変わらぬ友情
「フィルーゼ、聞こえるか。気分は悪くないか?」
目を開くと心配そうなエタン様の顔があった。エタン様は7年前に前任の年老いた魔術師の代わりに王宮の魔術師になった。それまでは私たち年下の子供達の兄であり父である存在だった。
幼い頃に怪我をしたり馬から振り落とされて目を回した時、こんな風に心配された事を思い出す。
「エタン様。小さい頃に戻ったみたいです」
懐かしくて笑った私は厳しい顔で睨まれてしまい、慌てて反省しているような表情を作る。
「危なかったんだ、ほとんど魔力が尽きていた。恐らく一度、完全に尽きたんじゃないかと思う。⋯⋯周りから抜き取ったのか?」
周りから魔力を抜き取る余裕は無かった。もう駄目だと思ったあの時、心地良い魔力が私を助けてくれた事を思い出す。
「エタン様、お近くにいらっしゃらなかったですよね?」
心地良い強い魔力が私を助けてくれた事を伝えると、エタン様は不思議そうに首をひねった。
「あの近くに私はいなかったし、魔術院の誰も今は王都にいない」
あの時、確かに近くに強い魔力を持った誰かがいて私を助けてくれた。『あの方』に近い魔力を持った誰か。触れずに私を回復させるくらいの魔力を注ぐなんて、相当な魔力の持ち主だろう。エタン様にも、その人物の心当たりは無いと言う。
私が放った知らせはエタン様本人が見つけて、すぐに私だと分かったそうだ。
「あの知らせを王都から出せるのは君だけだが、あんな時間に学校ではない所から発せられた事に驚いた」
よほどの事だと判断し、王宮の警備を厳しくすると同時に兵を派遣してくれた。事情が分からない兵に私の人相を伝えて現地で指示に従うよう命令したそうだ。兵達は私が気絶していた為、何者かの襲撃があったと判断して王都の出入りを封じ周囲の人物を全て拘束した。全く関係のない町の人も全て。
もちろんクレマンも。
「大丈夫だ。あの子は先ほど寮に戻した。送り届けた兵の報告によると、あの時間だったから誰も不在には気が付いていなかったらしい。問題にはなっていないはずだ」
拘束した兵によると、クレマンは意識を失った私の傍らに付き添ってくれていたそうだ。クレマンには到着した兵が、私の敵なのか味方なのか判断がつかなかったようで、味方だと分かるまでは抵抗したそうだ。
兵の方も、クレマンの身なりから貴族の子弟と判断して手荒な事はしなかったと聞いている。
「一人で寮を抜け出して町で遊んでいたら、倒れている留学生を偶然見つけた。来たときには倒れていたので、全く状況が分からない」
彼は頑なにそう言い張ったそうだ。魔術師が自らクレマンと話をしたという。
「私は自分が何者か言わなかったし、彼も問わなかったよ。彼は恐らく君に秘密がある事も、それが知られたら学校生活が終わる事も理解しているんだろうね。君が学校生活を続けられるよう、見た事、気付いた事を誰にも言わないという強い意思表示をしてくれたように感じた」
必要な措置とはいえ貴族の子弟を拘束したのだ。本来であれば彼の両親に連絡をして説明をする必要があるけれど、クレマンがそれを望まなかった。
「学校を抜け出して町で遊んでいたなんて、絶対に両親に知られたくない」
自らの過失だという態度を貫いて、エタン様に強く訴えてくれたと言う。
聞けば、クレマンの父は王宮内で高い地位にあるらしく、拘束の事を問題にされれば面倒な事態になり、私の学校生活は確実に終わっていたようだ。
エタン様は優しく笑ってくれた。
「良い友達が出来たね」
クレマンと『また明日』と約束した事を思い出す。彼の優しさが胸に温かく染みた。
安心すると眠くなってきた。エタン様が私に追加で魔力を注いでくれる。
「まずは体をしっかり休めなさい。もう少し詳しい事を聞きたいから、明日ゆっくり話そう」
ここに運ばれてすぐにエタン様が魔力を注いでくれた。目を覚ました私は起こった事を何とか伝えると再び気絶した。今ここで眠らずに寮に戻りたかったけれど、さすがに難しいようだ。
(学校に戻してもらえるのかな)
体が重くて沈み込みそうだ。今は不安を忘れて体を休めよう。あっという間に意識が薄れた。
◇
(クレマン、いるかな)
私は緊張しながら古い噴水を目指した。まだ辺りは少し薄暗い。日中は暑くなる季節だけど、この時間はまだ少し肌寒く感じる。いつもよりも自分の動作がぎこちない事を自覚して更に緊張してしまう。
「クレマン」
彼はいつものように噴水の縁に腰掛けていた。私の声に振り返り、驚いたような顔を見せる。
「――おはよう」
クレマンは、いつもと変わらない笑顔を見せてくれた。そのまま太陽が昇る方角に目を向ける。
「おはよう」
私もいつものように少し間を空けて腰掛けて太陽が顔を出すのを待つ。私達は、どちらも口を開かない。
(出て来た)
空に光があふれだす。私は立ち上がって、すうっと息を吸い込んだ。全身で魔力を感じ取る。大丈夫、もう質の違う魔力は感じない。いつものように整っている。
「あがきみますこのあめつち――」
私は旋律に乗せて『あの方』への感謝の気持ちを伝える。あんな事があったから余計に強く安寧を願う。
