迷子のメインヒロイン(後編)
アイラの幼少期イベントは主なルートが3つある。
一つ目がこれから行く神社。一番好感度上昇が高いルートだ。
二つ目が交番。可もなく不可もなく。
三つ目が迷子のアイラを助けないルート。フラグぼきぼき。さっきの泰誠が選びかけたアリの行列見るやつだ。
ゲーム内では中盤に回想が始まるイベントだけど、時系列でいうと一番最初。
その一番最初から、ネタ選択肢を選ぶ我が幼馴染に眩暈がする。
これ、もしかしなくても、私がいなきゃ駄目なやつじゃないか……。
アイラは変わらずおどおど。
よくない空気が流れてる。
まあ、ここは私が一肌脱ぎましょう。
カンニング済みだから会話の糸口も簡単に掴めるし。
「きみ、名前は?」
「あ……アイラ……」
「いい名前だね。あ、彼は泰誠って言うんだけど」
隣の泰誠がこくんと頷いた。
私の名前は……ま、いいか。
「しばうらたいせー。たいちゃんって呼んで」
「た、たいちゃ……」
なんでちゃん付けを要求した?
前世の記憶を思い出してしまったからこそ思う。
6歳児、謎の生き物……。
「アイラはどうして迷子になったの?」
迷子の理由。今イベントで一番重要な要素。
ただ、6歳のアイラには全てを説明するのも難しそうに思える。
適当に助け舟を出そう。
「あの、おかあさんが……」
モゴモゴと口ごもるアイラ。
これが将来はプライドの高いお嬢様になる、ってんだから不思議だ。
「お母さんを追いかけてたら迷子になったの?」
「……そう、でも、ちがったの」
「お母さんじゃなかったんだ」
「うん……」
目元にじわりと涙が浮かぶアイラ。
よし、アイラはここまで言えれば上出来だ。
あとは何も分かってない泰誠。
こっちに私の知識でドーピング入れる。
「泰誠、耳貸して」
「ん」
素直に応じる泰誠の耳元でささやき声。
「アイラ、お母さんとずっと会えてなくて寂しいんだって。慰めてあげて」
アイラの母親は数ヶ月前に病死してる。
資産家で忙しい父親とほぼ会えず、祖父祖母も既に他界。唯一の愛情を注いでくれていた母親。
その母親と突如引き離された6歳児。
寂しさのあまり、母親に似た人を追いかけて迷子になってしまったアイラ。
慰める主人公(泰誠)。
上がる好感度。
と言うのが今回目指すべきゴールだ。
頼む、泰誠!
ちょっとアリが好き過ぎるきらいはあるけど、でも根は優しいやつだってこと、私は――私、<桂 悠宇>は知ってる。
だって私なんかと遊んでくれるの、泰誠くらいだもんな。
「……えーっと、」
首を左右に軽く揺らしながら、のんびりと考え込むモードの泰誠を私とアイラで見守る。
デッドラインは神社前。まあ6歳児の歩く速度なら大丈夫か。
答えが見つかったらしい泰誠が、アイラの方へ視線を向けた。
「ありのぎょうれつ、みるといいよ」
……気持ちは(私には)伝わる!
でもアイラには伝わってない……!
アイラ、案の定ポカンとしてる……。
「楽しいもの見るといい、ってことだよね、泰誠」
「ありのぎょうれつ、たのしい」
「……たのしいこと……?」
アイラがほんの少しだけ顔を上げた。
「さっきの、たのしかった」
……私と泰誠のやりとりを見て、笑ってくれた時のことかな。
完全に漫才コンビだと思われたな……。別にいいけど。
「じゃあ、ありさがす?」
「違う泰誠、さっきってのはアリの行列じゃなくてさ……」
アイラのクスクス笑いが聞こえる。
漫才だな、これ……。
*
果たして好感度が上がったのか分からないまま、当初の目的地である神社へ到着。
神主さんを探す傍ら、神社にお参り。
泰誠に、アイラからの好感度が上がりそうなお願い事をしてもらう。
というのが目下の狙いなわけだが。
このまま無策でお参りしたら起こり得る未来。
アリに関する願い事をする泰誠。
……それは避けなきゃ。
ってわけで、もう一回ドーピング!
今度はさっきより露骨にやろうか。
「泰誠、こっち来て」
「ん」
「お参りしてさ、アイラが寂しくなくなるようにって、神様にお願いしよう」
「ん。わかった」
亡くなられた方は戻ってこない。
だから、まあ、こういう願い方が妥当だろう。
「アイラ、行こ。多分奥に神主さんいるよ。ついでにお参りしてこ」
「うん……」
6歳児だし神社マナーとかは無視。神様も分かってくれるだろう。
鳥居をくぐりながら泰誠がのんびりと話し始めた。
「アイちゃんは、さみしいの?」
あ、アイちゃん? 泰誠なりの、初対面の人への気の使い方なのか……?
