外堀を埋めているのか埋められているのか
「泰誠〜、今日の放課後、買い物付き合ってよ」
「ん、分かった」
月曜日、部活休みの日。
今日の放課後、泰誠がまっすぐ帰ろうとすると、羽鳥花霞以外のヒロインと出会ってしまう。
つまり、羽鳥花霞と初戦闘イベント前に出会えなくなるわけだが。
この妨害は簡単だった。
買うべきものがもう決まっているのだから。
「悠宇、絵でも描くのか?」
近所の画材店に入った第一声がこれ。
泰誠、案の定忘れてるな……。
「泰誠、次の美術の授業、何持っていくか覚えてる?」
「……。えんぴつ」
鉛筆デッサンだからね。鉛筆なかったら話にならない。
でも鉛筆だけでは足りない。というかデッサン用鉛筆はHBじゃ硬すぎる。
「そんなことだろうと思った。ほら、必要な道具一式メモ取ってあるから。泰誠も買いなよ」
「助かる……」
デッサン用鉛筆の売り場を見つけ出した頃、泰誠が何かを思い出した様子で喋り始めた。
「悠宇は昔から、よく何かを書いてたな」
……設定ノートの話だろう。
結局、私の行動を一番よく見ているのは泰誠だ。
幼馴染の宿命というべきか。
「ちっちゃい時からメモ魔だったからね」
あなたの恋路を助けるためのノートを作っていました、とは流石に言えない。
「悠宇がしっかりしてるから、昔から助かってる」
「泰誠もちゃんとメモしといた方がいいよ、それこそ授業で必要なものとかはさ」
「確かに、悠宇に頼り過ぎてるな」
自覚はあるのか。
ま、もう慣れたけど……。
「本当は、俺が頼られる側になりたいんだが」
「……はは、またまた」
「悠宇を助けるのが、俺の役目なのにな」
――と、こちらをまっすぐ見つめる泰誠の顔には、冗談の一欠片も浮かんではいなかった。
「なに、言ってるのさ」
視界の端に前髪が揺れた。
び、ビックリした。
泰誠は無愛想だ。
その上、誠実さを連想させる渋めの低音ボイス。
だから、いついかなる時も真剣に見える。
――でも、真剣に見えるだけだ。
この前の美術の授業の時のように。
また、何も考えていないだけだ。
だからそんな優しい言葉を吐けるのだ。
よりにもよって、タナケンの声で……!
そう、こんなにも心臓がバクバクと飛び跳ねているのは。
泰誠の声が、我が推し声優・タナケンボイスだから。
声に騙されてるだけ。
……泰誠にドキドキしてるわけじゃ、ない。
全く、私が幼馴染で泰誠のこと、よく知ってるから良かったようなものの……!
私じゃなかったら勘違いしてもおかしくないぞ、今の!
「――あはは、安心してよ、その腕っ節の強さはしっかり頼りにしてるからさ!」
「……そうか?」
「そうそう!」
実際、泰誠の強さに頼るしかないのだ。世界を救うには。
バシバシと泰誠の頼もし過ぎる背中を軽く叩く。
画材店の帰り、クレープ屋に寄ってから帰った。
買い物に誘ってくれたお礼だとか言って、泰誠がチョコバナナクレープを奢ってくれた。
味は正直よく分からなかった。
視界にかかる前髪の目障りさだけが記憶に残っていた。
……なんにせよ、ミッション一つ目はクリアだ。
残り二つもそう難しくはない。
水曜日のお昼休み<一人で食堂に行く>を避ける。
これはご飯に誘えばいい。
木曜日の朝<朝練をサボる>も、朝起こしに行けばわざわざサボろうなどと思わないだろう。簡単に回避できる。
後は――金曜日を迎えるだけだ。
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