放課後の過ごし方

 私が恋をするのを諦めて、学校生活を楽しむ事にしたと報告すると、ルアナとマルミナは少しだけ残念そうな顔をした。


「確かに王子が言う通り、将来が無い恋は必ず別れが待っているもの。楽しい気持ち以上に辛い思いをするかもしれないわね」


 ルアナは寂しそうな顔をして私を抱きしめてくれた。彼女は一つ年上の男性と婚約をしている。学校で出会い恋に落ちて幸せな婚約に至ったそうだ。


「王子は、そういう将来の無い軽さを好むと思いましたけど」


 マルミナの皮肉を込めた言い方にレアンドルが言い返す。彼は今朝も無理に狭いテーブルに割り込んで朝食を一緒に食べている。


「本当にひどいな。俺はいつだって将来を考えて誠実に取り組んでいる」


 彼から話を聞いた私は、それが彼の本音だと知っている。あの時に覗き込んだ瞳からは、偽りや謀ろうとするような嫌な感情は読み取れなかった。私と同じ憧れが読み取れた。


「レアンドルに教えてもらえて良かった。学校生活に全力を注ぐ事にする」


 クレマンは『その方がいい』と何度も深く頷いてくれた。


 ルアナは放課後に乗馬を楽しむ事が多いそうだ。馬と触れ合うのが大好きで、どれだけ乗っていても飽きないと馬の魅力を話してくれた。婚約者とは馬場で出会って一緒に過ごすうちに恋に落ちたらしい。


「フィルーゼは乗馬が出来る? 今日の放課後は一緒に馬に乗りましょうよ」


 魔術院は深い森に囲まれている。その中を乗り回していたので、恐らく得意だと言っても大丈夫だろう。


「そうしたら、明日は私と一緒に過ごしましょう。刺繍はお好き?」


 マルミナの趣味は刺繍だと言う。同じ趣味を持つ男女で集まって放課後に刺繍をしているそうだ。


「刺繍はやった事が無いの。でも試してみたい」


 マルミナが持っているハンカチには、いつも色とりどりの花が咲き乱れていて、美しいと思っていた。私にもこんなに素敵な事が出来るようになるのだろうか。


 マルミナは数か月かけて大きな布に刺繍をしているそうだ。森の中の花畑が想像出来るような、絵画のような仕上がりを目指していると言う。


「あの方が部屋に飾りたいって。それを見て私の事を思い出したいって」


 頬を染めて恥ずかしそうに俯いた。マルミナには幼い頃から決められた婚約者がいる。学校を一足早く卒業した婚約者の領地は、マルミナの実家の近くで王都からは遠い。学校を卒業したら領地に戻って結婚する事が決まっている。


「何だよ、俺と過ごす時間が減るじゃないか」


 不満そうなレアンドルにルアナが更に言う。


「お茶会も欠かせないし買い物にも行くのよ。恋人じゃないんだから、優先的に時間をもらえると思わないでちょうだい」


 ルアナがぴしりと言う。


 もちろん学校の授業も楽しんでいる。魔術院では同じ年頃の子供が少ないので、年長の人から個別に学問を教わっていた。皆で同じことを教わるという経験は面白い。


「違うよ、フィルーゼ。この数式を先に解かないと駄目なんだ」


 最近はクレマンに勉強を教わっている。私は算術については学習が不足していたらしく他の科目に比べて皆に遅れる事が多かった。初等部の頃から常に首席だというクレマンは丁寧に教えてくれる。


