一番信頼できる友達

 数日前から時折、不快な魔力を感じる事があった。大抵は一瞬のことで気のせいと思える程度だった。


 朝の祈りの時に慎重に魔力を探っても何も感じない。迷ったけれど何も手を打たなかった。


(本当は、王宮の魔術師に連絡した方がいいのかもしれない)


 学校から王宮に連絡をしてもらう方法はある。学校は私の事情を詮索しない事になっているから、理由を言わずに取り次いでくれるだろう。


(でも、出来れば避けたい)


 どんな事が疑いに繋がるか分からない。もしも、学校が何かをきっかけに魔術院と私を結び付けてしまったら、王宮は即座に私の学校生活を中止にしてしまうだろう。


 出来る限り王宮には私の存在を忘れていてもらいたい。


 その日は、いつも以上に不快な魔力を感じる頻度が高かった。ルアナと馬に乗っていても、魔力を感じる度に集中が削がれてしまい、珍しく落馬しそうにまでなった。


「フィルーゼ、疲れてるんじゃない?」


 ルアナの労りに落ち着かない気持ちで応えて、その日は早々に部屋に戻った。


 夕食は遠慮して、気持ちを落ち着かせようとゆっくり入浴してみる。それでも全く気が休まらず、いつもなら眠る時間になっても、気分が張り詰めたままだった。


 その時。


「――何、これ!」


 かなり強い魔力。でも、この国を守る魔力とは異なる力。感じるだけで不快な強い魔力。


(まさか、他国から持ち込まれたもの?)


 この国を守る魔力は魔術院の奥に眠る魔獣の王に由来する。魔術院が厳重に隠されているのは、国を魔力で満たして守る魔獣の王――『あの方』を守るためだ。


 同じように他国にも、その国土を守る魔獣の王がいる。魔獣の王の魔力はそれぞれ質が違い、その力同士は反発あるいは相殺される。


 今、私が強く感じる魔力は、少なくとも我が国の魔獣の王が――『あの方』が、王都を守る力を削いでしまう質の魔力だと感じる。


 これは敵対する国からの攻撃だとしか思えない。


(迷わず、王宮に連絡をしておくべきだったわ)


 後悔しても遅い。今は一刻でも早く場所を突き止めて、不快な魔力を排除しなければならない。王都の魔力の守りが、どんどん削がれてしまっている。


(王宮の魔力師に報告する?)


 この魔力が他国からの攻撃の場合、王が御座す王宮から魔術師を引き離す事が目的かもしれない。知らせたとして、魔術師の他には魔力を察知できる人間は魔術院にしかいない。


(幸いな事に、私がここにいる)


 私は考えを巡らせる。


 恐らく、私が動いて緊急度を推測して、どういう形で王宮に連絡するかを判断することが最善だろう。国の危機であれば、例え正体がばれてこの生活が終わったとしても、その場で王宮の魔術師と魔術院に知らせを発するべきだ。緊急じゃないなら、学校経由で王宮に連絡をすればいい。


 私は動きやすい服装に手早く着替えながら、続けて考えを巡らせる。不快な魔力は、感じ取れる距離から推測するに確実に学校の外に源がある。でも私にはまだ土地勘が無い。町には何度も行ったけれど、案内無しではまだ目当てのお店にすら辿り着けない状態だ。


(誰かに協力して欲しい)


 ルアナ、マルミナの顔が浮かぶ。すぐ近くの部屋にいる。声を掛けて町の案内をお願いすることを考える。


(駄目、こんな遅い時間に外に連れて行くわけにはいかない)


 男性なら多少は許されないだろうか。


(レアンドルか、クレマン)


 彼らなら、何も聞かずに協力してくれる可能性がある。試してみようと思う。


(でも、どうやってお願いすればいいの?)


 皆が眠ろうという時間に、男子の寮に行って呼び出すことは出来ない。窓から合図をする。駄目だ、彼らの部屋の場所を正確に知らない。


 着替え終わった。小さな肩掛け鞄に、灯りになる魔道具など必要になりそうな物を詰める。


(あ! クレマンなら、もしかして)


 一つだけ試せそうな案を思いついた。私は窓を開けると壁を伝って中庭に降りた。魔術院がある森で育った私は、少しの突起や窪みさえあれば大抵の壁の登り下りができる。こんな風に役に立つとは思わなかった。


 中庭の木の影に紛れながら、人目につかないよう男子寮の方に向かう。幸いな事に周りに人がいない。私はしっかりした木を選んで上ると茂る葉に身を隠し、並んでいる部屋の窓に向かい、すうっと息を吸う。


「あがきみますこのあめつち――」


 朝の祈りの歌。クレマンだけは、私の歌声だと分かるはず。消灯時間が過ぎた静かな寮の中庭に私の歌声が響く。しばらく続けると窓が何ヵ所か開き顔が現れた。居場所がばれないよう私は歌を止めた。


(クレマン⋯⋯いた! 歌声が聞こえた。まだ眠ってなかった!)


 3階の端、開かれた窓からクレマンが見える。他にも歌声を不審に思って窓を開いている人が何人もいる。私はその人達から見えないように気を付けて木を下りると、また木の影を伝い、今度は毎朝祈りを捧げている古い噴水に向かった。


 クレマンが来てくれるかどうかは賭けだった。私の歌声だと気づいたとして、クレマンを呼び出したかった事、ここに来て欲しいと思っている事が伝わるとは限らない。


(どうしよう、魔力が小さくなっていく)


 感じ取れる不快な魔力が少し小さくなっている。どうしても発生源を突き止めたい。あと少し待ってクレマンが来てくれなかったら、一人で学校の外に出ようと覚悟を決めた。


 誰かが走って来る足音が聞こえた。噴水の影からそっと様子を窺う。


「クレマン!」


 私の前まで来ると、少し屈んで両膝に手をついた。急いで来てくれたのだろう、弾んだ息を整えている。


「やっぱり、フィルーゼ」


 どうしたのかと問おうとするクレマンに、私は決死のお願いをした。


「お願いします。何も聞かずに協力して頂けないでしょうか。お願いです、お願いします」


 事情を言う事が出来ない。どこに何をしに行く、何も言えない。そこまで信用してもらえるか、急に自信がなくなってお腹がぎゅっと痛くなった。


 クレマンは驚いたように顔を上げた。息を整えながら少し険しい顔をして私を見た後、口を固く結んだ。


(駄目か⋯⋯)


 私は一人で行く事を決心した。でも。


「分かった。何をすればいい?」

「いいの?」

「俺を信頼してくれた、その期待に応えたい」


 困ったように微笑んでくれる。思わず涙が出そうになる。


「ありがとう。本当にありがとう」

「いいから。急いでるんじゃないのか?」


 私は頷くと集中して魔力の位置を確認する。


「探しているものがあって、絶対に見つけなければならない。でも、正確な場所が分からない。私は学校の外に詳しくないから助けて欲しい」

「分かった」

「こっちだと思う」


 私は魔力を探りながら駆け出した。

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