無限大の秘密

 普段だったら入らないような、おしゃれな雰囲気のレストラン。

 アイラが奢ってくれるらしい。お言葉に甘えてしまおう。


 泰誠はアイラの名前こそ覚えていなかったものの、迷子を助けた記憶自体はあったようだ。

 予想よりもすんなりと思い出してくれて助かった。


 どちらかと言えば、困ったのは――アイラの言動だ。


「それで、お二人は小学・中学と仲良くされて?」

「ああ」

「高校も二人同じく鹿見吉学園に進学されたと――素敵ですわ!」


 なにが?



 とにかく食事中、この調子でずっと質問攻めだ。


 やれ二人で出かけた場所だの、印象に残っている思い出だの、根掘り葉掘り聞いてくる。


「悠宇とよく出かける場所? 普通に買い物とか……あとは博物館とか。アリ見に行ったり」


 で、なんで泰誠はさも当然のように答えてんの?


「博物館デート……! 素晴らしいですわ……!」


 デートじゃないよ……。

 博物館は学生無料だから涼むのに都合いいんだよ……。



 泰誠もマイペースだけど、アイラも大概だ。


 ……というか、おかしい。

 剣王学園黙示録、原作のアイラ、こんな性格じゃなかったよな?


 プライドが高く、人に弱みを見せられず、心を開けない。

 それが剣王学園黙示録での廣井アイラだったはず。



 ……どう見てもそんなんじゃない。


 マイペースで、少し距離感バグり気味、気になることはとことん追求。

 これは、どちらかというと……。



 ……オタクにありがちな性格……では……?



「そうですわ、お二人はこのあと、お時間あります?」

「大丈夫だけど。悠宇も用事ないよな」


 ないけど。

 なぜ私も行くこと決定になっているのか。


 原作とは性格が違う……とはいえ、アイラがヒロインであることに変わりはない。

 ならば本当は、二人きりで交友を深めてほしいところなのだが……。


 まあ……マイペース二人に任せるのも少し不安だ。

 しょうがない、ここは私も付き合いますか。


「嬉しいですわ。わたくし、お二人とご一緒したいところがありますの!」


 *


 で、連れてこられた場所が――劇場。

 扉の上に無限大のマークが輝いている。劇場の名前が「インフィニティ劇場」らしい。


 ええっと、外の立て看板に、「お笑いライブ毎日開催中!」って書いてあるんだけど……。

 知らない芸人コンビの宣伝用写真が並んだポスターをぼんやりと眺める。


 あ、もしかして劇場の隣のビルに用があるのかな。

 アイラが劇場内に入っていった(私と泰誠は外で待たされている)のは目の錯覚だったかな。


「当日券買えましたわ~!」


 錯覚じゃなかった……。


「お笑いライブって何するんだ?」

「芸人さん方が『お笑い』に対して、しのぎを削りあいますの!」


 答えになっているようで答えになっていない気がする。



「さあ、入ってくださいませ! 自由席ですからお好きな場所へ」


 と言われても、基本、私と泰誠は最後尾固定だ。

 泰誠がデカいから……。


「一番後ろもいいですわね。他のお客様の反応がよく見えますわ」

「映画でもそうだよな」


 泰誠、この状況にツッコミたくなる気持ちとかないのか……?

 なんでこんなところに連れてこられたのか、とかさ……。

 

 場内に流れるBGMが薄っすらと聞こえてくる。

 疑問、ぶつけてしまおうか。お笑いライブが始まる前に。


「……その、アイラはさ。お笑いとか、好きなの?」

「ええ! それはもう漫才-1コンテストを追いかけて9年目ですわ」


 年数を告げるところから始めるの、オタク!


「今日の出演コンビはまさに今年の漫才-1で準決勝をも狙えると名高い期待のルーキーばかりなんですの!」


 決勝じゃなくて準決勝なのか……。

 という私の思考を察してか、アイラが「お笑い戦国時代の今、漫才-1で準決勝に進出することがどれだけ凄いのか」を語り始めた、が、長いので省略。


「――ですから、そんな期待充分のコンビの舞台をお二人に見せられて、嬉しいですわ」

「俺も楽しみになってきた気がする」


 た、泰誠が乗せられてる……オタク耐性がないばっかりに……。

 

「本当ですか!? よかった! こんな最高な形でお二人との約束を果たせるなんて」


 約束?

 アイラと約束なんてしてたっけ。

 泰誠がとにかくアリの話ばかりしてたのは覚えてるんだけど。


 ……ん、アリ?

 あ、もしかして、約束って――


「アリを一緒に見るって話のことか?」


 

 ――『ネタ選択肢』!?


 うっそ、なんでこんなタイミングで!?

 よりにもよってアイラ相手に!?

 

 この9年間で、泰誠がネタ選択肢を選ぶ回数、着実に減ってたのに。

 もう最近は全然大丈夫で忘れかけてすらいたのに!


 肝心のタイミングで再発って、どういうことよ泰誠……!


「泰誠、違う、アリじゃなくて『アイラの好きなもの』でしょ!」

「そうだったか?」

「そうだったよ!」

「そうか……」


「――っうふふふふ!」


 ……アイラがまた笑った。

 ほぼ同時に、場内に流れていたBGMの音量が上がり始める。

 光も絞られ暗くなってきた。どうやら始まるようだ。

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