騎士というよりも

「泰誠くん、困っていた悠宇さんを助けたのはいいことよ。それは忘れないで、でも次からはすぐ先生を呼んで」


 *

 

 ――結論から言うと、この「次」とやらは、もう無かった。


 生徒全員が、幼いながら察したのだ。

 下手に私達に手を出すと、泰誠にコテンパンにのされ、恥ずかしい目に合わされるのだと……。



「おれ、悠宇のナイトなんだって。ゆきちゃん、いってた」

 

 あー、ゆきちゃん、乙女だからな……。


「で、おやじにナイトってなに? ってきいたら、『夜』って言われた。おれ、悠宇のよるなの?」


 泰誠のボケ気質、父親譲りなのでは?


「泰誠はさ、ナイトって言うよりは――ヒーロー、だよ」

「へんしん! ってしないけど?」

「変身しないヒーローもいるよ」


 泰誠は納得し難い様子で悩み始めた。


「おっきいぬの、さがしてくる!」

「形から入るタイプだなあ泰誠……」


 空なんか飛ばなくても泰誠は確かにヒーローなのにな。


 ヒーロー。

 世に蔓延する創作物では、主人公がヒーローと呼ばれる類のものであることは少なくない。


 剣王学園黙示録の主人公として、ヒロインと手を取りあい世界を救う泰誠は、誰がどう見たって文句なくヒーローだ。


 それに……もし仮に泰誠が主人公でなくとも、泰誠は紛れもなくヒーローであるということ。

 そんなこと、誰よりも私がよく知っている。


「ぬの、あった!」

「国旗!? どこから持ってきたの」

「たいーくかん」

「運動会とかで使うやつか……泰誠、それ戻してきなよ」

「だめなやつ?」

「勝手に持ってきちゃ駄目なやつ」

「かってがだめ? せんせーにきいてくる!」


 聞いても駄目だと思うけどなあ……。


「こっき、だめだって。かわりにこれ、かしてくれた」

「世界地図?」

「……これ、ぬのじゃないから、まんとにならない」


 社会の先生にでもいいように丸め込まれたかな。


「悠宇、これ、ちず? おれたち、どのへん?」

「んー、この辺かなあ」

「どうろは?」

「この大きさの地図じゃ見えないよ」

「そうなんだ」


 分かってるんだか分かってないんだか、な泰誠の返事。


 もうすっかりヒーローに変身することなど忘れた泰誠は、世界地図に書かれたカタカナを一生懸命に読んでいた。

 世界各国の国名、都市名、私が知っているものから知らないものまで。


 これだけの世界を救うのだ。泰誠は。

 マントの代わりに、国旗よりも大きく広い世界を背負っている。


(こんな小さな背中なのにな)


 だからこそ私もやらねばなるまい。

 泰誠が世界を救うための手助けを。


 泰誠が守ってくれた設定ファイルは、ほぼ完成していた。

 あとは――時を待つだけ。



 高校生になるその時まで。

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