恩人からの提案
オダリス王国からの襲撃だったとは。薄い疑いがはっきりとした形になった。
「そこまでは王宮で聞いてないの?」
オダリス王国は我が国の海に面している領土を狙い、長年に渡って侵攻を繰り返す敵国だ。エルピディオが来たというレオン王国とも国境を接している。
我が国やレオン王国とは違う種類の魔力を持つ魔獣の王が、オダリス王国には眠っている。だから我が国とは色々な事が馴染みにくい。国境付近は魔力が混ざり合い人間が住むにはそぐわない環境になってしまっている。
(もともと、魔獣の王を基準にして国境が定められているのに)
太古の昔、魔獣が活動していた時代。今いる小さな魔獣達とは比べ物にならない、大きな魔獣の王たちが世界を治めていた時代のこと。世界の混乱を収めた魔獣の王達と人間の王は約束を交わした。数千年に及ぶ眠りにつく彼らを煩わせない代わりに、その魔力の恩恵を授けてもらうと。
魔獣の王たちはそれぞれ発する魔力が違う。だから、その魔力の恩恵を最大限に活かせるように人間の王は魔力の境を元に国境を定め、配下の者たちにそれぞれの地域を治めさせた。それが、それぞれの国の成り立ちだ。
「事あるごとに侵攻を繰り返して来るから、オダリス王国を疑ってはいたけど、正確な事が判明する前に学校に戻って来てしまったから」
「彼らは、自分の国の魔獣の力を宝珠に込めて、この国の力をを弱らせようとしたんだ」
「新しい試みの攻撃よね?」
「僕の国に対しては昨年同じ攻撃があった。気が付くのが遅れて大変な事になったよ。今回は君がすぐに見つけたから大事に至らなかったね」
王宮の魔術師には察知されにくい場所が巧みに選ばれていたと聞いた。私が偶然王都にいた事は幸いだった。
「あなたはなぜ、この攻撃の事を知ってるの? 王宮で聞いたの?」
「知りたい?」
「知りたい」
「じゃあ、結婚して」
「じゃあ、教えてくれなくていい。帰って」
即答すると不貞腐れたような顔をした。でも答えてくれるようだ。
「オダリス王国が性懲りもなく、君の国に侵攻を企んでいるという情報を入手した。恐らく、我が国に対する攻撃と同じ手法を取ると踏んで様子を探る為に僕がここに来た。我が国としてもオダリス王国に勢力を拡大されたくないからね」
「じゃあ、宝珠が埋められた事にも気がついていたの?」
エルピディオは少し悔しそうに顔を歪めた。
「埋める前には見つけられなかった。見つけた後も何も出来なかった。宝珠の魔力が大きくて、僕一人で確実に封印出来るという確信が持てなかった。彼らが宝珠を隠していた方法で同じように魔力を封印出来ればいいけど、方法が分からないしね」
それは私も気になっていた。あれほどの魔力を気づかれずにどうやって隠していたのだろう。私が何度か感じたのは、隠しきれない漏れ出た僅かなものだったのだろう。
「だから、王宮に連絡をしようとしていた所で、君がお友達と駆け付けて来た」
宝珠の魔力が強過ぎて、エルピディオが発する魔力には気付けなかった。彼の場合は全力で魔力を使って倒れても救助されるかどうか分からない。王宮に連絡するというのは適切な行動だろう。
「この国を助けてくれようとしたのね。ありがとうございます」
お礼を言いながら気が付く。
「あの時、私を助けてくれたのは、あなたね!」
魔力が尽きてしまった私に注がれた心地良い魔力。
「ああ⋯⋯気が付いてたんだ。君はすぐに意識を失ったから、僕が魔力を注いだ事に気が付いていないと思った」
少し気まずそうな顔をして目を逸らされた。
「あれは少し焦った。僕の国の魔獣に由来する魔力が君に入っても大丈夫か分からなかったんだ。でも、あのままでは危なかったから賭けた。魔力の相性が合ったみたいで、本当に良かった」
私は立ち上がって彼の前に行き、改めて丁寧に正式な礼をした。あの時エルピディオが魔力を注いでくれなかったら命を落としていてもおかしくなかった。
「助けて頂いて、本当にありがとうございました」
「うん」
まだ目を合わせてくれない。
「最初に言ってくれたら警戒したりしなかったのに。あなたは命の恩人なんだから」
「だってさ」
エルピディオは、やっと私に視線を向けて不満そうに言う。
「助けたって言うと優位に立つだろう? その状態で求婚するのは卑怯じゃないか」
訳も分からぬうちに結婚を承諾させるのは良いけど、優位に立って承諾させるのは卑怯。基準が良く分からないけど、彼なりに何らかの筋を通しているようだ。
(命の恩人だし、悪い人では無いのね)
求婚云々はともかく、話をするのは嫌ではない。そう思ってテーブルを挟んで彼の向かいに改めて座り直した。
「ねえ、手を出してみて」
エルピディオはテーブルの上に手を差し出し、私の手をそこに重ねるよう促す。さっきの結婚の話を思い出して私が躊躇すると少し笑った。
「結婚の承諾だと思わないから、大丈夫。魔力を確認したいんだ」
