これはお別れではない
学校の外に出てからは、方角をクレマンに伝えて、そこに行ける道を選んでもらった。少しずつ魔力が近くなってくる。
「あっちだわ」
「その先は行き止まりだ。こっちから回ろう」
高い建物が多く入り組んでいる。王宮の近くは目につきやすい大通り以外は、敵が入りにくいように迷路のように作られていると聞く。私一人では往生してしまっていたはずだ。
「この辺だわ!」
建物の間、石段を上った所、公園とも言えないような木が数本生えている場所だった。恐らくここに埋められた何かが魔力を発している。魔力が強すぎて位置の特定が難しい。
慎重に探すけれど何も見つからない。私は鞄から明かりを出すとクレマンに渡した。
「新しく埋められた物を探してるの」
「大きさは?」
「分からない⋯⋯でも恐らく持ち運べる大きさのはず」
「分かった」
クレマンも地面を探してくれる。しばらく二人で黙々と地面を探る。
「フィルーゼ、これは?」
クレマンの声に駆け寄ると、大きな木の根の陰に土を掘り返したような跡があった。
「ありがとう、これかもしれない」
私は辺りを見回して丈夫そうな木の枝を拾うと、その跡を掘った。土を戻して間もないようで簡単に掘り起せる。クレマンも同じようにして手伝ってくれる。膝の深さくらいまで掘ると、そこからは鈍く薄緑色の光を放つ宝珠が見つかった。
「これだわ!」
土から拾い出そうとして触れた。
バチッツ!!!
「きゃあっ!!」
痛い。熱い。弾けるような感覚と共に触れた指が痺れた。
「大丈夫か!」
クレマンが、腕を押さえて蹲る私の肩を掴んで様子を確認しようとする。
「ごめん、大丈夫。何でもない」
「何でもないって悲鳴じゃないだろう!」
ここまで全く何も聞かずに協力してくれたクレマンが、さすがに厳しい顔で私に言う。
地面に顔を出した宝珠が、また地面に潜ろうとしている。よく見ると小さな部品が取付けられている。恐らく魔道具。鋭角な形から推測できるのは、宝珠の魔力を利用して地面を掘り進むように作られているという事。
(この宝珠を深く埋め込もうとしている)
この国の魔力を削ぐ、こんなに強力な宝珠を地中深くに埋め込まれたら。しかも王宮のすぐ傍に。背筋に冷たいものが走る。
「魔力を感じてから、まだ1時間も経っていないのにこの深さ。今、どうにかしないと手遅れになってしまう」
「手遅れ?」
王宮に連絡をして魔術師を呼ぶ時間は無い。それに、魔術師が王宮を離れる事は絶対に避けなければならない。私は覚悟を決めた。
「クレマン。何も聞かずに協力してくれてありがとう。もっと学校生活を続けたかったんだけど、多分ここでお終いになる」
「お終い? どういうことだよ」
クレマンが眉間に深くしわを寄せる。
「巻き込んでごめんなさい。あなたのおかげで、これを見つけられた。本当にありがとう。これ以上はもう巻き込めない。この後は私一人で大丈夫だから、あなたは学校に戻って」
「大丈夫には見えない! 本当に何も教えてくれないのか。このまま君を置いて帰れと言うのか?」
クレマンが私の肩を強く掴んだまま食い下がる。最初に会った時に近いと不愉快そうに言っていたのに、今は彼の方から私に触れている。
(ふふふ。いつも、あんなに怒るのに)
少しだけ気持ちが落ち着いた。
「たった2か月か。思ったよりも早く終わっちゃったな」
学校生活が終わる。そう思った時に真っ先に思い浮かんだのは、祈りの後にクレマンとゆっくり話す時間。それは今、クレマンと一緒にいるからなのか、違う理由なのか。
「あなたと過ごす朝の時間が好きだったの。もっと一緒に過ごしたかった。友達になってくれてありがとう。あなたの事大好きだった、忘れない」
クレマンの顔が痛みをこらえるように歪んだ。
「もう会えないみたいな事を言うなよ」
宝珠が土の下に隠れる。
「俺は学校で待ってる。朝の歌を聞くために噴水で待ってる」
クレマンは険しい顔をしたまま立ち上がった。
「ありがとう。じゃあ、お別れではないわね」
少しだけ涙が出てしまう。
「また、明日ね」
「ああ、また明日」
クレマンは険しい顔のまま頷くと、私に背を向けて歩き出した。
◇
私はもう一度、木の枝で宝珠の周りを掘った。今度は完全に宝珠が土の上に出るように深く広く掘る。さっき触れた感覚から推測すると、恐らく全ての魔力を使う必要がある。私は集中して息を整えた。
「お願い、気が付いて!」
思い切り空に向けて魔力を3回放つ。これは、緊急の時に魔術院に連絡する方法。私の魔力は強くまばゆい光を放ちながら空高くに打ち上がった。少し遠いけれど、ここからなら魔術院にも届くはず。その前に、きっと王宮の見張りがこれを見つける。すぐに王宮の魔術師に緊急事態が伝わるだろう。そして恐らく魔術師は自らは出ずに偵察の兵を送るはずだ。
「絶対に助けが来てくれるから、大丈夫」
自分に言い聞かせた。私はもう一度集中して魔力を整えて宝珠に手を伸ばす。しっかり掴んだから、バチッバチッと先ほどよりも大きな衝撃音がする。
「あうぅっ! くうっ!!」
(痛いっ、熱い!)
