ね、一度でいいからキライって言って

夕山晴

ね、一度でいいからキライって言って

 太陽の光が降り注ぎ、思わず目を細めたくなる陽気だった。

 屋敷の前で停車した馬車から降りてきた青年。名をステファンと言う。

 出会い頭に彼は言った。


「やあ、出迎えてくれて嬉しいよ。今日も可愛いね。ただ、君の白い肌が焼けてしまわないかと心配だ。いつも言っていると思うけれど、綺麗な髪もドレスも汚れてしまっては大変だし、屋敷で待っていてくれて構わないんだよ。もちろん、僕は嬉しいけれど」


 毎度のセリフにエメリは毎回眉を顰めるのだ。

 ステファンは知ってか知らずか──おそらく知った上でなお、気にした様子もなく整った笑顔を見せる。


「何かあっては堪らないからね。僕の大好きな妖精さん」


 そう言って手慣れたように、エメリの白い手を取り、甲にキスを落とした。

 エメリはといえば合わせたように溜息を落とす。

 これもまた恒例のやりとりだった。


「いーえ! ごきげんよう! ステファン様! お待ちしておりましたわ!」


 何度も溜息を吐いてみせたところで、ステファンは変わらずエメリを褒める。

 今度は舌打ちでもしてみようかしら、と画策しつつ、いつも通り親友である兄の元へと案内したのだった。




 ◇◇◇




 ステファンは兄ノアの友人である。

 八つ離れた兄とその友人は、自分の知らないことを教えてくれる興味深い存在で、二人の話を聞く機会があれば飛んでいった。

 つまり、親友同士の時間を邪魔していたのだが、ノアもステファンも幼いエメリを邪険にしなかったので、気にしたこともなく構ってもらっていた。


 彼らは常に優しく、甘やかしてくれて。兄の友人だったステファンはいつの日にか好きな男の人になっていた。


 しかし、ステファンにとってはいつまで経っても親友の妹であるようで、ずっとただ優しい。

 可愛いやら大好きやら、挙句の果てには妖精やら天使やら、年頃の女性にとっては少々気恥ずかしくなるような言葉も平気で使う。

 他の女性に言っている場面を見たことはないから、一種の特別扱いなのだとは思う──けれど。


「一度でいいからキライって言ってくれないかしら」


 兄ノアの元へ案内した後、戻った自室でエメリは鏡を覗いていた。

 映るのは美女には程遠い、丸い顔。幼さの抜けない顔を見ながら口を尖らせた。


 親友同士の会話もあるだろうと、少し大人になったエメリは一度自室に戻ることに決めている。

 ほんの小さな気遣いではあったけれど、実は自分のためでもあった。

 髪やドレスに、お化粧は。どこか崩れてはいないだろうか。おかしなところはないだろうか。

 いっそ嫌われたいとすら思っているはずなのに、いつまでも未練たらしく鏡の前にいる。どこか滑稽な姿に、苦笑した。


 念入りにチェックして、最後にもう一度真っ直ぐに鏡を見る。


 身なりはどこもおかしくない。

 映る顔だけが、困ったように眉が大きく下がっていた。

 どれほど身なりに気をつけても、たとえぼさぼさの格好でも、きっと彼はいつもと変わらず簡単に可愛いなどと口にするのだ。


 一度でいいから、親友の妹ではなく、異性の一人として。

 一人の女として見てもらえないかしら。


 ──そのうえで、もしもキライと言われたら。

 そうしたらきっと、諦めもつく。


 嫌われたくもないくせにそう思ってしまう歪な心に、一度溜息を落とした。どうにもならない現状を憂いつつ、いつものようにノアの部屋へと向かった。




「今日は遅かったね」

「そうかしら?」


 素知らぬ顔でうそぶく。鏡の前にいた時間が長かったのだと思い当たった。

 そんなことにまで気づかなくていいだろうに、ステファンの洞察力には毎度驚かされる。ドレスを新調したり、髪型を変えたり、新しいアクセサリーを身に着けたりすると、真っ先に気づいて褒めてくれるのだ。

