6話 不条理系
そうして、たっぷり一週間が経過した。
アルフォンス・ウォーカーを蝕む呪い――その正体を明らかになるには、地道に作業を進める必要があったためだ。
さすが国の重鎮なだけあって、とにかく書類が多い。
ここ一年間で封を切られた手紙を読むだけでも、気が遠くなるような時間が必要だった。
木を隠すなら、森の中。
呪いの物語を隠すなら……山のような書類の中に。
君は慎重に仕事を進め……やがて、その正体を明らかにする。
その内容は、以下のようなものだ。
――――――――――――――――――――――
『屍霊の夢』
こんな夢を見た。
目の前で、見知らぬ女が一人、倒れている。
仰向きに倒れた彼女は、ぽつりと、
「もう死にます」
と言った。
私は、彼女の唇が紅い毒虫のように動くのを、「気味が悪いな」と思いながらじっとみつめている。
「しかし、なぜ死ぬんだい」
「理由は特にありません」
「それは困ったねえ」
「でも、死ぬんですもの。仕方ありませんわ」
私はがっかりして、うつむく彼女を見つめた。
「私にできることはあるかね」
「では、一緒に死んでくださる?」
「別に構わないが」
私はさっそく、ナイフで喉を搔ききり、その場で倒れ伏す。
喉から、どくどくと血が流れ出るのを感じながら私は、命の終焉を受け入れる。
さて。
この女の正体は、何者なのだろう。
少なくとも、こいつのために死ぬ道理など、一つもなかったのに。
そうすることが、この物語の結末にふさわしい、と。
私はぼんやり、そう感じていた。
――――――――――――――――――――――
以上の内容を読み終えて、
(ああ……。このタイプか……)
と、妙に納得した。
これはいわゆる……“不条理系”と言われる類のものだ。
その手紙からは、微かに血の臭いがする。
恐らく、術者の血と汗を触媒にしたのだろう。
「それが、その……“怪談”ですか?」
その内容を覗き見たサーニャが、口をだす。
「こら。勝手に読んじゃダメだろ」
「えへへ」
悪戯っぽく笑う少女。
「でも、もう大丈夫なんでしょう?」
「ああ」
屋敷で暮らすうち、サーニャにすっかり懐かれてしまった。
じっさい君も、純朴なサーニャに心を開きつつある。
「もう、これの効力は消えてる。今回の仕事は“暗殺”だから、下手に死者を増やしたくなかったんだろう」
「ふむふむ」
「これは“夢物語”といって、無意識下に影響を与える類の物語魔法だ。アルフォンスさんがこれを覚えていなかったのは、この読書体験を“夢”だと思い込んだためだろう」
「へえ……」
少女は、興味津々、といった感じだ。
「それで、どうするんですか? この紙、びりびりに破っちゃいましょっか」
「いや。この呪いは、そういった類のことで解けるようなものじゃない」
「どういうことです?」
「俺が手紙を探したのは――この“怪談”と、反対の作用をする“物語魔法”をかけるためだ」
「…………?」
「要するに、闇の魔法でできた外傷を、光の魔法で中和しようってことさ。怪我の属性がわからなければ、それを治す方法もわからない」
「ふむふむ」
「さて。これからが、腕の見せ所だぞ。いまから、この内容を元に“物語魔法”を編む。それをアルフォンスさんにかければ、根本の病魔を取り除くことができるはずだ」
そういうと、少女の目が、ぱっと輝きを放った。
「ってことは……御主人様は……治るんですね?」
「ああ。任せてくれ」
太鼓判を押すと、その時。
ぐらりと身体が揺れる。
甘い匂いがして。
君の胸中に、少女が飛び込んでいた。
「良かった……良かった……!」
どう反応すべきか分からず、君は目を白黒させている。
“吟遊詩人”というと、遊び人のイメージが支配的だが、少なくとも君はそうではない。
「御主人様は――私の、恩人なんです。なんの取り柄もない私を、孤児院から拾い上げてくださって……! 私、この身などどうなろうと構いません。――だから……」
「わかってる。なんとかするよ。……だから、離れてくれ」
二の腕あたりをつねって、ギリギリ理性を維持。
妙な
(お前がいなかったら、抱きしめていたな)
君は、未練を断ち切るようにサーニャを引っぺがし、
「……とにかく。俺は仕事にとりかかる」
すると少女は、我に返ったようにハッとした。
安易に抱擁を求めるなど――年頃の娘がしていい振る舞いではない。
そう思っているのかもしれない。
「あっ……! は、はい。失礼しましたっ」
「いいんだ」
サーニャの頬が、薔薇のように紅くなっている。
今更ながら、羞恥心が襲ってきたらしい。
君は、机の上に白紙を広げ、話題を変えた。
「……では。さっきの手紙、出処を調べておいてもらえないか? 無駄かもしれないが、『調べた』ということが、再犯の抑止に繋がる」
「は……はいっ」
そういってサーニャは、ぱたぱたとその場を立ち去る。
残された君は、彼女の残り香を嗅ぎながら……、
「――嗅いでない」
サーニャの、甘い香りを思い出しながら……、
「――思い出してない」
君は、眉間をぐにぐにともみほぐす。
「一週間ぶりにしゃべったと思ったら。……お前いったい、何がしたいんだよ」
虚空に向けてそう語りかける、が。
やはり、その問いかけに対する答えはない。
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