変動する運命の跡

 知らない芸人ばかりだったけど、意外と楽しめた。

 エンディングの内輪ノリには少し置いていかれたけれど……。


「面白かったな、特にあの、飛んだり跳ねたり走ったり転んだりする元気はつらつな漫才」


 漫才、喋りの掛け合いを楽しむものだと思ってたけど、そうじゃないコンビも結構いたな……。

 掛け合いとかなく、ただただ動き回る漫才……。

 ああいうのもOKなんだ……。


「泰誠様、お目が高いですわ! そのコンビはまさに今波に乗ってまして最近始めたネットラジオも好調で数年以内での決勝進出が待ち望まれておりまして」


 以下、省略。


「悠宇様はどうでした? どのコンビが良かったとか、あります?」

「アニオタの人のとか……面白かったよ、ボソボソ喋りで、後ろ向きなのが笑えて」


 自分も前世では声オタ(タナケン一筋)だったからちょっと気持ちは分かった。


「悠宇様も目の付け所がいいですわね〜! そのコンビも年々オタクネタに磨きがかかって」省略。

 

「でも……困りましたわね。お二人の好み、正反対なんですのね……」

「困る……? まあ、昔からそうだよね泰誠」

「悠宇はアリに興味なかったもんな」

「アリっていうか、虫全般苦手なんだよ」


 だから博物館に行っても泰誠と私とでは見たい展示が全然違う。

 虫、博物館行ってまで見なくてよくない?


「いえ、困りますわ。だってお二人が好きな芸風が合わなければ、コンビとして致命的ですもの……」


 ……何の話?


「待って、何が? 誰と誰が何のコンビ?」

「泰誠様と悠宇様、漫才コンビを組まれるじゃないですか」


 組まないよ!?


「アイラ、ちょっと待って本当に何の話をしてるの」

「大丈夫ですわ、まずはハイスクールお笑い大会にエントリーいたしましょう」

「しない! しないよ!!」


 ――正直、うすうす感じていた。

 アイラの笑うタイミング。


 泰誠のボケに、私が意を唱えた(=ツッコミを入れた)時ばっかりだった……。



 私たちに会いたかったって、漫才させたかったって意味だったの!?


「お笑い大会、スケジュールはどうなんだ? 夏のインターハイと被るのはまずい」

「なんで泰誠は出る気なの!?」

「出ないのか」

「出ないよ!!」


 ややこしくなるから『ネタ選択肢』選ぶのやめて……!


「出ませんの……?」

「で、出ないよ……」


 メインヒロインの最強スチルで涙ぐまれても、出ないものは出ない……!

 という決意が流されそうになるくらい沈んだ声で、アイラが「そうですか……」とうつむいた。

 いや、で、出ないよ……。

 

「わたくし、おふたりと出会った日に、運命が変わりましたの」


 うつむいたままアイラが語り始めた。


「人と人との会話、掛け合いって、見ていてとても心が躍るものだと。お二人を見て気付きましたの」

「それで、漫才を……?」

「ええ!」


 つまり、アイラが剣王学園黙示録の原作と異なる性格になってしまったのは、私たちのせいということか。

 比喩でもなんでもなく、本当に運命が変わっている……。


 原作は原作であって、今この瞬間は原作とは違う。

 現実であると――そういうことなんだろうか。


「ですから、本当に楽しみにしていましたの。わたくしを芸人沼に沈めたお二人と再会できる日を」

「沼……? 沈め……悠宇、俺たちそんな極悪非道なことしたんだったか?」

「えーっと、それはまあ比喩表現というか……」


 オタク語録というのが正解な気はする。


「そうでしたわ、一番大切なことを忘れていました」


 アイラが頭を下げた。金髪が重力に従い落ちる。


「泰誠様、悠宇様。9年前のあの日、迷子のわたくしを救ってくれて本当にありがとう。あの日以来、わたくし、寂しくなくなりましたわ」


 アイラがやさしく微笑んだ。


 ――そうか。泰誠が願った「みんな、さみしくありませんように」の願い。

 叶ったんだ。……よかったな。


「……神様が泰誠のお願い事、聞いてくれたんだね」

「? アリ見る話か?」

「違うってば」


 アイラから泰誠への好感度を良くしようという悪あがきだったんだけど。

 泰誠の一言で不発感が凄い。ネタ選択肢現れすぎでしょ……。


「お二人の気が変わって大会エントリーすることになりましたら是非! わたくしにご相談くださいませ! 実はもうコンビ名も考えておりまして、そうですわ! 大会に出なくともコンビとして活躍するというのはいかがでしょう!?」