「分かった」
手を重ねると、ぎゅっと握られた。
「ふわぁっ!」
変な声が出てしまった。重なった手のひらから、エルピディオの魔力が大量に流れ込んで来る。反射的にそれを押し返そうと私も魔力を放つ。
「やっぱり――」
エルピディオが嬉しそうに笑った。彼が喜ぶ気持ちが何となく分かる。私達の魔力はとても近い。混ざり合っても不快ではない。その事に戸惑って私は無理やり手を振りほどいた。
「ね、僕たち相性いいでしょう」
同じ魔獣の魔力を由来にしていても、人それぞれ少しずつ魔力が違う。普通の人は何も感じないかもしれないけれど、相手の魔力を区別出来る私達くらいになると、接して心地よい魔力と合わない魔力が存在する。
「助けてもらった時に注いでもらった魔力は、とても心地良かった」
「ね? だから結婚しよう」
「どうして、そこで結婚って話になるの?」
私は手をテーブルの下に隠した。とても頭の中が混乱している。
「君の事を好きになったって言ったじゃないか。あの行動力、自らを省みずに宝珠を封印した高潔な心、強い魔力。しかも僕と相性ぴったり。生涯を共にするのは君しかいない」
「えっと、えっと⋯⋯」
何だっけ、私がこの人と結婚をしない理由。
「ごめんなさい、とても頭が混乱してるの」
「じゃあさ、結婚するって決めてみなよ。それから、問題を1個ずつ解決していくんだ。どう?」
「ちょっと待って???」
何もかも分からなくなってきた。彼の綺麗な薄紫の瞳は、私の心の奥底まで届きそうなほど強く熱い。心地よい魔力。私の命の恩人。でも何か大切な事がある気がする。
(『あの方』、魔術院!)
「そうよ! 私は結婚できないの。恋も出来ないから、わざわざ学校に来たくらいなのに結婚なんて無理よ」
「それは、どういうこと? 世間を知るために学校に来ているのかと思った。違うの?」
エルピディオは成人前の自由な1年の事を知らなかった。私の行方を追い、王宮から派遣された兵の様子から魔術院に属していると推測したらしい。
「さすがに王宮にまでは入り込めないよ。見つかったら問題になるしね」
その後、学校に戻る私を追い、こっそりと学校が保管している記録を読み、学校と周りに魔術院の事を隠している事を知ったそうだ。
私は彼に、恋をするために学校に来た事を説明した。
「何だよそれ! 君が諦めてくれて良かった。恋人がいるって言われたら、そいつと戦わないといけない所だった」
「何て事を!」
でも、少し考えるそぶりを見せてから満足そうに笑った。
「君の夢を諦める必要が無くなったじゃないか」
「???」
「だって、僕に恋をすればいいだろう?」
「私は魔術院に帰るから、結婚はしないのよ?」
「いや、君は魔術院に帰らないで、僕に恋をして結婚する」
「駄目よ、魔術院に帰らないといけないの」
何だかとても疲れた。もうこの話を終わりにして一人にして欲しい。その気持ちが伝わったのか、エルピディオが深いため息をついた。
「分かった。君の魔術院に帰らなきゃいけないという考えをどうにかしないと話が進まなそうだね」
命の恩人をがっかりさせてしまった。悪い事をした気分になってくる。
「ごめんなさい」
「謝るなよ。今すぐ結婚したいと思わせる魅力が僕に無かったという事だ」
「恋も結婚も私には良く分からないから、あなたに魅力が無いわけじゃないと思うの。ごめんなさい」
「謝るなってば」
エルピディオは立ち上がって窓に向かった。
「また来てもいい?」
私も立ち上がって彼の背中を追う。
(この人、窓から入って来たのね)
命の恩人だし悪い人ではない。断る理由は無い。
「他の人に見つからないでね」
微笑んで窓枠を越えようとしたエルピディオは『あっ!』と声を上げた。
「ひとつ君に言いたかったんだ」
真剣な顔に、私は居住まいを正した。
「はい」
「君には、魔力と感情を読み取る時に瞳を覗き込む癖があるだろう? あれは、学校ではやめた方がいい。特に男にはね」
「どうして?」
「あれは、魔力が少ない人間には出来ない事だ。ただ君に見つめられていると思うだけだよ。魅力的な女性に間近で見つめられたら、大抵の男は好意を寄せられてるって誤解する」
「そうなの?」
「事情が分かる僕でも抱きしめたくなるよ。僕はいつでも歓迎するけど、他の男にはするなよ?」
「うん、気を付ける」
瞳を覗き込む時には、とても近くに顔を寄せる。
(きっとこれも、クレマンが言う『距離が近い』の類ね)
ちゃんと気にかけておこうと思う。
「じゃあ、またね。僕のお姫様」
エルピディオは私の髪をひと房すくって、するりと流すと窓枠を越えて、夜の闇に消えていった。去った後のテーブルの上では彼が書いた詩が風に揺れていた。
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