脅そうとしたんだよ。何一つ知りもしないでな」

「そうだったの?」


 はあ、と深いため息をつかれた。


「俺は父にお前の素性について質問した。お前が国に帰らないで、ここにいれば便利だと思ったからな。ここに残れない理由を知りたかったんだ」

「お父さんは何か言ってた?」


 心臓が早鐘をうつ。


「いや、知らないって。言っておくが、俺の父は政治の場で大きな力を持っている。うちを上回るのはレアンドルの所くらいだろうな」


 さっきのエドガーの態度から察するに貴族の子弟にとっては、絶対に逆らえないような王宮内の権力者なのだろう。


「その父が調べても分からなかったと言った。あんな小物の親が、俺の父でも知り得ない情報を掴めるものか」


(良かった。正体はばれていない)


「私、騙されるところだったのね。あの人の家族全員を瀕死にしてしまうところだった」

「何だって?! ――まあ、大人しく従い続けるとは思わなかったけど、意外と恐ろしい事を考えてたんだな」


 ますます呆れた顔をしながら、ブロイは私の腕を引っ張り上げて立たせた。


「お前、無駄に美人なんだから気を付けろ。汚い手を使ってでも、手に入れたいと思うくらいに執着する奴がいても不思議じゃない。ちゃんと頭を使えよな」

「ありがとう。助けてくれて、本当にありがとう」

「助けてもらった礼として、素性を明かす気はないのか?」


 一気に緊張する私を見て、ブロイは笑った。


「冗談だ。でも、父が権力を持つのは本当だ。もし、そういうものでお前がここに残る事が出来るなら言え。お前は役にたつから、傍に置いてやってもいい」

「ありがとう。困ったらお願いするね」

「七光りは、あんまり使いたくないけどな」


 ブロイはもう一度優しく笑うと階段に向かった。


 ちなみに私が香水店の場所を聞いた態度は明らかに不自然だったらしい。『断れない』用事と言ってしまったのも怪しかったらしい。隠し事は絶対に無理だと思え、と言われてしまった。


 今の所、私が隠し事が上手だと言ってくれた人は一人もいない。

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