おしゃれの授業

「駄目よ、これは駄目だわ」


 ルアナとマルミナは深いため息をついた。学校が終わって寮に戻った後、皆が中庭でお茶を飲むというので着替えて行ってみると、この反応が返ってきた。他の女の子たちも困った顔をしている。


「フィルーゼはせっかく可愛いのに、そんな恰好をしていたら台無しだわ」

「あなたの国では、女の子はおしゃれをしないの?」

「ちょっと、ぐるっと回ってみて」

「生地はいいのよね。問題は服の形だわ」

「せめて、リボンを腰に巻いたらどうにかなるかしら」


 一斉に私を取り囲み、服を触り私をぐるぐると回す。私は自分の服を見下ろした。


 魔術院と周りの森しか知らない私は、みんなが着ているようなステキな服を持っていない。体を動かしやすいシャツとズボン、もしくは今着ているような飾りが全くないワンピース。


「こちらの流行に合わせたものを買いなさいって、お小遣いはもらっているの」


 口に出すと皆の目が光った。


「「「話が早いわ!」」」


 あっと言う間に町に連れ出された。学校は王都の中心にある。それほど歩かずに商店が立ち並ぶ通りに出た。


「私の家は王都にあるから、たまに家に帰って職人を呼んで服を仕立ててもらうの。あなたも今度、一緒に仕立ててもらいましょう! マルミナもたまに一緒にお願いするのよ」


 『ね?』とルアナとマルミナが目を見合わせてほほ笑む。


 ルアナの父は宮廷で政治に携わっているそうだ。だから王都に屋敷を構えている。屋敷から学校に通えるけど、ルアナは友達と過ごしたいと言って寮を選んだ。


「家にいると、お行儀だの勉強だの、お母さまが口うるさいんですもの」


 そんな妹を心配して、双子の兄であるクレマンも寮生活を選んだらしい。


「私の両親は遠い領地に住んでいるから街で買い物をする事が多いの」


 マルミナはゆったりと小首をかしげながら、私に合いそうなお店を選んでくれる。


「フィルーゼには、こういう感じの服が合うんじゃないかしら」


 他の女の子たちも、それぞれひいきのお店を教えてくれる。数件のお店を巡り、今日は仕立てずにすぐ着れる服を数枚買った。


 お金の価値がよく分からないので手持ちが心配だったけれど、魔術院から持たされている分で十分に足りそうだ。好きに使いなさい、足りなくなったら連絡しなさいとありがたい言葉をもらっているので、遠慮なく使った。


 服の他にもリボンなど身を飾る小物も皆に選んでもらった。


「あなたは、本当に可愛い服が似合うわ!」


 この女の子は私を6回も着替えさせてその度に、興奮したように褒め称えてくれる。背が高くほっそりした彼女は、今、私が着せてもらったような、ふんわりした服が似合わないのだと嘆く。私は背が高くも低くもなく、何の特徴もない体形をしている。