 まさかノアの部屋を訪れる時間が遅いと指摘されるとは思わなかったけれど。


 絶対に言えないが、遅くなったのはステファンのせいだ。

 いつまで経っても子ども扱いだから、だからこんなにも思い悩んでいるというのに。


 恨めしげに睨むことすら飲み込んで、エメリは動揺も見せずノアとステファンの間に収まった。いつもこの位置で彼らの話を聞く。最近はもっぱら騎士の仕事についてだった。


「そうそう今度、夜会での警護に当たることになってね」

「へえ、お兄様もですか?」


 ステファンもノアも若手の騎士として優秀であるらしく、令嬢たちの噂話に名前が挙がるほどだ。

 夜会と聞いて出会いの場を思い浮かべたエメリは、小首を傾げながらノアの顔を見た。

 ノアが苦い顔をしたので、あまり気の乗らない仕事のようだった。


「ああ、俺も頼まれてはいる。が、俺かステファンのどちらかで構わないんだ」

「どうして?」

「……ある令嬢の護衛なんだが、な。大っぴらにはできないのか、夜会でのパートナーを装えと上が言ってる。年齢と実力を考えて、俺とステファンの名前が挙がってるんだが……まあ、お互いに譲り合ってる」


 エメリは呆れて二人を交互に見た。


「どちらもやりたくない、と。お仕事なんだから、そんなこと言っていられないんじゃないの」

「そうだぞステファン。俺はお前が適任だと思う」

「ノア、それはずるいでしょ。僕だってやりたくない理由はあるんだ」

「……理由って?」


 聞いたエメリにステファンはゆっくりと微笑みながら唇に人差し指を当てた。


「ないしょ」

「……ふうん、そっか」


 秘密の話は面白くなかったが、何気なく頷いて見せた。そんなことで不機嫌になるところを見られたくなかったし、子どもっぽいと思われなくもなかった。


「──エメリは、夜会に出たいとか、思わないの?」


 話が変わり、これ幸いと手を叩いた。


「もちろん、思うわ。私ももう年頃ですし。踊ったりお話ししたり、楽しそうだもの」

「へえ。じゃあエメリも一緒にどうかな? その夜会。ノアの仕事をしてるところも拝めるしね」

「え!!」


 それは願ってもない話。ずっと出てみたいと思っていた。

 エメリが満面の笑みで頷こうとすると、割って入ってきたのは兄ノア。真面目くさった顔だ。


「その場合、俺がエメリと一緒に行くのがいいだろうな。なんたって兄なわけだし。変な奴にエメリが狙われても困る。というわけで栄えある護衛はステファンに任せよう。エメリに仕事風景を見せてやれるし。上からの評価も上がるぞ良かったな」

「ちょっとノア、それはずるいでしょ」

「いいや、何もずるくない。妹の世話は兄の俺の役目だからな」

「……誘ったの僕なんだけど」

「そもそも誘っていいと俺は言ってないんだよ」


 にこりと二人で微笑み合ったところで呆れたようにエメリは言った。


「そんなに嫌な仕事なの? 私を夜会に連れてってくれるならどちらでも構わないわ。でも本当に私も行っていいの?」


 笑顔の睨み合いは、ステファンがノアに譲ったことで勝負が着いたようだった。

 仲の良い二人である。


「もちろん。兄のノアが付いていれば安心だからね。仕方ないから今回は兄に譲るさ」




 ◇◇◇




 念願だった夜会に出席したエメリは、すぐに後悔していた。


 どうしてちゃんと考えなかったのかしら。少し考えればわかるはずだったのに。


 今まで子どもだからと出席させてもらえなかった憧れの世界。綺麗な女の人や格好いい男の人、初めて見るホール会場に浮かれていた。

 自分もお洒落して着飾って、とうとう大人の世界に仲間入りできたのだ──と、喜んでいたのは最初だけ。


「エメリ、俺から決して離れないように。一人でいる女性を見ると話しかけるのが礼儀みたいなところがあるからな、変な奴に絡まれたら大変だ」

「そういうものなの?」

「ああ。エメリは今回初めての参加だし、慣れてなさそうだと見ればわかる。そういう女性にとっては少々危ないかもしれないな。ああだから、ステファンがパートナーに選ばれたんだろうな。ほら、あそこ」


