二人目のヒロイン

「泰誠、行こ」

「わたくしもご一緒させていただきますわ!」


 高校生活はつつがなく進行していた。

 

 アイラと私はA組、泰誠はB組。

 どちらも少人数クラスのため、副教科はA組B組で合同授業。

 美術室は別棟だから、早めに移動し始めたい。


「泰誠様、悠宇様、実はご相談がありまして」


 アイラが話しながら何か紙を取り出した。


『ここでボケて!』


「間違えましたわ」

「布団が吹っ飛んだ?」


 こんな馬鹿馬鹿しい一言すら、我が推し声優であるタナケンボイスを持つ泰誠が言うと無駄に声が良い。

 タナケンボイスを無意味に浪費すな、とすら思う。

 

「申し訳ございません。フリも無しにボケるのは難しいですわよね……」

「泰誠の場合フリがあっても似たようなクオリティだから、アイラは気に病まなくていいよ」


 気を取り直して。

 アイラが今度こそ手にした紙――パンフレットには、広大な海が広がっていた。


「実はわたくし、来週末の金曜日より3泊4日で沖縄へ行くことになりまして」

「沖縄……ってもう泳げるんだったか?」

「先月末に海開きしたと聞いていますわ。最もわたくしは泳ぎに行くわけではないのですけれど」


 せっかくの沖縄なのになあ。

 

 恐らく彼女の父親の仕事の関係なのだろう。

 アイラは廣井財閥当主の一人娘だから、高校生の内から次期トップを見据えた教育が始まっているはずだ(剣王学園黙示録、原作情報)。


「それでですね、お二人に沖縄のお土産をお渡ししようと思いまして。何かご希望などありますか?」

「え、木刀とかそういうことか?」


 お土産=木刀……。男子高校生……。


「そんな大きなお土産はアイラが持ち帰るのも大変でしょ、キーホルダーとかそういうのだよ泰誠」

「そうか……」

「なんでちょっとガッカリしてるのさ」


 そもそも家(道場)にいくらでも竹刀あるじゃん!


「まだ時間あるよな? 少し考えさせてくれ」

「もちろん、前日までに教えていただければ大丈夫ですわ! 悠宇様はどうされます?」

「私は……お菓子がいいな。12個くらい入ってるやつ」


 例の如く『ネタ選択肢』でロクでもないお土産を所望してしまうであろう泰誠に、沖縄を少し分けてやろう。

 という慈悲の12個だ。



 ――さて。

 アイラが金曜日、学校を欠席するということは。


 遂に始まるのだ。

 剣王学園黙示録、二つ目のイベント。


 二人目のヒロイン、登場。


 *


 剣王学園黙示録において、初戦闘までに発生するイベントは二個。

 

 一つ目はアイラ登場。

 これは本来なら新学期開始後のイベントなのだが、何故か入学式の日に起きてしまった。


 

 二つ目は『二人目のヒロイン』登場イベントだ。


 このイベントでは、プレーヤー側で誰を『二人目』にするか選ぶことができる。

 

 一途プレイしたい! という人が、初戦前に戦闘スキルを手に入れられるように、という配慮らしい。

 三人目以降のヒロインと出会えるのは初戦闘イベントの後だからだ。



『二人目』をどうするかは重要だ。

 

 何しろ――現状、泰誠とアイラの間で愛が生まれそうな気配はまるでない。

 順調に友情(?)が育まれている感触はあるのだが……。


 

「――というわけで、次回授業では鉛筆デッサンに必要な道具一式を用意するように」


 黒板に書かれた道具一式を、真剣な表情で見つめる泰誠の横顔が見える。

 

 ……真剣に見えるだけだ。

 一つもメモ取ってない……。

 部活休み日の帰りにでも一緒に画材店行くしかないか。

 

 

 剣道以外はからっきし、目つきの鋭さに反比例してボヤッと何も考えていない泰誠。

 しかも『ネタ選択肢』優先して選びがち。

 

 そんな天然ボケ朴念仁とでも、恋愛感情を育めそうなヒロイン。


 つまり――チョロイン。

 そう呼ばれる子を『二人目のヒロイン』にしたい。


 

 候補は決まっていた。

 羽鳥はとり 花霞かすみ


 A組窓際一番後ろ。

 初日以降、空きっぱなしの席。


 来週末の金曜日に初めてその席に座る彼女。

 出会いイベントは、アイラが不在となる金曜日の美術の時間。

 


 羽鳥花霞と泰誠が出会う為には。

 来週の泰誠の行動を、私が正しく誘導すればいい。

 

 月曜日の放課後<まっすぐ帰る>

 水曜日のお昼休み<一人で食堂に行く>

 木曜日の朝<朝練をサボる>


 以上、三つの選択肢を避ける。

 それにより金曜日、美術の授業に出ることで自動的に羽鳥花霞と泰誠が出会うイベント発生。



 ……こんな細かい選択肢、設定ノートに書き残してなかったら絶対忘れてた。

 つくづく設定ノートの重みを感じる。


 このノートを守ってくれた泰誠の為にも、二人目のヒロインミッション、絶対成功させなくちゃ……!

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