(これからもこの王都が、この国が平らかでありますように)
私が紡いだ言葉は音楽となり辺りに広がった。強い風が吹き、緑の香りと水の香りと共に、私の歌を遠くまで広げる。
「――しみさびたてりみずやまうまし」
歌い終えてもう一度深呼吸をすると、また噴水の縁に腰掛けた。
「協力して頂いて、ありがとうございました。危ない事に⋯⋯面倒な事に巻き込んで申し訳ありませんでした」
勇気を出してクレマンにお礼とお詫びを告げた。返事が怖い。
「俺は何にも巻き込まれたりしてない。君が昨日学校を休んだのは、急に自国からの来客があって王宮に行っていたからだろう? ⋯⋯もう少し、王宮にいるかと思った」
私は、その言葉を聞いて少しだけ安心した。私は今後もクレマンが同じ付き合いをしてくれるか心配だった。もう関わりたくないと言われる事を恐れていた。
「そうなの、急な来客があったから、学校を休むことになっちゃって」
自国からの急な来客、これが公にしている欠席理由。
「でも、私が問題無く留学生活を送っている事を理解してもらえた。残りの学校生活をここで送っても大丈夫だって理解してもらえた」
翌日、すっかり元気になった私を、エタン様は容赦しなかった。詳しい聞き取りと同時に、何の相談も無く危険な事をした事を叱られた。とても、とても叱られた。王宮からは学校に戻さずに魔術院に帰すよう言われたそうだが、エタン様が取りなしてくれたお陰で戻ることが出来た。
「フィルーゼ、次はないぞ」
別れ際に厳しい顔で釘を刺された事は、肝に銘じておかなければならない。
「そうか、良かった」
クレマンは、こちらを向いて安心したように微笑んでくれた。
「ありがとう。本当にありがとう」
エタン様が調べたところ、やはり宝珠には敵国の魔獣の王の魔力が強く込められていたそうだ。埋めたと思われる犯人を王宮が全力で探しているが、まだ見つかっていない。
「私には気付けない位置に上手く埋められていた。フィルーゼが気付いてくれなかったら、厄介な事になっていたはずだ」
王都には数か所、強く守りの魔力を発する場所がある。その魔力に遮られて王宮からは察知しにくい場所が選ばれていた。敵もかなり強く魔力を感知する能力があると見た方が良さそうだと、エタン様は警戒を強めていた。
私は立ち上がってクレマンの前に立った。
「私の独り言なんだけどね、助けてもらって、あれが出来なかったら大変な事になっていたの。それにね、えっと⋯⋯誰かが何も知らないって言い張ってくれなかったら、ここには戻れなかったの。私は戻りたかったし、またこうやって話したかったし⋯⋯」
感謝を伝えたかったはずなのに、何を言いたいのか分からなくなってきた。
「あの!」
困ったような顔をして私の言葉を聞いていたクレマンが驚く。
「なに?」
「まだ、友達でいてくれる? こんなに迷惑掛けたけど、いつも迷惑しか掛けてないけど、友達でいてくれる?」
緊張する私に柔らかく笑ってくれた。
「もちろん、これからも俺たちは友達だ」
嬉しくなって、噴水の縁に腰掛ける彼に抱きついた。すぐに振り払われるかと思ったけれど、珍しくそのまま受け入れてくれた。
「何だよ、俺を噴水に落とすつもりなのか?」
少し笑うと優しく背中をぽんぽんとたたいてくれた。私が落ち着いて、ちゃんと噴水に腰掛け直すと遠慮がちに質問された。
「一つだけ、聞いてもいいかな」
クレマンが何にどのくらい気が付いているか分からない。少しだけ緊張する。
「うん」
「貸してもらった明かりは、君の国の道具なのかな」
「え? あれは、この国の明かりよ」
宝珠が埋まった穴を探していた時に貸した魔道具の事だと思う。あれは、この国のどこかの街で作られていて誰にでも手に入れられるものだったはずだ。
「そうなのか。俺が使った事があるような魔道具は使うとすぐに疲れてしまうんだ。でもあれは、とても明るく照らせるのに使っていて全く疲れなかった。それが不思議で」
なるほど。魔道具は人間が魔力を注いで使う。魔力が少ない普通の人は、注ぐ量が多いとすぐに疲れてしまう。魔道具が便利な割には不人気な理由だ。
「同じ効果がある魔道具でも、回路によって全然違うの」
クレマンが記憶を探るように宙に視線を泳がせた。確か学校でも魔道具については簡単な事を教えているはずだ。それを思い出しているのだろう。
「魔道具が石で出来た回路の組み合わせで出来ている事は知ってるでしょう?」
クレマンが頷いた。
「回路の組み合わせによって、同じ結果でも魔力消費の効率が全く違うの。それに、回路の素材によっても大きく変わるの。授業ではそこまで詳しくは教えられていない?」
「ああ、聞いたことがないな」
私が知っている限りの事を伝えると興味深そうに聞いていた。
「知らなかった、面白いんだな」
「回路が手に入るなら、あの明かりくらいのものは私でも作れるわよ」
「え! 本当か?」
町には魔道具や回路を売っているお店があるそうだ。一緒に行ってみる約束をする。
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