 ノアの視線を追えば、そこにいたのはステファンと、綺麗な女の人。


 夜会に出席するためのステファンは、屋敷で見るいつもの格好とは違い、もちろんパーティー用の服に身を包んでいる。

 青い髪はセットされおでこは見えているし、普段は見かけないスーツ姿も様になっていて、大人の男性の出で立ちがとても魅力的だった。


 が、横に並ぶのは見知らぬ綺麗な女性である。

 バランス良くパーツが配置された顔立ちに、スタイルも良い。彼女が今回の護衛対象なのだろう。

 自分の貧相な身体と見比べながら、護衛しなければならないくらい高い身分の女性なのだと言い聞かせた。

 そうでもしなければ、醜い嫉妬で胸が張り裂けそうだったから。


 もちろん護衛対象なのはわかっている。

 けれど、だ。


 心の狭さに泣きたくなるわ。

 エメリはノアの袖をぎゅっと握りしめた。


 一緒にいるとき、ステファンは必ずエメリを優先してくれていて、ステファンの笑顔はいつもエメリを向いていた。

 今その笑顔の先には自分ではない、美しい女性がいた。


「……エメリ?」

「あ、なんでもないの、お兄様。私、あちらの方も見てみたいわ」


 そうやって彼らに背を向けるしかできなかった。

 しかし無情にも背中から声が掛かる。


「やあ、可憐な天使。ノア。会えてよかった」

「まあ、あなた方が彼の親友とその妹さんだという……?」


 艶やかな声も、美しい顔も、抜群のスタイルも、エメリが持ち合わせていないものだ。

 そんな彼女と並び立つステファンを間近で見たくなかった。

 幼さを前面に押し出し、無邪気を装って言った。


「こんにちは! はじめまして。エメリと申します。……ステファン様、よかったですね! こんなにお綺麗な女性がお相手で」

「まあ……! ほほほ、ありがとうございます。エメリさんもとても可愛らしくて素敵ですわ。わたくしテオドーラと申しますの。こんなに可愛い妹がいらして羨ましいわ」


 大人にはヤキモチとすら捉えてもらえないようである。

 エメリの言動には気にも留めずテオドーラは喜び、ステファンは頷き、ノアは「見る目があるじゃないか」と満足げだ。


 どういうこと。


 毒気を抜かれながらも、微笑み合う二人を見たくはない。一刻も早く離れたいとノアの手を引いた。


「ちょっと、お兄様。あちらの方へ行きましょうって」

「ああ、そうだったな。じゃあ、俺たちは向こうへ行くから……ステファンしっかりな」


 しかしなぜかステファンが食い下がった。


「え、そうなの? じゃあ僕たちも行こうかな。ねえ、テオドーラ嬢」

「まあ、いいですわね。わたくしたちもご一緒してもよろしいかしら」


 得意の洞察力はどうしたのか、と問いただしたい気分である。

 少しくらい察してくれたっていいじゃないの。


 それもこれもエメリの気持ちに一切気づいていないからだ。

 何よ、へらへらしちゃって、とノアの影で唇を尖らせた。




 なぜか一緒に行動することになってしまったので、エメリはずっと内心不機嫌だった。

 なぜなら、ステファンとテオドーラはずっと寄り添って歩いているし、手は握ったままだし、顔は近い気がするし、笑顔が絶えないし。


 二人とも美男美女で、お似合い、だし。


 溜息を吐こうとするもノアはノアでエメリに夢中で、タイミングを逃してばかりだ。


「どうだ、一曲ダンスでも。踊れるだろ? 練習しているのは知ってるぞ」

「でも……」


 踊りたい相手は兄ではなくステファンだ。


「あ、けど、それでエメリの魅力が広まっても面白くないか。うーん難しい、踊るのは隅の方で……」


 前から薄々分感じていたことだが、ノアは相当エメリのことが好きらしい。

 周りの令嬢たちには見向きもせずエメリのことばかり気にしていた。令嬢たちからのチラチラとした視線が居たたまれない。


「あの、お兄様? お兄様はどなたか一緒に踊りたい方はいらっしゃらないの?」

「え? 俺が、お前を置いて他の女性と踊ることはないから安心しろ」


 さも良い兄アピールをしているようだが、エメリには全く響いていなかった。

 エメリの今一番の望みは、ステファンたちと離れること。もしくは一人になりたい、だ。


 ぶつぶつとエメリの魅力を語るノアから呆れたように目を逸らす。


 ──それが失敗だった。


 無警戒のその視界に仲睦まじい二人の姿が映ったのだ。

 瞳を潤ませたテオドーラがステファンの頬に唇を近づけ、彼もまた受け入れるかのように腰を折る。

 それは、せがんでせがんでようやく連れて行ってもらった舞台の──まるで、これが大人の恋愛なのねと胸ときめかせたワンシーンのよう。


 もう耐えられなかった。

 なんで? 護衛相手じゃなかったの? お仕事じゃ、なかったの? もしかして以前から知り合いだった?


