設定ノートを守るのは誰か

 泰誠をイケ散らかし男にするのはじっくり取り組むとして。


 今、いまいまの私にとって一番必要なことは『情報の整理』だ。


 剣王学園黙示録に関するあらゆる情報。

 設定からシナリオ、キャラ造形から各ルートの詳細まで全部。


 思い出せる限り全て、ルーズリーフに書き連ねていく。

 それらをまとめて、「設定ファイル」を作り上げる。


 これぞ急務。

 

 前世の記憶を思い出した私にとって、小一の授業はさすがに不要。

 先生にバレないように小さめ、A6のルーズリーフを用いて、こっそりこっそり。

 とにかくひたすら書き続けた。



 しかし、見ている奴はいるものだ。


「ヅラのやつ、なにかかいてやんのー」


 私の苗字の桂(かつら)はヅラじゃなくて木の名前なんだけど。

 そもそも桂小五郎を知らんのか。


「なんだこれ、かんじばっかでよめねー」

「あたまいいアピール? うざー」

 

 他人に見せないように書いてる文書で頭いいアピールをする意味とは。


「ママにかいてもらったんじゃねーの?」

「なにいってんだよ、ヅラはかーちゃんいねーだろ」

「そーそー、あいそつかして、でてっちゃったんだよな!」


 愛想の意味も知らんくせに。

 マッマの受け売りだけは一人前のようで。

 

 私が母親いないからって見下してる男子の連中。

 しかし小一でこれじゃ将来が思いやられるね。ろくな大人にならんよ。


 こういうのは無視に限る。

 

 ルーズリーフを手早くファイルし、ランドセルに突っ込み無言で起立。


「行こ、泰誠」

「ドッジ? てつぼう?」

「二人でドッジはちょっと」


 物言いたそうにこちらを見ている男子連中を置いて、泰誠と鉄棒へ。

 

 設定ファイルを見られる可能性もあるけど、どうせ中身は理解できないだろうし関係ない。

 

 本人達の言う通り、漢字、読めないんだし。


 

 と、侮っていたのが悪かったか。

 校庭から戻りランドセルを確認したら設定ファイルがなかった。


 私のギョッとした顔を見て、黄色い声を上げる男子連中が教室の隅に。

 

 犯人だと名乗り出ることに抵抗がない。

 さすがは6歳児の頭だ。


「返して」

「やーだよ」

「返して」


 私の態度がおもしろくないのか、集団のリーダー格、竹内なんとかが口元を尖らせる。


「かえしてほしけりゃ、うばってみろよ!」


 あ、ちょっと!

 設定ファイルを手にした竹内が、教室の外に出て走り出す。


 廊下、走るなよ!


 と心の中で叫んでも仕方がない。

 私も全速力で走る。


 走る、けど――


 私、頭脳は大人でも身体は小学生、

 運動神経はむしろ結構悪め……!


 ふつーに追いつけない!

 男子と女子とでは走力にも差がある。


「なんだよー、のろまー、ぐーず」

「っ、はぁっ、ハアッ……」

「やぶっちまうか、これ」

「待っ――」


 私の苦痛に歪んだ顔がお気に召したのか、竹内がニヤニヤと笑った。


 くそ、もう、前世の記憶、忘れ始めてるのに。

 あのファイルだけが、泰誠を生かすための拠り所なのに!


 運動神経が悪いばかりに、――女に生まれてしまったばかりに、大切なもの一つ奪い返せないなんて。


 ごめん、泰誠……。

 私が、原作通り男に生まれていれば……!



 と自身の転生を嘆いた瞬間、竹内なんとかがコケた。

 コケた竹内のすぐそばには泰誠。

 

 どうやら泰誠が足を引っかけて竹内を転がしてくれたらしい。

 いざという時は頼りになる男だ。


「たけうちくん、それ、悠宇のやつだろ」

「――泰誠! ありがと、ありがと……!」

「うん。おれ、けんどーやってるから」


 なんだその理屈。

 しかし、泰誠を助けるつもりでやってきたのに――助けられてしまったな。

 

「ほら、早く返してよ」

「……っざけんなよ……」


 それはこっちのセリフ……

 と、呆れた瞬間。


 立ち上がった竹内が、握り拳を作っておおきく振りかぶる。

 わ、殴られ――


 バシッ、と泰誠が竹内の拳をはたき落とした。


「ぼーりょくは、やめろよ」

「うっざ……!」


 竹内の標的が今度は泰誠に変わる。


 わ、どうしよ、先生呼んでくる? いやでも間に合わない、泰誠が危ない!


「たいせ――」


 泰誠と竹内の間に入ろうとしたはずが、思いっきりコケた。

 

 そんで泰誠は竹内のパンチをヒラリとかわしていた。

 う、運動神経の差……。


「ちょっと、先生呼ぶよ!」


 コケた状態で言ってもやや締まらない。


 竹内は頭に血がのぼっているようだった。

 先生が来ようが関係ない、と言わんばかりに、またもや泰誠へ向かっていく。



 泰誠が廊下の壁に吊り下がっていたホウキを手にした。


「やー!」


 ……え、それ、剣道の時の……。


「こて!」


 ホウキが、泰誠に危害を加えようとしていた竹内の握り拳を再びはたき落とす。


 

 ――こうなったらもう竹内に勝ち目はない。

 

 だって泰誠、剣道道場の息子だよ。

 ガラガラより先に竹刀を握ったとかなんとか。



 ホウキのゴミを掃く部分で叩いてるから、大した痛みは無さそうではある、とはいえ。

 

 竹内の身体能力と泰誠のホウキさばきとでは、大人と赤子くらいの差があった。


 竹内は懲りずに殴りかかろう掴みかかろうとするが、どう見ても無謀。

 その事実に気付いていないのは竹内本人だけだ。


「竹内、いい加減にしなって!」

「うるせー! この!」

 

 教室からゾロゾロと生徒たちが出てくる。

 欲望に忠実な野次馬たちだ。さすが小学生。


 泰誠は自己防衛に徹しているのだから、竹内が襲撃をやめれば終わる話なのだが……。

 竹内に止まる気配はない。

 その分、竹内の恥ばかりが上塗りされていく。


 ……しかし、3人の中で一番鈍臭い私では、この一方的な蹂躙を止める術もない……。


 

 赤子の手をひねるような質感で、竹内の低いプライドがズタズタにされた頃。

 廊下の奥から先生が小走りでやってきた。


「ちょっと、泰誠くん、竹内くん!」

「先生、竹内が、泰誠と私のこと殴ろうとしたんだよ」

「おれ、けんどーやってるから。悠宇のこと、たすけなきゃとおもった」


 先生は少し戸惑った様子だったけれど。

 

 野次馬はたくさんいたし。

 教室での私と竹内のやり取りを見ていた他のクラスメイトも証言してくれて、おかげで泰誠の怒られは最小限ですんだ。


 先生曰く、誰かを助けるためであっても、ホウキで人を叩いてはいけないよ、と。


「でも、困っていた悠宇さんを助けたのはいいことよ。それは忘れないでね。次からはすぐ先生を呼んで」

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