魔道具工房での新しい出会い

 魔道具と回路のお店は町の外れにあった。店の奥には、広めの敷地が広がっていて工房のようなものが見える。


「店の奥に工房があって、そこで作ったものを店頭に置いているらしいよ」


 クレマンも来るのは初めてだと言って少し緊張した様子で扉を開く。


「こんにちは」


 人の気配がしない店内には棚がぎっしりと並び、乱雑に魔道具が並べられている。


(並んでるというより、押し込んである感じね)


 商品を売るお店というよりは倉庫のように見える。辺りを見回しながら、クレマンが奥に進むのに続いた。店員を探しながら進んでいたところで、見逃せないものを見つけてしまった。


「これ!」


 私はしゃがみこんで、床に積まれた部品を確認した。クレマンが振り返って、同じようにしゃがむ。


「ゴーイア石で作られた回路よ。こんなに珍しいものが、こんな所に無造作に⋯⋯」

「ゴーイア石?」


 クレマンに説明する。石で作られる回路は、素材によって魔力の伝わり方が違う。このゴーイア石は魔力を増幅する力があり、他の素材との相性も良いけれど採れる量が少ない。最高級の品で魔術院でもなかなか見かけない。


「見て! こっちはブンド石! しかも、この回路⋯⋯珍しいわね。複数の機能を兼ねているのかしら。明かりと、水を巡らせる機能と、えっとこれは何だろう」

「生き物が苦痛に感じる音を発するんだ」


 隣の棚の隙間から声が届いた。隙間から覗くと高等部の制服と栗色の髪が見える。


「生き物が苦痛に感じる音? そういう回路は初めて聞いた。そうね、水の中で作業をする道具に組み込むのかしら」

「恐らく、開発した職人はそのつもりだったんだろうな」

「つもり、と言う事は上手くいかなかったの?」


 声の主が笑いの混ざった口調で言う。


「害獣も撃退できるけど、持っている本人も辛かったんだ」

「ふふふ、なるほどね!」


 『人間も含む』生き物が苦痛を感じる回路だったのだろう。


「君、留学生だろう。俺はブロイだ。同じ教室にいるけど、話すのは初めてだな」


 棚の隙間から覗くけれど顔が全然見えない。


「ブロイ、クレマンだ」

「クレマン? お前もいるのか」


 クレマンも棚の隙間から向こうを覗こうとするけれど見えないらしい。私たちは棚の奥まで進み、途切れたところでブロイと合流した。


 長めのくせ毛を耳にかけた目の大きな男の子は、にっこり笑うと私に握手の手を差し出した。


「フィルーゼです」

「ブロイ・リンダーンだ。君はずいぶん回路に詳しいんだな。君の国にも、この国で採れる石で作られた回路が流通しているのか」


(しまった!)


 さっき口に出した石は両方とも、この国の鉱山でしか採れない。一気に心拍数が跳ね上がる。


「そ、そうなの。だから、私の国ではこの国以上に手に入りにくいし、値段も高価なの」

「そうなのか。外国にまで流通しているなんて、それだけ質が良いって事なんだな」


 ブロイが感心している。


(ふう、危ない。気を付けなきゃ)


 ちらりとクレマンを見ると、何とも微妙な顔をしていた。発言には気を付けなければいけない。


「クレマンが魔道具に興味があるとは知らなかったな。それとも、留学生を案内しただけか?」

「今まで魔道具の事はあまり知らなかったんだけど、フィルーゼから回路の事を教えてもらって興味が湧いたんだ」


 私はブロイに目当ての明かりの回路について説明した。


「へえ、君は回路の組み立ても出来るのか。ちょっと来いよ」


 ブロイは私たちを店の奥の工房に案内してくれた。そして周りの職人に声をかけると工房の隅から木箱を持ってきて作業台に中身を並べ始める。


「ここを借りて自分で考えた魔道具を作ってるんだ」


 私は作りかけの魔道具と、周りに並べられた回路を見た。


「ちょうど留学生の話にも出て来たけど、俺はもっと効率の良い明かりを作りたい。少ない魔力で光る明かりもあるけれど、もっと広い範囲を照らしたいんだ」

「だから、魔力を増幅する回路を、ここと⋯⋯ここに組み込んであるのね。この奥も見てもいい?」


 ブロイの同意を得て私は覆いを外し中を観察した。

 