 しない、しないってば――

 

 

 ――ピロリロリン。え、この音。

 好感度上昇音!


 嫌な予感しかしない。

 だってタイミングがタイミングだ。


 <愛情度>なわけない……

 青文字! つまり友情度『+25』! そうだよね!


 アイラの頭上の数字が切り替わった。

 愛情度『0』。友情度『30』。

 <愛情度>がゼロな以上、攻撃型スキルは覚えられない。



 ピロン! と、今度はまた違う音。

 これは泰誠の方から。


 泰誠の頭上に文字が流れる。

 私にだけ見える超常現象。


 《新スキル:<南風の幸福>を覚えた》

 《新スキル:<炎龍の加護>を覚えた》


 <友情度>が上がることにより覚える技。

 つまり補助型スキルだ。


 ……攻撃型スキルがないのに、技威力上げるスキル覚えてもなあ……。

 (防御力上げるスキルは有用かもしれないけど)


 しかも泰誠自身は<スキル>習得を認識していない様子。

 原作だと――初戦闘の時に、<スキル>に目覚めたことを知るんだったか。

 


 初戦闘イベント。

 あまり考えたくないけれど、その時は刻一刻と迫っている。


 少なくとも、初戦闘イベントまでに戦闘スキルを覚えないと……!

 原作、剣王学園黙示録でもその場合は即ゲームオーバーだ。

 原作の場合はゲームオーバー後、強制で巻き戻し措置が入るけど、現実にそんなものは期待できない。



 でもなあ……。

 原作から大幅に性格が変わったアイラと。

 ド天然の泰誠。

 

 恋愛できる気がまるでしない……。


 どっぷり芸人沼に浸かって恋愛どころではなさそうなアイラ。

 しかもその上、アイラから泰誠への感情、「漫才コンビを組んでほしい」に振り切れてる!


 そんで泰誠は……泰誠だし……。


 

 原作から変わってしまった今のアイラと、ギャルゲーの主人公にしては恋愛スキルが無さ過ぎる泰誠。

 この2人をくっつけるのは、あまりにも難しそうだ。

 

 ため息を落としたら、前髪も視界の目前に落ちてきた。

 うーん、鬱陶しい。


 

「それでですね、このフリーライブならエントリー料を支払うだけで誰でも舞台に立てまして」

「開演19時? 部活終わりに間に合わないな」

「!! 不覚でしたわ、泰誠様スポーツ推薦ですものね……」


 ふと聞こえてきた会話が恐ろしくて思わず身震い。

 部活の時間とか関係なくライブとか出ないってば!


「泰誠、漫才は無理だよ、普通に無理。ちゃんと断ろ」

「無理か? 悠宇がいればなんとかなるかと」

「ならないって!」


 何を根拠に!

 我が推し声優ことタナケンボイスで言われれば、本当になんとかなってしまう気がして――こない! 無理なものは無理だ。


 と、隣からささやかな笑い声が聞こえてきた。


「……ふふっ、泰誠様は悠宇様のこと、本当に信頼してますのね」

「ああ、まあ」

「まあ、じゃないよ泰誠……」


 信頼云々というよりは、ただ何も考えてないだけなんじゃないか……。


「――幼馴染で、強い信頼関係で結ばれた夫婦漫才男女コンビ、絶対最強だと思うのですけれどね……」


 結局、この日は帰り道別々の道に分かれるまで、アイラはこの調子だった。

 前途多難、先行き不安だ……。

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