その2 探偵、父親について探る事。

 俺は少年を連れて、まず東南大学へ行くことにした。

 東南大学の理学部と言えば、我が国でも五指に入る名門だ。

 しかもここ4年の間に、ノーベル物理学賞受賞者を3人も輩出しているといえば、マスコミがこぞって持ち上げるのも無理からぬところだろう。

 本来ならば、俺如き私立探偵が出向いたからとて、すんなり応対なぞしてくれる筈はないと思っていたのだが、流石に天才少年だ。

 最初は胡散臭い目つきをしていた事務長氏も、桂川弘の名前を出しただけで、下へも置かぬ扱いで、直ぐに理学部長氏に会わせてくれた。

 俺は弘君(どう見たってそう呼ぶのが一番適切のように見える)の様子を観察していた。

 彼は父親について度々この大学へも来たことがあり、特別講義をしたことも何度かあったという。

 だが、自分の父親よりも遥かに年上のおっさんから、それほどの扱いを受けても嬉しそうな顔は一切見せなかった。

 かといって当然だとそっくり返っていた訳でもない。

 むしろ迷惑そうにしているように、俺には思えた。

 理学部長氏は、大学の内情に関わることでなければという但し書き付きではあったが、こちらの聞き込みに応じてくれた。

 桂川俊介氏は大学ではそれほど目立つ存在ではなく、専攻している研究も『整数論』という重要なのかもしれないが、どちらかというと地味な分野であったという。

 確かに弘少年が語ったように、3か月前に休職届を出して以来、一度も大学には顔をだしていないそうだ。

 学部長氏はそれよりも天才少年の方に関心があるようで、何度か彼にまた特別講義をしてくれないかと、揉み手でもせんばかりだった。


『あんな感じなんです』

 ジョージが運転する帰り車の中で、少年はため息まじりに言った。

『小さい頃からずっとでした。僕が何かで成果をあげる度に、周りの大人たちはちやほやして・・・・僕は好きなことをやっているだけだから良かったんですけど、でも正直言ってあまり気分が良くなかったです。本当なら、お父さんの整数論の方が、地味だけど評価されるべきなのに・・・・』


 弘少年によれば、彼は幼稚園に入ったころからもう普通ではなかったのだという。

 別に得意がっている訳ではなかったが、兎に角分かってしまうのだ。どんなに難解な数式や言語であっても、彼にはまるでゲームでも説くように頭の中に入ってきたのだそうだ。

 父親そんな彼を決して特別扱いはしなかったが、

”本人が興味を持つことは伸ばしていった方がいい”という考え方で、最初は普通の公立小学校に入ったのだが、二年生になるかならないかの頃に、もう中学三年生の教科書まで百%理解出来ていた。そればかりじゃない。

外国語だっていつのまにかネイティヴ並みになっていたというのだ。

 同級生たちからは、決していじめに遭ったり疎外されたりしたわけではなかったが、向こうから寄ってくることは無くなった。

 彼もそんな学校の空気が段々重く感じられるようになってきた。

 一度は不登校になりかけたのだが、父親が奔走してくれて、彼は自分のようなギフテッドの子供でも受け入れてくれるフリースクールに入り、そこで自分が好きな学問を心行くまでやることが出来た。

『父とは何でも話せるいい仲でした。親子っていうより友達に近かったかな。そんな父親がいなくなったんですから、探したいと思ったって不思議じゃあ・・・・』

『しっ』

 俺は彼の口を押しとどめ、頭を下げさせ、ジョージに少しスピードをあげてくれと言った。


 彼は何も言わず、アクセルを踏み込む。

『気が付いてたか?』

 俺が言うと、ジョージは巧みなハンドルさばきで車を追い抜きながら答える。

『何が、あったんですか?』

 弘少年が心配そうな目つきを俺に向けた。

『つけて来てるんだよ。俺達の車を』

 バックミラー越しに外を見る。

 くすんだ色のセダンだった。こっちがスピードを上げると、向こうも同じようにスピードを上げて間隔を詰める。

『どう思う?』俺は運転席のジョージに声を掛けた。

『”煽り”でもなさそうだな。奴ら、俺達が大学を出る時からくっついてたから』

『ということは・・・・』俺は隣に座っている弘少年を眺めた。

『ジョージ、ぶっちぎってくれ。』

『構わねぇが、金は?』

『倍払う』

『オーケィ、ダンナ!』

 ジョージはアクセルをふかした。

 何しろこっちはチューンナップしたばかりのスポーツカー、向こうはオンボロのセダンだ。

 初めから勝負になりはしない。


 結局警察にも捕まらず、セダンをぶっちぎり、都内を走り回り、追っ手を確実に巻いたと判断して、芝白金にある桂川弘の家に着いたのは、もう午後2時をとうに回っていた。

 ジョージに金を渡すと、

”ここ3日は身体が開いてるからよ。いつでも呼んでくれ”と、憎まれ口も聞かずに去っていった。

 やっぱり、金の効き目というのはあるもんだな。


『随分立派な家だな』俺が言うと、弘少年は、

『僕の祖父の時代に建てたんだそうです。何でも祖父は陸軍の軍医だったとか・・・』彼はそう言って鍵を開けようとしたが、

『あれ?』と首を傾げた。

『どうした?』

『おかしいんです。鍵が、鍵が壊れて・・・・』

『どきたまえ』

 俺はそう言って、彼の代わりにノブを回す。

 なるほど、彼の言葉通りだ。。

 明らかに鍵が壊されて誰かが入った形跡がある。

 いや、入ったなんて穏やかなもんじゃない。

”侵入した”と言った方が早いだろう。

 俺は懐からM1917を抜き、ノブを回して玄関の中に入った。

 荒らされた形跡はないものの、土足のまま上がり込んだのは明らかだ。

 靴の跡が玄関から、そのまま二階へと続いていた。

『二階には?』

『僕の部屋と・・・・それから父の書斎です』

 俺は弘少年に”下で待っていろ”と言ったが、彼は黙って後をついてきた。

 

 まず、父親の書斎を覗いてみる。

 誰もいない。

 少しばかり散らかっているようだったが、荒らされたというほどでもないようだ。


 問題は少年の部屋だった。

『やっぱり・・・・』少年は後ろから声を上げた。


 




 

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