 エメリは駆け出した。

 ドレスが足に纏わりついて思うように走れない。


「エメリ!?」


 驚いたように叫ぶノアの声は聞こえなかったふりをした。一刻も早くこの場から逃げ出したかったから。

 ドレスを蹴りながら幾分か進んだところで、腕を掴まれた。


「危ないから、止まるんだ。頼むから」


 ステファンだった。

 そう気づくと、恥ずかしいやら余計に逃げ出したいやら、どうして追いかけてきたのかわからないやら。エメリは言われたとおりに足を止めた。頭の中は混乱していた。


「……ステファン様……お仕事は、いいの?」

「いい。ノアがやるだろうし。ちゃんと頼んできたから」

「本当に?」


 この短時間でステファンがお願いできるほど、ノアは心優しくない。それもエメリに関する事なら余計に。


「ああ。頼む、と言い捨ててきたから。たぶん大丈夫。大事な仕事に穴を空けるような男じゃないからね。後から怒られそうな気はするけれど」


 ノアのことはステファンもよく知っているのだ。

 軽い調子で肩をすくめていた。


「どうしたの? 急に走り出すから驚いたよ」


 どうしたもこうしたも、すべてはステファンが原因だというのに。


 口を噤んだエメリにステファンは困った顔を見せる。


「うーん。僕はエメリにはいつも笑っていてほしいんだよ。あ、何か願い事やしてほしいことはない? 大好きな妖精さんのためなら僕は何でもできるよ」


 普段と何ら変わらない様子がエメリの心を抉った。

 いつもとは違って、エメリはとびきりのお洒落をしているし、ステファンは美女と並んで歩いていたのに、だ。


「ど、どうしていつも私のこと、好きって、言うの。そんなの思ってもいないくせに……!」


 本当は、好かれている自信はある。

 嫌な顔一つされたことはないし、雑に扱われたこともない。それに、嫌いな人間の相手なんて、こうも頻繁にしたいと思わないだろうから。


 ただ、自分と彼とでは好きの意味合いが違うだけで。


「お願いを聞いてくれるっていうなら、私のこと、キライって言ってよ……!」


 本当は嫌われたくない。そう心の中で叫ぶも、嫌いと言ってほしい気持ちも捨てられない。

 もし言ってくれたなら、淡い期待も消えてくれるかもしれないから。


 涙を浮かべて訴えてもステファンはぎょっとした顔で首を振る。


「それは無理だよ、いくら君の頼みでも。僕の大切な妖精さんには嘘は吐きたくないからね」


 必死な願いも簡単に断られて、涙が頬を伝う。顎から雫が落ちていった時、悟らざるを得なかった。


 これはもうダメね。

 彼の大切な妖精さん、には敵いそうにないもの。


 そんなものになりたいなんて、ただの一度も望んだことはなかったのに。


「ああ、泣かないで、大好きな僕の天使」


 エメリの頭に大きな手が載った。

 慰めてくれようとするとき、彼はいつもこうしてくれた。幼い頃からだ。


 それにまた悲しくなって、涙が溢れた。


「……いつも、子ども扱い、だし!」


 そう言うと勢いに任せて手を払いのけた。


 意識もしてもらえない、こんな私なんて。

 ──もう、どうにでもなれ。


 スーツの襟を乱暴に掴むと思いきり引いた。

 できる限りの背伸びをして高さを合わせる。

 奪った唇は柔らかかった。


「私だって、女なんだから!」


 色気なんてない。これが精一杯。


 エメリは真っ赤に染めた頬で、ステファンを睨んだ。

 驚くか、それとも子どもだと呆れるか。

 でももしこれで、女だと意識してもらえたら。