浅く呼吸を繰り返して痛みをこらえる。にじみ出た汗が体を冷やす。覚悟して触ってたはずなのに、宝珠から異質な魔力が私に入り込むのが耐え難く辛い。自分の魔力を使って懸命にそれを押し出しながら、宝珠全体を魔力で包む。
強い魔力で覆って封じると中の異質な魔力を隔離する事ができる。ただし、これほどの強い力を漏れないよう封じるには、かなりの魔力量が必要。
(足りなかったらどうしよう。全てを使い切ってしまったら、どうなるんだろう)
全ての魔力を使うのが怖い。心が挫けそうになる。
普通の人間ですら魔力を完全に失うと命に危険が及ぶ。特に強い魔力に慣れた私が完全に魔力を失う事は死に等しい状態になるはずだ。それでも、この宝珠を止めなければならない。魔力を使ってこの国を守るのが私の使命。もう一度、自分に言い聞かせる。
「きっと、大丈夫。偵察の兵が来たら見つけてもらえるわ」
見つけてすぐに王宮に運んでくれたら、魔術師に処置してもらえる。命を落とさなくて済むかもしれない。もしくは私の見込みが外れて、魔力を残して宝珠を封じられるかもしれない。
(そうよ、思い出して。私は『あの方』に仕える事が決まっているくらい魔力が強いじゃない)
私は魔術院の中でも『あの方』に一番近しく強い魔力を持つ。これを封じるだけの魔力があるはず。それは、今は私にしか出来ない。
手のひらから伝わる苦痛をこらえて私は思いきり、試した事がない程の全力で魔力を注いだ。もっと、もっと。出せる限りの全てを。それでも、宝珠の魔力を封じる事が出来ない。
(もう無理! 駄目、足りない)
身を守る為に使っていた魔力を、封印に使う事に決めた。宝珠から異質な魔力が大量に、抵抗を止めた私に流れ込む。全身を切り裂くような痛みが走る。それでも持てる全ての魔力を宝珠の封印に集中する。
(お願い、お願い、お願い!)
最後の魔力を振り絞ったその時、ふっと、手のひらから伝わる嫌な衝撃が消えた。私の魔力が完全に宝珠を包んでいる。封じる事に成功した。手から力が抜けて、宝珠がごろんと地面に転がる。
身を守る魔力すら失った全身を異質な魔力が隅々まで侵食し、それは、耐え難い苦痛となって私を苛む。意識を飛ばしてしまいたいのに、頭が割れるような痛みががそれを許してくれない。震えが止まらない。全身を濡らす汗が体温をどんどん下げる。
どうせなら楽に死にたかったと後悔した時、少し離れた所から心地良い魔力が大量に放たれ、私の全身に入り込んだ不快な魔力を押し出してくれる。
(気持ちいい魔力。強い、強い魔力⋯⋯誰?)
そのまま、心地良い魔力は私に注ぎ続けられる。安心して気が緩むと意識が薄れた。体から力が抜ける。視界が回って地面に倒れる寸前に目に入ったのは、駆け寄って来るクレマンの心配そうな顔だった。
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