「ここに、これを入れると光が広がるけど弱くなるんだ」

「そうね、ここが上手く繋がらなくなってしまうわね」


 私は記憶の中にある色々な魔道具の回路を思い出す。


(広げる、広げる。拡散。何かあったわよね)


「あ! ねえ、ちょっと回路を触ってもいい?」

「構わないよ」


 私は並べてある回路ではなく、箱の中に見えていた回路を取り出した。小さな回路。光を集める回路。


「これを使うのか?」

「ふふ。見ててね」


 私はその小さな回路を部品の間に挟み込んだ。しっかりと組み込むのではなく、中途半端な隙間を持たせて、でも少しの衝撃では外れない程度には固定する。ついでに別の回路も何個か取り出して交換する。


「いくわよ」


 持ち手から魔力を注ぐ。


「「うわあっ!!!」」


 光を向けられたクレマンとブロイが目を覆った。工房中に強い光が溢れて職人達が一斉に手を止めて振り返った。そして、立ち上がって駆け寄ってくる。


「ブロイ! 何をやった?!」

「お前が作ったのか?」


 職人達が私が回路を組み直した魔道具を囲んで騒ぎだした。


「りゅ、留学生。お前、すごいな!」


 ブロイに請われるままに、私は職人達の前で回路について説明した。


「これは光を集める回路なんですが、これと、これの間に挟むと、逆の効果を発します。でも密着させては駄目で、このくらいの隙間が必要です」


 娯楽の少ない魔術院では、子供達は玩具代わりに魔道具や回路を組み立てて遊ぶ。これは、その過程で編み出した技の一つ。外との交流が少ないので魔術院で編み出した技は外にあまり出ないのだろう。これは伝える機会が無いだけで機密事項ではない。


 せっかくなので、他にも知っている技を色々と教えてあげた。


「私の国の技術です」


 魔術院とは言わない。皆、真剣に聞いて書き付けに記録をしている人もいる。ブロイも熱心に質問してくる。クレマンは圧倒されて職人達の後ろで困惑している。


「留学生、すまないが、君の名前をもう一度教えてほしい」

「フィルーゼよ」

「フィルーゼ、これからも、色々と教えてくれ!」

「ええ、もちろん」


 私の手をぎゅっと握って怖いくらいに熱心に言われる。新しい友人が出来たと思って良いのだろう。


 寮までの帰り道もずっとブロイは回路について熱心に話し続けていた。


「クレマン程の頭脳の持ち主が魔道具に興味を持ってくれた事も嬉しい」


 あまりの熱心さにクレマンも戸惑った顔をしていた。


「おはよう、フィルーゼ!」


 翌日の朝食からは、クレマン、ルアナ、マルミナと私でちょうどの広さのテーブルに、無理やり席を作ってブロイも参加するようになった。


「ブロイが特定の誰かと親しくするのを初めて見た!」

「ふふ。仲良くなれて嬉しいわ」


 ルアナとマルミナは面白がってくれている。相変わらず、レアンドルが更に狭くなった所に無理に入り込んで来ることもある。ますます賑やかな朝食になった。


 放課後は、ルアナとの乗馬、マルミナとの刺繍、女の子達とお菓子を囲んだお茶会、レアンドルとの王都見物、クレマンとの勉強に加えて、ブロイとクレマンと一緒に魔道具を作る習慣も加わった。


 この学校生活が、ずっと続くといいのに。もうすぐ7月になる。


(あと三か月。もう半分終わっちゃったな⋯⋯)


 学校生活が楽しすぎて、終わりは考えないようにしている。

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