「あなたは美しい形の服がとても似合ってる。素敵ね!」


 するりと体に合った細身のワンピースを着た彼女は、嬉しそうにワンピースの裾を工夫しているのだと教えてくれる。


「制服を着崩すと怒られるでしょう? だから髪型やリボンで工夫するのよ」


 こちらの女の子は、いつも複雑にリボンを髪に編み込んでいる。華やかで教室の中でも目を引いている。


「真似しようと思っても、難しいのよ」


 ルアナは何度教えてもらっても真似できないと口をとがらせた。


「寮に戻ったらやり方を教えてあげるわ」


 寮に戻った私達は、私の部屋に集まって買って来たものを組み合わせた。皆が楽しそうに着こなしを指南してくれる。今後の一週間の着こなしも決まった。


「あなた、恋をしに来たんでしょう? 好きな人に可愛いく見られたいと頑張るのも恋の醍醐味なんだからね」


 皆の後押しが嬉しい。皆は私にどんな男の子が好みか聞いてくれた。物語の騎士みたいな人と言うと残念そうにため息をつかれた。


「残念だけど、3年生には騎士の家系の子がいないの。少し上にはいたんだけど、もう卒業してしまったわ」


 皆が言うには貴族の子弟の世界は狭いから、もうこの年齢になると今さら知らない顔に会う事も無くて、恋が盛り上がる事が少ないらしい。


「でも、あなたが来て恋をすると言ったから、妙に皆が意識しちゃったの」


 今まで想いを寄せていたけれど勇気が出なかった人や、改めて意識してしまった人など、皆の動かなかった恋に風を吹き込んでしまったらしい。


(肝心な私の恋は全くだわ)


 うらやましがる私にルアナが少し苦い顔をした。


「レアンドルのせいよ。彼が最初に挑戦するのは俺だと宣言しちゃったから、他の子が近寄りにくくなっちゃったのよ」


 なんと。最初の日に食堂で話しかけてきた『王子』と呼ばれていた人の事だ。あれ以来話をしていないけど、本当に協力してくれるつもりがあるらしい。慣れてきたら話しかけてみようと思う。



「いいわね、いいわね!」


 朝食の席でルアナとマルミナが私の髪型を褒めてくれる。昨日教えてもらったように整えてみた。難しかったけど何とか形になったと思う。


「フィルーゼ、素敵だな。君は何もしなくても美しかったけれど、ますます可愛いよ」


 レアンドルがテーブルに無理に割り込んで席を作った。


「ふふん。どう、王子? 私たちの見立てよ」


 得意げなルアナに、レアンドルは惜しみない賛辞を贈る。


「フィルーゼの美しい水色の髪に、この檸檬色のリボンはよく合ってる。選んだ君たちの目は確かだね。この編み込み方は、きっとリーゼに教わったんだろう?」

「さすがですわね、王子」


 マルミナが女の子の服装や髪型にまで目を光らせるレアンドルに感心している。ちなみに朝の噴水で会ったクレマンは何も言わなかった。恐らく髪型が変わった事にすら気付いていないだろう。今も私たちの会話には興味が無さそうに、スープの中の野菜をつついている。


「ところで、フィルーゼ。学校の生活には慣れた?」


 レアンドルはパンをちぎりながら私に、にっこり微笑む。


「うん。みんなのおかげで、すっかり慣れたわ」

「それは良かった。じゃあ今日の放課後は俺と過ごそうよ」

「レアンドルと?」


 話し掛けようとは思っていたけど、こういう時にどうしたらいいのか戸惑っていると、ルアナが助け舟を出してくれた。


「一緒に過ごすって、どうするつもりなの?」

「どうって。話をしてもいいし町を案内してもいい。ただ一緒の時間を過ごしたいだけだよ。おかしいか?」

「何か王子が言うと、素直に受け取れないのよね」


 レアンドルは少し不貞腐れた顔をした。


「俺、最初に恋の相手として立候補しただろう? そろそろ具体的に行動しようと思っただけだよ。女の子たちと過ごすのも楽しいと思うけど、それじゃあ恋には発展しにくいじゃないか」


 レアンドルは私をじっと見た。『目標を達成したいだろう?』と言われて思わず首を縦に振る。


「決まりだ。じゃあ、授業が終わったら中庭で待ってて」

「分かったわ」

「レアンドル――」


 約束する私を見てクレマンが少し強い口調で言いかけるのを、レンドルは面倒そうに遮る。


「分かってるって。フィルーゼの嫌がる事はしないよ。何だよ、俺、そんなに信用ないか?」

「普段の行いですわね」


 マルミナが優しい口調で、厳しい事を言う。


「フィルーゼ、嫌だと思ったら、遠慮なく言うのよ。ひっぱたいてもいいわ。私が許す」


 ルアナも疑わしそうな目をレアンドルに向けている。


「ほんと、みんな酷いよなあ」


 レアンドルは天を仰いだ。

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