 しかし、そのどれでもなく、ステファンは片手で顔を覆う。ややあって口から漏れたのは長い溜息だった。


「……はあーーーー。ちょっと、頼むよ、ほんと」

「え? っと、ステファン様?」

「……本当にいいの? そんな僕に都合がいい話、後から撤回したいって言ったってしてあげられないよ?」


 穏やかな笑顔を浮かべるステファンはどこか別人のように見えた。


「え?」

「これは、ノアに叱られちゃうかもしれないなあ」

「えっと……? お兄様をのけ者にはしませんよ?」

「ああ、違う違う。彼は……僕もだけどね、君を誰かのものになんてしたくなかったのさ」


 軽く手を振ったステファンは嬉しそうに笑った。

 それから話してくれた内容には心底驚くことになる。


「僕の気持ちはノアにはお見通しでね、随分前から釘を刺されていたんだ。エメリには手を出すなってね。ノアは親友だけれど、好きな女の子のお兄さんでもあるからね。嫌われたくはないわけさ。だから僕からは何もできなかった。だけど、こうしてエメリから行動してくれたものだから……ノアも文句は言えないでしょう? そろそろ隠し通すのにも限界を感じていたし」


 そう言いつつ、長い指で目元を拭ってくれた。

 目に溜まった涙が、落ちていく。同時に、どうしようもなかった暗い気持ちも消えていくようだった。


「嬉しいよ。──大好きな、僕のエメリ」


 これまで見てきた表情とは違う、頬を緩ませたステファンに荒れた心はすっかり落ち着いた。

 しかし忘れてはいけないのは、テオドーラの存在。


「でも、テオドーラさんは……」


 二人で寄り添う姿はあまりに印象的だった。仲睦まじい様子は、エメリが逃げ出したほどだ。

 しかしステファンはあっさりと秘密を教えてくれた。


「ああ。実は、テオドーラ嬢は、ノアのことが好きなんだって」

「…………ええ!?」

「だからやりたくなかったんだ。僕がエスコートするよりノアの方が彼女も喜ぶだろうし。だから今頃テオドーラ嬢は僕たちに感謝していると思うよ」


 テオドーラからはこっそり相談を受けたり、協力したりしていたらしい。

 美男美女は何をしていても様になるのね、とエメリは自分の早とちりを棚に上げた。


「それに本当は、エメリは僕がエスコートしたかったしね」

「……ステファン様は私のこと、子どもだと思っているのだとずっと思っていて」

「まさか! 僕はエメリに嘘を吐いたことは一度もないよ。可愛いのも大切なのも、僕にとっての天使なのも、全部本当のことで。エメリが僕にどれだけ溜息を吐いたって、たとえ舌打ちをしたとしても、嫌いになることはないんだ」

「う!」


 エメリの考えなんてお見通しとでも言うように、ステファンは片目を瞑る。


「ずっと大好きだよ、これからも」


 ステファンはただの一度も、嫌いとは言わなかった。

 今更ながらそれに安堵しつつ、エメリは差し出してくれた手を握ったのだ。






 身体を寄せ合ってノアの元へ戻ったところ、彼はテオドーラの護衛をきちんと務めていた。

 走り去ったエメリのことで気が気でなかったはずだが、仕事を放り出すことはしなかったようだ。

 エメリとステファンを見つけるや、ノアは目を剥いて肩を震わせた。ステファンには鋭い視線を送る。


「俺が怒れないと知って……!」


 どこまでも妹に甘いノアは、満面の笑みのエメリからステファンを引き剥がすことはできず、ただ地団駄を踏んだのだった。






 おしまい

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