 クレマンとは朝の祈りの後にも、他愛のない話をしている。私は子供の頃のクレマンとルアナの話や学校であった昔の出来事を聞くのが好きだ。


「ルアナが最初に馬に親しみ始めたのは、俺への対抗心からなんだ」

「対抗心?」

「まだ幼い頃に、うちの馬が俺の髪をむしった事があるんだ。何かが気に入らなかったんだろうな、思い切り口にくわえて引っ張った」

「きゃあ、痛そう!」


 クレマンは、今噛みつかれているかのように渋い顔をして頭を押さえる。


「痛いし怖かったよ。自分より大きな動物が髪の毛をくわえるんだ。食べられるかと思ったよ」

「今でも、そんな事されたら怖いかもしれない」

「だろう? それ以来、馬が苦手なんだ。それを見てルアナは、自分は全然平気だって見せつけるように馬と親しみ始めたんだよ」


 ルアナが乗馬が好きになったのは、これがきっかけだったとのこと。二人の幼い頃を想像すると可愛くて仕方ない。『家族』とは、こういう温かな関係のようだ。


 もちろん魔術院の人達とも温かい関係はある。でも所詮は人数が多い中の一人だから、両親と兄弟の関係よりは薄いように思える。


「家族って、うらやましい」


 クレマンは首をかしげる。


「君の国では家族で過ごさないのか?」


 私は慎重に説明する言葉を選ぶ。


「前に使命があって接する事が出来る人が限られていると言った事があると思うんだけど覚えてる?」

「覚えてる」


 自分の国で恋が出来ない理由を説明した時に伝えたことだ。


「それは、同じ使命を持つ人が特殊な環境に集められているという事なの。私達は生まれてすぐ両親から離されて育つの。だから、あなたのような『家族』という関係には馴染みがない」

「そうなのか」


 どう答えていいのか困るのだろう。クレマンは黙ってしまった。


「ごめんなさい、変な事を言って。だから聞かせて欲しいの。家族ってどんなものか知ることが出来たら、もし私に家族がいたらって想像して楽しめるでしょ?」


 微笑みかけると『どんな事が聞きたい?』と優しく返してくれた。


 大抵の質問に答えてくれるクレマンだったけど、彼の恋の話だけは教えてくれない。


「人に話す事じゃない」


 そう頑なに言い張って何も教えてくれない。婚約者がいないクレマンが誰かに恋をしているのか知りたいのに。


「もし恋をしたら、どういう気持ちか教えて欲しいの」


 レアンドルは恋をしないと言っていた。恋には一方的に好きな『片想い』とルアナやマルミナのように想いが通じ合っている『両想い』がある事が分かっている。


 『両想い』の話は二人からたくさん聞かせてもらった。『片想い』の話を聞いてみたいのにクレマンはその状態なのかを教えてくれない。


「俺が片想いだって決めつけるなよ」


 だってクレマンは婚約者もいないし女の子と話す姿も見かけない。そう言うと、不貞腐れたような顔をされる。


「それは君のせいでもある」


 心当たりがある私は、反省して『ごめんなさい』と畏まる。


 実は少し困った事が起こっていた。私は恋を諦めたという宣言をしているのだけど、それでもいいと言い寄って来る男の子がたまにいるのだ。学年を越えて、わざわざ接触してくる子もいる。


「何でまた、好んで地獄を見ようとするんだか分からないな」


 レアンドルからは、考えを変えて恋を楽しむ事にしてもいいけど、この国に残る気が無く私の国に受け入れる事も出来ないなら、最後は相手に必ず悲しい思いをさせる事になる。気の毒だと思うなら断るべきだと忠告をもらっている。


 私は忠告通りに断っていたけど、悲しい思いをする覚悟があると引かない男の子もいた。


 見かねてクレマンかレアンドルが間に入ってくれる事が重なり、私はどうやら二人のどちらかと特別な関係ではないかと噂されるようになった。


 華やかなレアンドルと学業に秀でているクレマンは、皆から一目おかれている。二人には敵わないという空気が流れたことで、言い寄られる事が無くなった。


「申し訳ありません、感謝しています」


 クレマンも、その巻き添えで女の子から言い寄られる事が無くなったそうだ。


「俺は煩わしさが無くなって助かってる。興味が無い女の子と話さないだけだ。君の知らないところで恋をしてるかもしれないし、逢引きしてるかもしれない」

「そうよね」


 それは嫌だと少し寂しい気持ちになる。自分の大事なものを人に奪われたような気持ち。


(きっと、大好きで大切な友達だからだ)


 毎朝の時間も含めてクレマンと一番多くの時間を過ごしている。もしクレマンが誰かと婚約して、他の女の子とは二人で話さないと決めたら残念だと思う。


 ちなみに、レアンドルが女の子から言い寄られる事が減らないのは、同時に複数の相手がいてもおかしくないと思われているからだ。


「本当に、そんな事しないのにな」


 周囲からの評価を改めて知ったレアンドルは深くため息をついていた。

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