「……わたし、さみしいの?」
「おれは、アイちゃんのことは、わかんない」
「わかんない……」
「……悠宇は?」
へ? 私?
「悠宇は、さみしい? おかあさんいなくて」
おっと、これはウチの家庭事情に火の玉ストレートだ。
泰誠はまっすぐで、嘘も付けなくて、そして外聞をあまり気にしない。
だから人んちの家庭事情にだって踏み込む。
でも、だからこそ居心地がいいのだ、私みたいな環境の人間にとっては。
しかし、さみしい、かあ。
前世を思い出した今となっては、あんまり寂しくないかな……。
浮気してその男と出てっちゃった母親なんてなあ……。
「あなたも、おかあさんいないの?」
アイラがおずおずと聞いてきた。
まあ踏み込んでいいものか迷う話題だよね。6歳児だってその辺は分かるよね(泰誠以外)。
「うん。いないよ」
「そうなんだ……」
「でも平気」
「へいき……なの?」
「うん。人は一人でも生きていけるし」
……っと。これは違った。
これは前世の私の本音だった。
アイラに聞かせるにはちょっと違うな。
「それに、泰誠もいるし」
「……」
「泰誠と友達になれば、さみしくないよ」
おお、これは中々いい旗振りでは?
泰誠が心の支えになりそうな流れに持って行けたじゃん。
「おれも、悠宇いるからさみしくない」
……それをまっすぐ言えるのは泰誠の美徳だな。
でもなあ、「悠宇がいるから」なんて泰誠に言わせちゃうのは、私のせいだよなあ。
浮気して出てった母親の子どもって大人からは遠巻きに見られて。
大人達の雰囲気を感じ取った子供達からも邪険に扱われる。
ーーそれが私だ。
そんな私と仲良くしてなけりゃ、泰誠だってもっと友達いたろうになあ。
……あと今気づいたけど、「悠宇」って私の名前。
これ由来、主人公の「ゆう」じん、だな……。
そうこう言ってる内に賽銭箱の目の前。
拍手とかよく分からないので適当。
泰誠とか10回くらい叩いてるし。
「みんなさみしくありませんように!」
泰誠が叫んだ。
アイラじゃなくて、みんな、か。
泰誠の優しさかな。
或いはさっきの会話でよく分かんなくなったか……その線も大いにあり得る。
「泰誠と同じ」
「わ、わたしも……」
遠慮しがちにアイラがお願い事をした瞬間。
ピロリロリン、と自然界には到底なさそうな人工音。
……これ、剣王学園黙示録の好感度上昇音!!
やった、成功したんだ!
そう思ってアイラの方に視線を向ける。
そこには。
アイラの頭上に浮かぶ、『+5』の青文字。
……たったの5!?
しかも青文字。
ってことは、好感度は好感度でも、<愛情度>じゃなくて<友情度>じゃん!
もしかして「泰誠と友達」って言い方が悪かった?
仲良くなれば、とか別の言い方にすればよかった……!
と言うか好感度、こうやって見るんだ……。
アイラの頭上に浮かぶ赤文字の『0』と青文字の『5』。
超常現象。或いは幻覚。
でも超常現象より、全然上がらなかった好感度の方に意識が行く。
結構……頑張ったつもりだったんだけどなあ……。
……いや、まだ時間はある。ゲーム本編は高校入学より開始。
高校生になってから挽回しまくればいいのだ。
その為には、対策を練らなくちゃ……。
「ありのぎょうれつもみれますように!」
……本当に対策練れば何とかなるのかな……?
「なんだい、大きな声が聞こえたね」
奥から神主さんが出てきた。
後は警察に任せれば、アイラとの過去イベントは終了だ。
迎えにきた家政婦さんに手を引かれるアイラ。
迎えに来るのが家政婦さんってのがお嬢様だな〜。
「また、あいたいな」
「会えるよ。ね、泰誠」
「うん。こんどはありのぎょうれつ、みよう」
アリ推し過ぎる……。
「アリもいいけどさ、アイラの好きなものも見ようよ」
「わたしの、すきなもの……」
「次会った時、教えてね」
「あり、おすすめ」
アイラを乗せた車が見えなくなるまで、私と泰誠で手を振り続けた。
……少しでも泰誠に『優しい人』みたいな印象、持ってもらえてたらいいんだけど。
『やたらアリを推してくる子』かな……。
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