抱きしめてはいけない友達
「よろしくお願いします、クレマン」
初めて友達が出来た事がうれしい。私は思い切り力を込めて抱きしめた。
「うわああ! ちょっと、何だよ!」
クレマンが無理やり私を引き剥がした。後ろに下がろうとして木に邪魔され、よろけながら横にずれて数歩離れる。また顔が赤くなってしまっている。顔が赤くなるのは魔力量のせいではないようだ。
「どうしたの?」
「近いんだ! 近いんだよ!」
「近い?」
そういえば、さっきも『近い』と何度も言っていた気がする。
「そうだよ! あなたの国では違うのかもしれないけれど、この国では親しくない人間とこんなに近い距離で接したりしない。異性は特に!」
「?」
私がいたところは『この国』だけど、異性と同性の距離は変わらなかった。
「親しくない人や異性とは距離を置くということ?」
確認するとクレマンは何度も頷いた。
「友達は親しくない人?」
「親しいと言えるけど、異性の友達には抱きつかない」
よく分からない。魔術院の外の人で今までに接したことがある人を思い返して参考にしてみる。
(外の人、外の人。あ、国王かしら。そうね、確かに来訪した国王には抱きつかないわね。ということは異性の場合は友達でも、国王と同じ距離を保つのかな)
「話し方はいかがでしょうか。国王とお話するように礼を保つべきでしょうか」
「国王? 何で国王なんだ? えっと、話し方には国王ほどの距離は必要ないと思うけど」
(なるほど)
「同性には、体も言葉も距離を置かなくても良いもの?」
クレマンは少し考えるようなそぶりを見せた。
「相手による。友人なら近くてもいいと思う。でも、それ以外は同性でも気を付けた方がいい。自分よりも身分が高かったり、年齢が上の人間に対しては失礼にあたる」
「そうなのね、少し分かってきた。私のいた所では周りの人は全て家族のような関係だったから距離の取り方が違うみたい」
魔術院の仲間は血縁は無いけれど全員が家族のような関係だった。引き取られてからずっと生涯を共にする私たちに異性と同性の区別はほとんど無かった。区別があるのは、中の人と外の人。恐らく外の世界では、身分、年齢、性別、色々な条件によって振る舞いを変えるのだろう。
(複雑なのね⋯⋯)
「では、今のこの距離が異性の友人との適切な距離ということね?」
3歩ほど離れている。少し遠い気がするけどクレマンは頷いている。一歩近寄ってみるとクレマンが一歩下がった。なるほど。
「この国の事について勉強してきたつもりだったけど、まだ知識が欠けてるみたい。不快な思いをさせて、ごめんなさい」
謝ると困ったような顔はしているものの、少し微笑んでくれた。
「他の人との距離の取り方とか振る舞い方に自信がないんだけど、今後も教えてもらえない?」
「え? 今後も?」
あからさまに困った顔をされた。友達とは言ってくれたけど、押し付けた自覚はある。本当は友達と思う事すら嫌なのかもしれないと思うと少し悲しくなった。その思いが顔に出てしまったのか、クレマンが少し慌てた。
「いや、えっと。こういうのは同性に頼んだ方がいいと思って。あー、そうだ。俺には双子の妹がいるから、彼女にその役をお願いしようと思うけど、どうかな。紹介するよ」
「妹さん?」
「うん、ルアナと言う。同じ3年生だから、あなたのそばで助けられると思う」
それはいいけれど少し気になる。
「ありがとう。あの⋯⋯本当は、私があなたを友達と思うのは迷惑?」
「え! そんなことはない! 俺たちは友達だ」
「よかった! ありがとう!」
嬉しい。外の世界で出来た初めての友達に早速嫌われてしまったかと思った。私はまたうっかり、クレマンに抱きついてしまい引き剥がされる。
「ごめんなさい、つい習慣で」
「本当にやめたほうがいい!」
クレマンは真っ赤な顔をして強い口調で言う。
「友達でも異性は駄目だったわね」
「そうだ」
今までは感情の動きがあると、周りに抱きついたり手を握ったりするのが普通だった。気をつけなければならない。
「――くぅ~ぅ」
「?」
クレマンがますます赤くなってお腹を押さえた。どうやら空腹でお腹が鳴ったらしい。
「申し訳ない。朝食がまだなんだ」
「朝食! 私もお腹がすいた!」
「あなたも、寮で暮らすのか」
「そうなの、昨日の夜遅くに到着したのよ」
この学校のほとんどの生徒は寮で暮らしている。食事は寮の食堂で取ると教えられている。私も祈りが終わったら朝食に向かうつもりだった。
聞けば、クレマンには朝起きてすぐに散歩をする習慣があって、今日はその途中で私が歌う場面に遭遇したと言う。このまま一緒に食堂に連れて行ってもらえる事になった。
食堂は男子寮と女子寮の建物を繋ぐ中間に位置している。いよいよ、他の人たちにも会えると思うと緊張する。
入口でクレマンが扉を開いて私を中に促した。心臓が飛び跳ねるように大きく鼓動を打つ。足をすくませる私にクレマンは優しく微笑んでくれた。
「みんな、歓迎すると思うよ」
私は大きく深呼吸をしてから、一歩踏み出した
食堂に足を踏み入れると、クレマンはもう一度『人との距離に気を付けて』と小声で私に念を押した。入った扉は食堂の裏口に当たるらしく付近のテーブルにほとんど人がいない。
クレマンが私の少し前に立ち、誰かを探すように辺りを見回した。
この寮は高等部の生徒だけだと聞いていたけれど、想像していたよりは食堂が広い。
クレマンが誰かを探しながら進み、私もその後に続いた。私も辺りを見回していると、私達に目を留めた人から固まって動かなくなっていく事に気が付いた。
(何? どうしたの?)
たちまち、食堂中がしんと静まり返った。全員の視線が私とクレマンに向いている。緊張しすぎて目の前がぐらぐらする。思わずクレマンの注意を忘れて、彼の上着の背中を掴んでしまう。
振り返ったクレマンは、振り払おうとしたのか少し身をよじったけど、私の様子をちらりと見ると大きくため息をついただけで、そのままにしてくれた。
「クレマン?」
食堂の端から聞こえた声に目を向けると、クレマンと同じ髪と目の色をした女の子が、こちらを見ていた。
「ルアナ!!!! 助けてくれ!」
クレマンが大声で呼びかける。
(助けてくれって⋯⋯)
クレマンの大声と共に周りが動き出し、ざわざわと騒ぎ出した。みんなが固まっていたのは、見知らぬ闖入者が現れた事に戸惑っていたのだろう。
居心地が悪すぎる。クレマンの上着を握ったまま俯いて足元を見つめた。
(学校なんて私には無理だったのかも)
涙がにじんできた。走って外に逃げようかと思ったところで、優しく声がかかった。
「ねえ、あなた、お名前は?」
顔を上げると、クレマンが『ルアナ』と呼んだ女の子が目の前で私の顔を覗き込むようにしていた。優しそうな瞳がクレマンと同じだ。
(きっと、この子がクレマンの双子の妹だ)
「フィ、フィルーゼです」
上手く声が出なくて震えてしまった。
「突然、皆が注目したら怖いわよね。事情は分からないけど、食堂に来たという事は朝ごはんを食べに来たんでしょう。良ければ、こっちで一緒に食べましょう」
優しく私の手を取ってくれた。私はクレマンの上着を離してルアナの手をぎゅっと両手で握りしめた。この子の優しさに涙がこぼれそうになる。
「ありがとう」
ルアナはほほ笑んで、その手を握り返してくれた。
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