結婚を決める理由
「ねえ、前に愛する人と出会いたいって言ってたでしょう?」
レアンドルは、少し驚いた顔をした。最初の印象と違い、レアンドルは恋にまつわる話をしない。
私たちは歴史の話をする事が多い。彼は王家にまつわる家系という理由で、私はこの国の成り立ちと魔獣の王を取り巻く環境を完全に把握する必要があるという理由で、徹底的に世界の歴史を叩きこまれている。お互いに違う切り口で学んでいるので、それぞれの見解がとても興味深い。
一番盛り上がるのは『もし、あの人が違う行動を取っていたら?』の仮説をお互いに披露し合って競う事。負けが続くと悔しくて仕方ない。逆に私が勝つと、レアンドルが非常に悔しそうな顔を見せる。お互いに負けを認めない事もある。
それなのに、私がこの話題を持ち出した事が意外だったようだ。
「うん、言ったね」
「もし出会えなかったら、あなたは結婚しないつもりなの?」
「⋯⋯考えた事ないな。いつか絶対に出会えると思っているしね」
「そうよね、ごめんなさい」
エルピディオは毎日のように遊びに来るようになった。友達が訪ねて来ると気付かれないように姿を消してくれるし、宿題をしている時には静かに待っていてくれる。生活の邪魔にはならなかった。
何しろエルピディオには魔術院の事も含めて何も隠し事をしなくても良い。気兼ねなく話せる相手は貴重だ。外国の話を聞かせてもらえるのも楽しい。
「どうして、急に結婚の事なんて聞くの?」
レアンドルに不思議そうにされて、どう説明しようか少し迷った。
「結婚する事を決めてしまって、それからお互いを知ったり、問題があるなら1個ずつ解決したらいいって言われて、断る理由を思いつけなかったの」
エルピディオと話すのは楽しいのだけど、何度も『結婚しよう』を断る事に申し訳なさを感じていた。はっきりとエルピディオが諦める断り方を見つけたかった。
レアンドルが不愉快そうに顔をしかめた。
「何だ、まだそんな無理を言うやつがいるのか、誰だよ。しかも恋人じゃなくて結婚? 君の国にでも行くつもりなのか」
「違うの。大丈夫、ちゃんと断ったから大丈夫なの。ただ、結婚を決める理由って何なのか考えてみたんだけど分からなくて。あなたは、自分の意思で決めそうだから、どういう理由で判断するのか興味があるの」
レアンドルは、しばらく空を見上げて考え込んだ。歴史の仮説を考える時くらいに真剣な顔をして長考してから、ゆっくりと口を開いた。
「どんな困難を乗り越えてでも、全てを捨てても一緒にいたいと思うかどうか。俺ならそれで決める」
「それほどまでにして、一緒にいたいか⋯⋯」
エルピディオは命の恩人だし嫌いではない。でも、全てを捨てても一緒にいたいとは思わない。
「そう思わないのは、断る理由になると言う事よね」
「人それぞれだけど、断る理由になるんじゃないか?」
目の前の霧が晴れたような気がした。断って申し訳ない気持ちになるのは、私自身が断る理由をはっきり理解していなかったからだ。
求婚の言葉を投げられても『全てを捨てても一緒にいたいと思えない』そうはっきり思う事が出来る。
それにエルピディオの軽い口調からは、彼の方もそれほどまでの思いで一緒にいたいと思っている気がしない。
レアンドルの顔を見ながら考えていて思い至った。
(そうか、レアンドルと同じだ!)
きっと、エルピディオの好きとか結婚しようは、レアンドルの綺麗とか魅力的と同じくらい意味が無く口にする言葉なのだろう。挨拶のようなものだから、聞き流せば良いはずだ。クレマンみたいな人が口にしたら、真剣に耳を傾けるべきだろうけど、そういう重さは無いだろう。
「ありがとう! 何だかすっきりした」
レアンドルの方は、すっきりしなかったようだ。不機嫌そうな顔をしながら『誰だよ、そんな事を言うのは』と、何度も私から聞き出そうとした。もちろんエルピディオの事は誰にも言えないから、私は曖昧に笑ってごまかした。
その後は、エルピディオが来ても申し訳なさを感じなくなった。最近はレオン王国の事を教えてもらうのが面白くて、遊びに来るのを楽しみにするくらいになった。
「あなたの国では、魔力の強い人も普通に暮らしてるの?」
魔獣の王の存在は可能な限り人々から隠すというのが世界共通の決まりだ。さすがに敵国のオダリス王国ですら、それは守っているようで、武力を使って直接魔獣の王を攻撃するような振る舞いには及ばない。
「僕の国でも、この国と同じように魔獣の王は隠して守っている。魔力の強い一部の人間が交代で訪れて様子を確認するし、それ以外にも、国の各地の魔力の歪みを正したり、魔力がらみの何かがあった時は僕たちの出番だ。でも、隠しているのは魔獣の王の事だけで、他の人と変わらない暮らしをしているよ」
エルピディオの家系は、魔力の強い人間が生まれる事が多いらしい。でも、魔力にまつわる仕事だけでなく、王宮の政治などにも関わる家だと言う。
「父は政治より武芸の道を選んだ方がいいくらいだけどな」
エルピディオも武芸は叩き込まれているけれど、自分の国では王宮で仕事をする事の方が多いそうだ。
「この国には一度来てみたかったんだ。だから、気まぐれで来てみたけど正解だったな。君に出会うことができた」
こういう外国の状況を探るような仕事は、彼のお父さんが抱えている部下に任せる事が多いそうだ。
この国では魔術院の奥に魔獣の王が眠る。魔獣の王に一番近く強い魔力を持つ私は、成人した後はこの国を守る魔獣の王である『あの方』に仕えて、生涯離れる事はない。エルピディオのレオン王国では、私のような役目を担う人はいないらしい。
「この国の方法しか知らなかったから、正しいかどうかなんて考えた事が無かった」
エルピディオは、私のように魔力の強い人間が魔術院に閉じ込められて生涯を過ごすことを間違っていると言う。でも、私はそれを嫌だと思っていないし、それが当然だと思って育ってきた。
この事については、何度エルピディオと話をしても、分かり合える事はなかった。
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